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美談附近(びだんふきん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-30 19:35:13  点击:  切换到繁體中文


「余計なことを云ふな。弱いのはお前ぢやないか。人にばかり飲ませて、自分はなんだ。おれは、貴公が心からすゝめてくれる酒を断りかねた。いよいよこれが最後だと思つて、肚をきめて飲んだ。それがどうして悪い。友情は何ものにも代へ難いさ。だから、今度はおれの云ふことを聴け。酒をやめろ。理窟はいゝ。黙つて飲むな。さあ、おれに誓へ、おれの女房に誓へ。ハヽヽヽ明日から酒はアングロサクソンだと、あの冬空の星に誓へ……」
 そこで、浦野今市君は、息を切らして、あふむけに、ごろりと寝ころんだ。
 遠山三郎は、すつかり酔ひを奪はれたかたちで、挨拶もそこそこ引き上げた。
 夫の服を脱がせ、床に就かせる細君の手並は鮮かなものだつた。それは、張合のあることのやうでもあつた。却つて、平生よりもいそいそとしてゐるかのやうにみえた。
 しかし、浦野今市君は、細君に一と言も口を利かうとしなかつた。酔ひ方が今までとまるで違つてゐた。鼾までどこか淋しさうであつた。
 細君は、その淋しさを、いろいろに考へた。そして、なかなか寝つかれなかつた。
 翌朝、浦野今市君は、子供たちと一緒に眼をさまし、元気よく床から跳ね起き、庭へ出てラジオ体操をした。
 細君は、チャブ台を拭きながら、さう云ふ夫の方へ軽く笑ひかけた。浦野今市君は笑はなかつた。が、急に、長女の名を呼んで、
「さあ、二十日大根の種を持つといで」
 朝の陽が、黒々とした土の上に落ちてゐた。





底本:「岸田國士全集26」岩波書店
   1991(平成3)年10月8日発行
初出:「毎日新聞」
   1943(昭和18)年3月20日~30日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:大野 晋
2004年12月11日作成
2005年10月27日修正
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