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家なき子(いえなきこ)02

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-9-1 11:48:06  点击:803  切换到繁體中文

底本: 家なき子(下)
出版社: 春陽堂少年少女文庫、春陽堂
初版発行日: 1978(昭和53)年1月30日
入力に使用: 1978(昭和53)年1月30日

 

家なき子

SANS FAMILLE

(下)

マロ Malot

楠山正雄訳




     ジャンチイイの石切り場

 わたしたちはやがて人通りの多い往来おうらいへ出たが、歩いているあいだ親方はひと言も言わなかった。まもなくあるせまい小路こうじへはいると、かれは往来のいしにこしをかけて、たびたびひたいを手でなで上げた。それはこまったときによくかれのするくせであった。
「いよいよ慈善家じぜんかの世話になるほうがよさそうだな」とかれはひとごとのように言った。「だがさし当たりわたしたちは一せんの金も、一かけのパンもなしに、パリのどぶの中にてられている……おまえおなかがすいたろう」とかれはわたしの顔を見上げながらたずねた。
「わたしはけさいただいた小さなパンだけで、あれからなにも食べませんでした」
「かわいそうにおまえは今夜も夕食なしにねることになるのだ。しかもどこへねるあてもないのだ」
「じゃあ、あなたはガロフォリのうちにとまるつもりでしたか」
「わたしはおまえをあそこへとめるつもりだった。それであれが冬じゅうおまえをりきる代わりに、二十フランぐらいは出そうから、それでわしもしばらくやってゆくつもりだった。けれどあの男があんなふうに子どもらをあつかう様子を見ては、おまえをあそこへはいて行けなかった」
「ああ、あなたはほんとにいい人です」
「まあ、たぶんこの年を取ってかたくなった流浪人るろうにんの心にも、まだいくらかわかい時代の意気がのこっているとみえる。この年を取った流浪人はせっかく狡猾こうかつ胸算用むなざんようを立てても、まだ心のそこに残っている若い血がわき立って、いっさいを引っくり返してしまうのだ……さてどこへ行こうか」とかれはつぶやいた。
 もうだいぶおそくなって、ひどく寒さがくわわってきた。北風がふいてつらいばんが来ようとしていた。長いあいだ、親方は石の上にすわっていた。カピとわたしはだまってその前に立って、なんとか決心のつくまで待っていた。とうとうかれは立ち上がった。
「どこへ行くんです」
「ジャンチイイ。そこでいつかねたことがある石切り場を見つけることにしよう。おまえつかれているかい」
「ぼくはガロフォリの所で休みました」
「わたしは休まなかったので、どうもつらい。あまり無理むりはできないが、行かなければなるまい。さあ前へ進め、子どもたち」
 これはいつもわたしたちが出発するとき、犬やわたしに向かって用いるかれの上きげんな合図であった。けれど今夜はそれをいかにも悲しそうに言った。
 いまわたしたちはパリの町の中をさまよい歩いていた。夜は暗かった。ちらちら風にまばたきながら、ガスとうがぼんやり往来おうらいらしていた。一足ごとにわたしたちは氷のはったしき石の上ですべった。親方がしじゅうわたしの手を引いていた。カピがわたしたちのあとからついて来た。しじゅうかわいそうな犬は立ち止まって、ふり返っては、はきだめの中をさがして、なにかほねでもパンくずでも見つけようとした。ああ、ほんとにそれほどはららしているのだ。けれどはきだめは雪がかたくこおりついていて、さがしても、むだであった。耳をだらりと下げたままかれはとぼとぼとわたしたちに追い着いて来た。
 大通りをぬけて、たくさんの小路こうじ小路を出ると、またたくさんの大通りがあった。わたしたちは歩いて歩いて歩きつづけた。たまたま会う往来おうらいの人がびっくりしてわたしたちをじろじろ見た。それはわたしたちの身なりのためであったか、わたしたちがとぼとぼ歩いて行くつかれきった様子が、かれらの注意をひいたのであろうか。行き会う巡査じゅんさもふり向いてわたしたちを見送った。
 ひと言も口をきかずに親方は歩いた。かれの背中せなかはほとんど二重ふたえに曲がっていたが、寒いわりにかれの手はわたしの手の中でかっかとしていた。かれはふるえていたように思われた。ときどきかれが立ち止まって、しばらくわたしのかたによりかかるようにするときには、かれのからだ全体がふるえて、いまにもくずれるように感じた。いつもならわたしはかれに問いかけることはしなかったが、今夜こそはしなければならないと感じた。それにわたしは、どれほどかれをあいしているかを語りたいえるような希望きぼうを、いや少なくとも、なにかかれのためにしてやりたい希望を持っていた。
「あなたはご病気なんでしょう」かれがまた立ち止まったとき、わたしは言った。
「どうもそうではないかと思うよ。とにかくわたしはひじょうにつかれている。この寒さがわたしの年を取ったからだにはひどくこたえる。わたしはいいねどことの前で夕飯ゆうはんを食べたい。だがそれはゆめだ。さあ、前へ進め、子どもたち」
 前へ進め。わたしたちは町を後にした。わたしたちは郊外こうがいへ出ていた。もう往来おうらいの人も巡査じゅんさ街燈がいとうも見えない。ただ窓明まどあかりがそこここにちらちらして、頭の上には黒ずんだ青空に二、三点星が光っているだけであった。いよいよはげしくあらくふきまくる風が着物をからだにきつけた。幸いと向かい風ではなかったが、でもわたしの上着のそではかたの所までぼろばろにやぶれていたから、そのすきから風はえんりょなくふきこんで、ほねまで通るような寒気が身にこたえた。
 暗かったし、往来おうらいはしじゅうたがいちがいに入り組んでいたが、親方は案内あんないを知っている人のようにずんずん歩いた。それでわたしもまようことはないとしっかりしんじて、ついて行った。するととつぜんかれは立ち止まった。
「おまえ、森が見えるかい」とかれはたずねた。
「そんなものは見えません」
「大きな黒いかたまりは見えないかい」
 わたしは返事をするまえに四方を見回した。木も家も見えなかった。どこもかしこもがらんと打ち開いていた。風のうなるほかになんの物音も聞こえなかった。
「わたしがおまえだけに目が見えるといいのだがなあ。ほら、あちらを見てくれ」かれは右の手を前へさしべた。わたしはそっけなくなにも見えないとは言いかねて、返事をしなかったので、かれはまたよぼよぼ歩き出した。
 二、三分だまったままぎた。そのときかれはもう一度立ち止まっては、また森が見えないかとたずねた。ばくぜんとした恐怖きょうふに声をふるわせながら、わたしはなにも見えないと答えた。
「おまえこわいものだから目が落ち着かないのだ。もう一度よくごらん
「ほんとうです。森なんか見えません」
「広い道もないかい」
「なんにも見えません」
「道をまちがえたかな」
 わたしはなにも言えなかった。なぜならわたしはどこにいるのかもわからなかったし、どこへ行くのだかもわからなかったから。
「もう五分ばかり歩いてみよう。それでも森が見えなかったら、ここまで引っ返して来よう。ことによると道をまちがえたかもわからん」
 わたしたちが道にまよったことがわかると、もうからだになんの力ものこらないように思われた。親方はわたしのうでをった。
「さあ」
「ぼくはもう歩けません」
「いやはや、おまえはわたしがおまえをしょって行けると思うかい。わたしはすわったらもう二度と立ち上がることはできないし、そのまま寒さにこごえて死んでしまうだろうと思うからだ」
 わたしはかれについて歩いた。
「道に深い車ののあとがついてはいないか」
「いいえ、なんにも」
「じゃあ引っ返さなきゃならない」
 わたしたちは引っ返した。今度は風に向かうのである。それはむちのようにぴゅうと顔を打った。わたしの顔は火でかれるように思われた。
「車ののあとを見たら言っておくれ。左のほうへ分かれる道をとって行かなければならない」と親方は力なく言った。「それが見えたら言っておくれ。そこの四つ角に円い頭のような形のいばらがある」
 十五分ばかりわたしたちは風とあらそいながら歩みつづけた。しんとした夜の沈黙ちんもくの中でわたしたちの足音がかわいたかたい土の上でさびしくひびいた。もうふみ出す力はほとんどなかったが、でも親方を引きずるようにしたのはわたしであった。どんなにわたしは左のほうを心配してはながめたろう。暗いかげの中でわたしはふと小さな赤いを見つけた。
「ほら、ごらんなさい、明かりが」とわたしは指さしながら言った。
「どこに」
 親方は見た。その明かりはほんのわずかの距離きょりにあったが、かれにはなにも見えなかった。わたしはかれの視力しりょくがだめになったことを知った。
「その明かりがなにになろう」とかれは言った。「それはだれかの仕事場のつくえにともっているランプか、死にかかっている病人のまくらもとのだ。わたしたちはそこへ行って戸をたたくわけにはいかない。遠くいなかへ出れば、夜になって宿やどをたのむこともできよう。けれどこうパリの近くでは……このへんで宿をたのむことはできない。さあ」
 二足三足行くとわたしは横へはいる道を見つけたように思った。ちょうどいばらのやぶらしく思われる黒いかたまりもあった。わたしは先へ急いで行くために親方の手を放した。往来おうらいには深いわだちのあとがのこっていた。
「ほら、ここにのあとがある」とわたしはさけんだ。
「手をお貸し。わたしたちはすくわれた」と親方が言った。「ごらん、今度は森が見えるだろう」
 わたしはなにか黒いものが見えたので、森が見えるように思うと言った。
「五分のうちにそこまで行ける」とかれはつぶやいた。
 わたしたちはとぼとぼ歩いた。けれどこの五分間が永遠えいえんのように思われた。
「車ののあとはどちらにあるね」
「右のほうにあります」
「石切り場の入口は左のほうだよ。わたしたちは気がつかずに通りぎてしまったにちがいない。あともどりするほうがいいだろう」
のあとはどうしても左のほうにはついていません」
「ではまたあともどりだ」
 もう一度わたしたちはあともどりをした。
「森が見えるか」
「ええ、左手に」
「それから車ののあとは」
「もうありません」
「わたしは目が見えなくなったかしらん」と親方はひくい声で言って、両手を目に当てた。「森についてまっすぐにおいで。手をしておくれ」
「おや、へいがあります」
「いいや、それは石の山だよ」
「いいえ、たしかにへいです」
 親方は、一足はなれて、ほんとうにわたしの言ったとおりであるか、ためしてみようとした。かれは両手をさしべてへいにさわった。
「そうだ、へいだ」とかれはつぶやいた。「入口はどこだ。車ののあとのついた道をさがしてごらん」
 わたしは地べたに身をかがめて、へいのかどの所までのこらずさわってみたが、入口はわからなかった。そこでまたヴィタリスの立っている所までもどって、今度は向こうのがわをさわってみた。結果けっかは同じことであった。入口もなければ門もなかった。
「なにもありません」とわたしは言った。
 なさけないことになった。うたがいもなく親方は思いちがいをしていた。たぶんここには石切り場などはないのだ。ヴィタリスはしばらくゆめの中をたどっているように、ぼんやりつっ立っていた。カピはがまんができなくなってほえ始めた。
「もっと先を見ましょうか」とわたしは聞いた。
「いや石切り場にへいがったのだ」
「へいが建った」
「そうだ、入口をふさいでしまったのだ。中へはいることはできなくなったのだ」
「へえ、じゃあ」
「どうするって。もうわからなくなった。ここで死ぬのさ」
「まあ親方……」
「そうだ。おまえは死にはしない。おまえはまだわかいのだから。さあ歩こう。まだ歩けるかい」
「おお、でもあなたは」
「いよいよ行けなくなったら、いぼれうまのようにたおれるだけさ」
「どこへ行きましょう」
「パリへもどるのだ。巡査じゅんさに出会ったら、警察けいさつれて行ってもらうのだ。わたしはそれをしたくなかったが、おまえをこごえ死にさせることはできない。さあ、おいで、ルミ。さあ、前へ進め、子どもたち、元気を出せ」
 わたしたちはもと来た道をまた引っ返した。何時であったかわたしはまるでわからない。なんでも何時間も何時間も長い長いあいだそれはのろのろと歩いた。きっと十二時か一時にもなったろう。空は相変あいかわらずどんよりしてすこしばかり星が出ていた。その出ていたすこしばかりの星もいつもよりはずっと小さいように思われて、風のいきおいは強くなるばかりであった。往来おうらいの家は戸閉とじまりをしっかりしていた。そこに、夜着にくるまってねむっている人たちも、わたしたちが外でどんなに寒い目に会っているか、知っていたら、わたしたちのためにそのドアを開けてくれたろうと思われた。
 親方はただのろのろ歩いた。息がだんだんあらくなって、長い道をかけた人のようにせいせい言っていた。わたしが話しかけると、かれはだまっていてくれという合図をした。
 わたしたちはもう野原をぬけて、いまは町に近づいていた。そこここのへいとへいとの間にガスとうがちらちらしていた。親方は立ち止まったとき、かれがいよいよ力のつきたことをわたしは知った。
「一けんどこかのうちをたたきましょうか」とわたしはたずねた。
「いいや、入れてくれはしないよ。このへんに住んでいるのは植木屋だ。朝早く市場へみんな出かけるのだ。この時刻じこくにどうして起きてうちへ入れてくれるものか。さあ行こう」
 しかし意地はっても、からだの力はまったくつきていた。しばらくしてまたかれは立ち止まった。
「すこし休まなければ」とかれは力なく言った。「わたしはもう歩けない」
 さくで大きな花園をかこった家があった。その門のそばのみごえの山にかけてあるたくさんのわらを、風が往来おうらいのさくの根かたにふきつけていた。
「わたしはここにすわろう」と親方が言った。
「でもすわれば、今度立ち上がることができなくなるとおっしゃったでしょう」
 かれは返事をしなかった。ただわたしに手まねをして、門の前にわらをみ上げるようにと言った。このわらのしとねの上にかれはすわるというよりばったりたおれた。かれの歯はがたがた鳴って、全身がひどくふるえた。
「もっとわらを持っておいで」とかれは言った。「わらをたくさんにして風をふせごう」
 まったく風がひどかった。寒さばかりではなかった。わたしは集められるだけありったけのわらを集めて親方のわきにすわった。
「しっかりわたしにくっついておいで」とかれは言った。「カピをひざに乗せておやり。からだのぬくみでおまえもいくらか温かくなるだろう」
 親方ほどの経験けいけんんだ人がいまの場合こんなまねをすればこごえて死んでしまうことはわかりきっているのに、その危険きけんを平気でおかすということは、もう正気ではなかつた証拠しょうこであった。実際じっさいひさしいあいだの心労しんろう老年ろうねんに、この最後さいご困苦こんくくわわって、かれはもう自分をささえる力をうしなっていた。自分でもどれほどひどくなっているか、かれは知っていたろうか。わたしがかれのそばにぴったりはいったときに、かれはをかがめてわたしにキッスした。これがかれがわたしにあたえた二度目のキッスであった。そしてああ、それが最後さいごのキッスであった。
 わたしは親方にすりったと思うと、もう目がくっついたように思った。わたしは目を開けていようとつとめたができなかった。うでをつねっても、肉にはなんの感じもなかった。わたしがひざを立てたその間にもぐって、カピはもうねむっていた。風はわらのたばを木からかれ葉をはらうようにわたしたちの頭にふきつけた。往来おうらいには人ひとりいなかった。わたしたちのぐるりには死の沈黙ちんもくがあった。
 この沈黙ちんもくがわたしをおびえさせた。なにをわたしはこわがっているのだ。わたしはわからなかったが、とりとめもない恐怖きょうふがのしかかってきた。わたしはここで死にかけているように思った。そう思うとたいへん悲しくなった。
 わたしはシャヴァノンを思い出した。かわいそうなバルブレンのおっかあを思い出した。わたしはかの女をもう一度見ることなしに、わたしたちの小さな家や、わたしの小さな花畑を見ることなしに死ななければならないのだ……。
 するうちわたしはもう寒くはなくなった。わたしはいつか自分の小さな花畑に帰って来たように思った。太陽はかがやいていて、それはずいぶんあたたかかった。きくいもが金の花びらを開いていた。小鳥がこずえの中やかきねの上で鳴いていた。そうだ、そうしてバルブレンのおっかあがさざ波を立てている小川へ出て、いまあらったばかりのぬのを外へしている。
 わたしはシャヴァノンをはなれて、アーサとミリガン夫人ふじんといっしょに白鳥号に乗っている。
 やがてまた目がじた。心が重たくなったように思った。そしてもうなにもおぼえてはいなかった。


     リーズ

 目をますとわたしは寝台ねだいの上にいた。大きなのほのおがわたしのねむっている部屋へやらした。わたしはついぞこの部屋を見たことがなかった。わたしを取りいて寝台のそばに立っている人たちの顔も知らなかった。そこにねずみ色の背広せびろを着て、木のくつをはいた男と、三、四人の子どもがいた。その中でことに目についたのは六つばかりの小さな女の子で、それはすばらしく大きな目がいまにもものを言うかと思うように、いかにも生き生きとかがやいていた。
 わたしはひじで起き上がった。みんながそばへって来た。
「ヴィタリスは」とわたしはたずねた。
「あの子は父さんをさがしているのだよ」と、子どもたちの中でいちばん総領そうりょうらしいのが言った。
「あの人は父さんではありません。親方です」とわたしは言った。「どこへ行きました。カピはどこにいますか」
 ヴィタリスがほんとうの父親であったなら、たぶんこの人たちもえんりょしいしいこの知らせをつたえたかもしれない。けれどその人はほんの親方というだけであったと知ると、かれらはいきなり事実を打ち明けて聞かしてくれた。
 みんなの話では、あの気のどくな親方は死んだのであった。わたしたちがつかれきってたおれたその門の中に住んでいた植木屋が見つけたのであった。あくる朝早く、かれのむすこが野菜やさいや花を持って市場へ出かけようとするときに、かれらはわたしたちがいっしょにしもの上にかたまって、すこしばかりのわらをかぶってねむっていたのを見つけた。ヴィタリスはもう死んでいた。わたしも死ぬところであったのを、カピがむねの所へはいって来て、わたしの心臓しんぞうあたたかかにしていてくれたために、かすかな気息きそくのこっていた。かれらはわたしたちをうちの中に運び入れて、子どもたちの一人の温かい寝台ねだいの上にねかしてくれたのである。それから六時間ほど、まるで死んだようになってねていたが、血のめぐりがついてくると、呼吸こきゅうも強く出るようになった。そうしてとうとう目をましたのであった。
 わたしはからだもたましいもまったくしびれきったようになっていたが、このときはもうかれらの話を聞いてわかるだけにめていたのであった。
 ああ、ヴィタリスは死んでしまったのである。
 この話をしてくれたのは、ねずみ色の背広せびろを着た人であった。この人の話をしているあいだ、びっくりした目をして、じつとわたしを見つめていた女の子は、ヴィタリスが死んだと聞いて、わたしがいかにもがっかりしたふうをしたのを見つけると、そこを立って父のそばへ行き、片手かたてを父のうでにかけ、片手でわたしのほうを指さしながらなにか話をした。話といっても、ふつうのことばでなく、ただやさしい、しおらしい嘆息たんそくの声のようなものであった。
 それにかの女の身ぶりと目つきとは、べつにことばの助けをりる必要ひつようのないほどじゅうぶんにものを言って、そこによけい自然しぜん情愛じょうあいがふくまれているようであった。
 アーサとわかれてこのかた、わたしはつい一度もこんなに取りすがりたいような、親切のこもった、ことばに言えない情味じょうみを感じたことはなかった。それはちょうど、バルブレンのおっかあが、いつもキッスするまえにわたしをながめるときのような感じであった。ヴィタリスが死んで、わたしは世の中にき去りにされたが、でももうひとりぼっちではない、という気がした。わたしをあいしてくれる者が、まだそばにいるような気持ちがした。
「ああ、そうだ、リーズの言うとおりだ。こりゃああの子も聞くのがつらいだろうが、やはりほんとうのことは言わねばならぬ。わたしたちが言わないでも、巡査じゅんさが話すだろうから」
 お父さんはむすめのほうへ向きながら言った。そうしてなお話をつづけながら、警察けいさつとどけたことや、巡査がヴィタリスを運んで行ったことや、わたしを長男のアルキシーの寝台ねだいにねかしたことなどをのこらず話してくれた。この話のすむのを待ちかねて、
「それからカピは――」とわたしは聞いた。
「なに、カピ」
「ええ。犬です」
「知らないよ。いなくなったよ」
「あの犬はたんかについて行ったよ」と子どもたちの一人が言った。「バンジャメン、おまえ見たかい」
「ぼくよく知ってるよ」ともう一人の子が答えた。「あの犬は釣台つりだいのあとからついて行った。首をれてときどきたんかにとび上がった。下にいろと言われると、犬はなんだかおそろしい声でうなったり、ほえたりした」
 かわいそうなカピ。役者であったじぶん、あの犬は何度ゼルビノのお葬式そうしきを送るまねをしたであろう。それはどんなにまじめくさった子どもでも、あの犬の悲しい様子を見てはわらわずにはいられなかった。カピがけば泣くほど見物はよけい笑った。
 植木屋と子どもたちはわたしを一人いて出て行った。まったくどうしていいか、どうしようというのかわからずに、わたしは起き上がって、着物を着かえた。わたしのハープはねむっていた寝台ねだいのすそにいてあった。わたしはかたに負い皮をかけて、家族のいる部屋へやへと出かけて行った。わたしはなんでも出かけて行かなければならない気がするが、さてどこへ行こうか。ねどこにいるうちはそんなに弱っているとも思わなかったが、起きてみるともう立つことが苦しかった。わたしはいすにすがって、やっところがらないょうに、からだをささえなければならなかった。うちの人たちはの前の食卓しょくたくに向かって、キャベツのスープをすすっていた。そのにおいがわたしにとってはあんまりであった。わたしはゆうべなんにも食べなかったことをはげしく思い出した。わたしは気が遠くなるように思って、よろよろしながらばたのいすにこしを落とした。
「おまえさん、気分がよくないか」と植木屋がたずねた。
 わたしはかれに、どうも具合の悪いことを話した。そうしてしばらく火のそばへいてくれとたのんだ。
 でもわたしのほっしていたのは火ではなかった。それは食物であった。わたしはうちの者がスープをうところをながめて、だんだん気が遠くなるように思えた。わたしがかまわずにやるなら一ぱいくださいと言うところであったが、ヴィタリスはわたしにこじきはするなと教えた。わたしはかれらにおなかがっているとは言いださなかった。なぜだろう。わたしはひもじゅうございますと言うよりは、なにも食べずに死んでしまうほうがよかった。
 あの目にきみょうな表情ひょうじょうを持った女の子は――名前をリーズとばれていたが、わたしの向こうにこしをかけていた。この子はなにも言わずに、じっとわたしのほうを見つめていたが、ふと食卓しょくたくから立ち上がって、一ぱいスープのはいっているおさらをわたしの所へ持って来て、ひざの上にいた。もうものを言うこともできなかったので、かすかにわたしは首をうなずかせて、おれいを言った。よし、わたしがものを言えたとしても、父親が口をきかせるひまをあたえなかった。
「おあがり」とかれは言った。「リーズが持って行ったのは、やさしい心でしたのだからね。もっとしければまだあるよ」
 もっと欲しいかと言うのか。一ぱいのスープはみるみるわれてしまった。わたしがスープを下にくと、前に立ってながめていたリーズがかわいらしい満足まんぞくのため息をした。それからかの女はわたしの小ざらを取って、また父の所へ一ぱい入れてもらいに行った。いっぱいにしてもらうと、かの女はかわいらしい笑顔えがおをしながら、また持って来た。それがあんまりかわいらしいので、はらっていても、わたしは小ざらを取ることをわすれて、じっとその顔に見とれたくらいであった。二はい目の小ざらもさっそくはじめのと同様になくなった。もう子どもたちもくちびるをゆがめて微笑びしょうするくらいではすまなくなった。みんなはいっぱい口を開けてわらいだしてしまった。
「どうもおまえ、なかなかいけるねえ。まったく」とかの女の父親が言った。
 わたしはたいへんはずかしかった。けれどもそのうちわたしは食いしんぼうと思われるよりもほんとうの話を打ち明けてしたほうがいいと思ったので、じつはゆうべ晩飯ばんめしを食べなかったことを話した。
「それではお昼は」
「お昼もやはり食べません」
「では親方は」
「あの人も、やはりどちらも食べませんでした」
「ではあの人は寒さばかりでなく、かつえて死んだのだ」
 あついスープがわたしに元気をつけてくれた。わたしは立ち上がって、出かけようとした。
「おまえさん、どうするのだ」と父親がたずねた。
「おいとまいたします」
「どこへ行く」
「わかりません」
「パリにだれか友だちか親類しんるいでもあるのかい」
「いいえ」
宿やどはどこだね」
「宿はありません。ついきのうこの町へ来たばかりです」
「ではなにをしようというのだね」
「ハープをひいたり、歌を歌ったりして、すこしのお金をもらいます」
「パリでかい。おまえさん、それよりかいなかのご両親の所へ帰ったほうがいいだろう。ご両親はどこに住んでいなさる」
「わたしには両親がありません」
「あのひげの白いじいさんは、父さんではないというじゃないか」
「ええ、ほかにも父さんはありません」
「母さんは」
「母さんもありません」
「おじさんか、おばさんか、親類しんるいは」
「なにもありません」
「どこから来たのだね」
「親方はわたしを養母ようぼおっとの手から買ったのです。あなたがたは親切にしてくだすったし、ぼくは心からありがたく思っています。ですからおいやでなければ、わたしは日曜日にここへもどって来て、あなたがたのおどりに合わせてハープをひいてあげましょう」
 こう言いながらわたしは戸口のほうへ行きかけたが、ほんの二足三足で、すぐあとからわたしについて来たリーズが、わたしの手を取ってハープを指さした。
「あなた、いまひいてもらいたいの」と、わたしはかの女にわらいかけながらたずねた。かの女はうなずいて手をたたいた。
「うん。ひいてやっておくれ」とかの女の父親は言った。
 わたしはハープをひく元気はなかったけれど、このかわいらしい女の子のためにいちばんかわいらしいワルツをひいてやらずにはいられなかった。
 はじめかの女は大きな美しい目をじっとわたしに向けて聞いていたが、やがて足で拍子ひょうしを合わせ始めた。するうち、うれしそうに食堂しょくどうの中をおどり歩いた。かの女の兄弟たちはその様子をだまってながめていた。かの女の父親もうれしがっていた。ワルツがすむと、子どもはやって来て、わたしにかわいらしいおじぎをした。そして指でハープを打って「アンコール」(もう一つ)という心持ちをしめした。
 わたしはこの子のためには一日でもひいていてやりたかったが、父親はもうそれだけおどればたくさんだと言った。そこでワルツや舞踏曲ぶとうきょくの代わりに、わたしはヴィタリスが教えてくれたナポリ小唄こうたを歌った。リーズはわたしの向こうへ来て立って、あたかも歌のことばをくり返しているようにくちびるを動かした。するとかの女はくるりとふり向いて、きながら父親のうでの中にとびこんだ。
「それで音楽はけっこう」と父親が言った。
「リーズはばかじゃないか」とバンジャメンとばれた兄弟があざけるように言った。「はじめはおどりをおどって、今度はくんだもの」
「あの子はあんたのようにばかではないわ」と総領そうりょうあねが小さい妹をいたわるようにのぞきこみながら答えた。
「この子にはよくわかったのだよ……」
 リーズが父親のひざの上でいているあいだにわたしはまたハープをかたにかけて行きかけた。
「おまえさん、どこへ行く」と植木屋がたずねた。
「おいとまいたします」
「おまえさん、やはり芸人げいにんでやっていくつもりかい」
「でもほかにすることがありませんから」
「旅でかせぐのはつらいだろう」
「だってうちがありませんから」
「それはそうだろうが、夜というものがあるからね」
「それは、わたしだって寝台ねだいにねたいし、火にも当たりたいと思います」
「火に当たったり寝台にねるには、それそうとうはたらかなければならないが、おまえはどうだね。このうちにいて働く気はないか。なかなか楽な仕事ではないが、それは朝もずいぶん早くから起きて、まる一日働かなければならないけれど、ただおまえがゆうべ出会ったような目にはけっして二度と出会う気づかいはなかろうよ。おまえはねどこも、食べ物もられるし、自分ではたらいてそれを得たという満足まんぞくもあろうというものだ。それでおまえがわしが考えているようにいい子どもであるなら、同じうちの者にして、いっしょにくらしてゆきたいとも思っているのだよ」
 リーズがふり返って、なみだの中からわたしをながめてにっこりした。
 わたしはいま聞いたことをほとんどしんずることができなかった。わたしはただ植木屋をながめていた。
 するとリーズが、父親のひざからとんで来て、わたしの手を取った。
「うん、どうだね、おまえ」と父親がたずねた。
 家族だ。わたしは家族を持つようになった。わたしはひとりぼっちではなくなるのだ。いいゆめよ。今度は消えずにいてくれ。
 わたしが四、五年いっしょにくらして、ほとんど父親のようであった人は死んだ。なつかしい、やさしいカピは、わたしがあれほどあいした仲間なかまでもあり友だちでもあったカピは、いなくなった。わたしはなにもかもおしまいになったと思っていた。ところへこのいい人がわたしを自分の家族にしてやると言ってくれた。
 わたしのために新しい生涯しょうがいがまた始まるのだ。かれはわたしに食べ物と宿やどをあたえると言ったが、それよりももっとわたしにうれしかったのは、このうちの中の生活がやはりわたしのものになるということであった。この男の子たちはわたしの兄弟になるであろう。このかわいらしいリーズはわたしの妹になるであろう。わたしはもうみなし子ではなくなるであろう。わたしの子どもらしいゆめの中で、いつかわたしも父親と母親を見つけるかもしれないと思ったこともあった。けれど兄弟や妹を持とうとは考えなかった。それがわたしにあたえられようとしているのだ。わたしはさっそくハープの負い皮をかたからはずした。
「おお、それでこの子の返事がわかった」とお父さんがわらいながら言った。「わたしはおまえの顔つきで、どんなにおまえがよろこんでいるかわかる。もうなにも言うことはらない。そのハープをかべにおかけ。いつかおまえがここにあきたら、またそれを下ろしてきなほうへ行くがよろしい。けれどおまえもつばめのように、とび出して行く季節きせつえらばなければならない。まあ、冬のさ中に出て行くのだけはおよし」
 わたしの新しい家庭の場所はグラシエール、うちの名はアッケン家、植木屋が商売で、ピエール・アッケンというのがお父さんで、アルキシーに、バンジャメンという二人の男の子、それから女の子はエチエネットに、うちじゅうでいちばん小さいリーズでこれが家族のこらずであった。
 リーズはおしであった。生まれつきのおしではなかったが、四度目の誕生日たんじょうびをむかえるすこしまえに、病気でものを言う力をうしなった。この不幸ふこうは、でも幸せとかの女のちえをそこないはしなかった。その反対にかの女のちえはなみはずれた程度ていど発達はったつした。かの女はなんでもわかるらしかった。でもそのあいらしくって、活発でやさしい気質きしつが、うちじゅうの者にかれていた。それで病身の子どもにありがちのうちじゅうのきらわれ者になるようなことのないばかりか、リーズのいるために、うちじゅうがおもしろくくらしている。むかしは貴族きぞくの家の長子に生まれると福分ふくぶんを一人じめにすることができたが、今日の労働者ろうどうしゃの家庭では、総領そうりょうはいちばん重い責任せきにんをしょわされる。母親がくなってから、エチエネットが家庭の母親であった。かの女は早くから学校をやめさせられ、うちにいてお料理りょうりをこしらえたり、お裁縫さいほうをしたり、父親や兄弟たちのために家政かせいを取らなければならなかった。かれらはみんなかの女がむすめであり、あねであることをわすれきって、女中の仕事をするのばかり見慣みなれていた。いくらひどく使っても出て行く心配もなければ、不平ふへいを言う気づかいもない重宝ちょうほうな女中であった。かの女が外へ出ることはめったになかったし、けっしておこったこともなかった。リーズをうでにかかえてベンニーの手を引きながら、朝は暗いうちから起きて、父親の朝飯あさめしをこしらえ、夜はおそくまでさらをあらったりなどをしてからでなくては、とこにはいらなかったから、かの女はまるで子どもでいるひまがなかった。十四だというのにかの女の顔はきまじめにしずんでいた。それは年ごろのむすめの顔ではなかった。
 わたしはハープをかべにかけてから、ゆうべ出会った出来事をぽつぽつ話しだした。石切り場にねむろうとして失敗しっぱいして、それからあとの始末を一とおり話しかけて、やっと五分たつかたたないうちに、そのに向かっているドアを引っかく音が聞こえた。それから悲しそうにくんくん鳴く声がした。
「カピだ。カピだ」わたしはさけんですぐとび上がった。
 けれどもリーズがわたしより早かった。かの女はもうかけ出してドアを開けていた。
 カピがわたしにとびかかって来た。わたしはかれをうでにかかえた。小さなよろこびのほえ声をたてて、全身をふるわせながら、かれはわたしの顔をなめた。
「するとカピは……」とわたしはたずねた。わたしの問いはすぐに了解りょうかいされた。
「うん、むろんカピもいっしょにおくよ」とお父さんが言った。
 カピはわたしたちの言っていることがわかったというように、地べたにとび下りて、前足をむねいておじぎをした。それが子どもたち、とりわけリーズをわらわせた。で、よけいかれらをよろこばせるために、わたしはカピに、いつものげいをすこしして見せろとのぞんだ。けれどもかれはわたしの言いつけにしたがう気がなかった。かれはわたしのひざの上にとび上がって顔をなめ始めた。
 それからとび下りて、わたしの上着のそでを引き始めた。
「あの犬はわたしを外へれ出そうというのです」
「おまえの親方の所へ行こうというのだよ」
 親方を引き取って行った巡査じゅんさは、わたしがあたたまって正気づいたら、聞きたいことがあると言ったそうだ。その巡査がいつ来るか、あやふやであった。
 でもわたしは早く報告ほうこくを聞きたいと思った。たぶん親方はみんなの思ったように死んではいないのだ。たぶん親方はまだ生きて帰れるのだ。
 わたしの心配そうな顔を見て、お父さんはわたしを警察けいさつれて行ってくれた。
 警察へ行くとわたしは長ながと質問しつもんされた。けれどわたしはいよいよ気のどくな親方がまったく死んだという宣告せんこくを聞くまでは、なにも申し立てようとはしなかった。わたしは知っているだけのことはべたが、それはほんのわずかのことであった。わたし自身については、せいぜい両親のないこと、親方が前金で養母ようぼおっとに金をはらってわたしをやとったこと、それだけしか言えなかった。
「それでこれからは……」署長しょちょうがたずねた。
「わたくしどもでこの子を引き取ろうと思います」とわたしの新しい友人がことばをはさんだ。
「それをおゆるしくださいますならば」
 署長しょちょうよろこんでわたしをかれの手に委任いにんすると言った。そのうえその親切な心がけをほめた。
 自分のことはそれでいいとして、今度は親方のことを言わなければならなかった。でもまったくなんにも知らないのが事実であった。
 ただ一つわからないことは、最後さいご興行こうぎょうのとき、どこかの夫人ふじん天才てんさいだと言っておどろいたこと、それからガロフォリがむかしの名前をどうとか言いだして、かれをおどしたことであった。
 けれど親方があれほどかくしていたことを死んだのちにあばき立てることはいらない。でもそうは思いながら、事にれた警官けいかんの前で子どもがかくしおおせるものではなかった。かれらはわけなくわなにかけて、かくしたいと思うことをずんずん言わせてしまうのである。わたしの場合がやはりそれであった。
 署長しょちょうはさっそくわたしから、ガロフォリについてなにもかもかぎ出してしまった。
「この子をガロフォリというやつの所へれて行くよりほかにしかたがない」と、かれは部下の一人に言った。「一度この子の言うルールシーヌまちれて出れば、すぐその家を見つけるよ。きみはこの子といっしょに行って、その男を尋問じんもんしてくれたまえ」
 わたしたち三人――巡査じゅんさとお父さんとわたしは、いっしょに出かけた。
 署長しょちょうが言ったように、わたしはわけなくその家を見つけた。わたしたちは四階へ上がって行った。マチアはもう見えなかった。警官けいかんの顔を見て、それから見覚みおぼえのあるわたしを見つけると、ガロフォリは青くなって、ぎょっとしたようであった。けれどみんなの来たのは、ヴィタリスのことをたずねるためであったことがわかると、かれはすぐに落ち着いた。
「やれやれ、じいさん、死にましたか」とかれは言った。
「おまえはその老人ろうじんを知っているだろう」
「はい」
「じゃああの老人について知っていることをのこらず話してくれ」
「なんでもないことでございます。あの男の名前はヴィタリスではございません。本名はカルロ・バルザニと申しました。あなたがいまから三十五年か四十年まえにイタリアにおいででしたら、あの男についてご承知しょうちだったでしょう。それはほんの名前を言うだけで、どんな人物だということはのこらずおわかりになったでしょう。カルロ・バルザニと言えばそのころでいちばん有名な歌うたいでした。かれはナポリ、ローマ、ミラノ、ヴェネチア、フィレンツェ、ロンドン、それからパリでも歌いました。どこの大劇場だいげきじょうもたいした成功せいこうでした。やがてふとしたことからかれはりっぱな声が出なくなりました。もう歌うたいの中でいちばんえらい者でいることができなくなると、かれは自分の偉大いだいな名声に相応そうおうしない下等な劇場に出て、歌を歌って、だんだん評判ひょうばんをうすくすることをしませんでした。その代わりかれはまるっきり自分を世間の目からくらまして、全盛時代ぜんせいじだいにかれを知っていた人びとからかくれるようにしました。けれどもかれも生きなければなりません。かれはいろいろの職業しょくぎょうに手を出してみましたが、どれもうまくいきません。そこでとうとう犬をらして、大道だいどう見世物師みせものしにまで落ちることになりました。けれどいくらなり下がってもやはり気位きぐらいが高く、これが有名なカルロ・バルザニのなれのてだということを世間に知られるくらいなら、はずかしがって死んだでしょう。わたしがあの男の秘密ひみつを知ったのは、ほんのぐうぜんのことでした」
 これが長いあいだ心にかかっていた秘密の正体であった。
 気のどくなカルロ・バルザニ。なつかしいヴィタリス親方。


 

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