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わが町(わがまち)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 10:20:47  点击:  切换到繁體中文


     7

 半年経つと、安治川での仕事が一段落ついたので、鶴富組の主人はかねて計画していた△△沖の沈没船引揚げ事業に取り掛ることになった。
 そして、新婚早々大阪を離れるのはいやだろうがと、次郎に現場への出張を頼むと、君枝との結婚の際親代りになって貰った手前もあって、当然よろこんで行くべきところを、次郎は渋った。
「あそこはたしかに五十尋はありましたね。今までなら身寄りの者はなし、喜んで潜らして貰ったんですが、どうも女房を貰っちまうと、五十尋の海はちょっと……」
 △△沖の沈没船引揚げ作業は、前にもあるサルベージが手をつけて、失敗したことがあったので、次郎はそれを聴き知っていた。
「そりゃ、なるほど危険なことは危険だが……」
 と、鶴富組の主人は言った。
「――危険は危険だが、それだけにまた、やり甲斐はあらアね。それに、君、説教するようだけど、もう今日じゃ、引揚げ事業ってやつは、一鶴富組の金儲けじゃないんだからね。女房も可愛いだろうが、そこをひとつ……」
「そう言われると辛いんです。おっしゃられるまでもなく、引揚げって奴は国家的な仕事だってことは、よう判っています。判ってはいるんですが……」
「やっぱり女房は可愛いかね」
「いや、女房だけじゃ良いんですが、祖父さんのことを考えると、うっかり……。そりゃ、あの祖父さんのことですから、僕が死んでも立派にやって行ってくれるでしょうけど、しかし、あの祖父さんもこれまでに一度婿を死なしていますから……」
 と、次郎はこれを半分自分への口実にしていた。
 実は次郎は近頃潜水夫の仕事が、怖いというより、むしろ嫌になって来ているのだった。
 つい最近、桜橋の交叉点でむかし品川の写真機店で一緒に奉公していた男に出会った。立ち話にきくと、今では堺筋に相当な写真機店を出しているということだった。
「君もあの時辛抱してりゃ良かったのに」
 言われて、それもそうだなと思ったその気持が、相当強く働いて、一生その日稼ぎの潜水夫で終ることが情けなく思われたのである。
 人間は身体を責めて働かなあかんという他吉の訓(おし)えを忘れたわけではなかったが、どれだけ口を酸っぱく薦めても、いまだに隠居しようとせず、よちよち俥をひいて走っている他吉を見ると、それもなにか意固地な病癖みたいに思えて、自分はやはり呑気な商売をと、次郎は考えだしていたのだった。
 他吉は国際情勢が自分のマニラ行きを許さぬと判ってから、大きな声も出せぬくらい腑抜けていた。ひとつには、君枝をかたづけたという安心からであった。他吉の眼からは、次郎は働き者で、申し分ない婿に見えていたのだった。
 ところが、次郎が鶴富組の主人の依頼を断ったことを聴きつけると、他吉は二十も若がえった。
 他吉は血相かえて次郎の家へ飛んで来て、
「潜水夫が嫌になったとは、何ちゅう情けない奴ちゃ。鶴富組の御主人も言うたはったが、今に日本がアメリカやイギリスと戦(や)ってみイ。敵の沈没船を引揚げるのに、お前らの身体はなんぼあっても足らへんネやぞ。五十尋たらの海が怖うてどないする? ベンゲットでわいが毎日どんな危い目エに会うてたか、いっぺん良う考えてみイ。お父つぁん[#底本では「お父っあん」となっている]生きてたら、蝙蝠傘でど頭(たま)はり飛ばされるとこやぞ」
 と、呶鳴りつけ、
「――わいらのことは心配すんな。お前にもしものことがあっても、君枝はわいが引き受けた。わいが死んだあとは、君枝が立派に後家を守って行く。そういう風にわいは君枝を育てて来たアる筈や。心配はいらんぜ。お前がそういう心配をしたら、どんならんと思えばこそ、わいはお前らの厄介にならんと、ひとりでやって行こ思て……」
 今なお俥をひいている此の俺を見ろと、他吉はくどくど言ったが、次郎は父親似の頑固者だった。
 口で言うても分らぬ奴だと、しかし、他吉はさすがに孫娘の婿に手を掛けるようなことはせず、その代りなに思ったか、君枝を河童路地へ連れ戻した。
 あっという間のことだったから、次郎は腹を立てたり、まあ待ってくれと言う余裕もなく、あっけに取られてしまった。君枝はそういう他吉の流儀に馴れていた。
 君枝の婚礼の時、朝日軒のおたかは例によって頭痛を起して三日寝こんだ。だから、君枝が河童路地へ戻って来たのを、それみたことかと人一倍喜ぶのは普通ならおたかをおいてほかになかったが、丁度その時には朝日軒一家はもう河童路地の入口には居なかった。居たたまれないわけがあったのだ。
 ありていに言うと、一番末の娘(といってももう三十歳だが)の持子が、姙娠したのだ。いってみれば、姉たちをさし置いて姙娠したのだ。
 弁士の玉堂がきいたら悲観するところだったろうが、彼は七年前に河童路地を夜逃げしていた。トーキーが出来てから、弁士では食って行けず、暫らく紙芝居などやっていたが、それもすたれて、貧乏たらしくごろごろしていたが、ある日忽然と河童路地から姿を消したのだった。最近、梅田附近の露店で手品の玩具を売っているのを見た者があるという。
 姙娠と同時に縁談があった。勿論、相手の男だったが、仲人をいれず、自身でしゃあしゃあ出向いて来て、持子さんをいただけないかと言ったのである。
「物には順序というもんがおます」
 おたかはかんかんになって怒った。今更順序など言いだすのはおかしい。はじめから、順序が狂い過ぎていたのである。
 その男はしかし、一寸考えて、やがて友達を仲人に仕立てて、寄越した。
 ところが、その友達というのが、その男と同じ鋳物の職工で、礼儀作法なぞ何ひとつ知らぬ、いわば柄の良くない男であった。
「うちの持子は女学校を出ていますさかいな」
 おたかはそんな風に言った。その界隈で大正時代に娘を女学校へやった家は数えるほどしかなかったのである。
「――鋳物の手伝いをさせるために、女学校へやったんとちがいます」
「さよか」
 仲人はさっさと帰ってしまった。
 持子は泣いておたかに迫った。
 おたかもはじめて事態を悟り、仲人を追いかえしたことを後悔した。
 そこで、改めて敬助が先方の男に会うた。
 ところが、職人気質のその男は、折角仲人に頼んだ友達の顔に泥を塗られたと言って、かんかんになって怒っていた。
「なるほど、わたいは鋳物の職人です。しかし、お宅もやはり人の頭を刈る職人でっしゃろ。五分々々ですがな。それに、わたいはあのひとのお腹にいる子供の父親でっせ」
 敬助は帰って、おたかに、仲人になった男に謝るようにと頼んだ。
「この歳になって、人様(ひとさん)に頭下げるのは、いやだっせ」
 おたかはなかなか承知しなかった。
「そんなこと言うてる場合と場合がちがうがな。持子のお腹のこと考えてみイな」
 口酸っぱく言われて、それでは謝ってみましょうと、おたかの腹がやっときまりかけた時に、幸か不幸か、持子の相手の男が盲腸をわずらって、ころっと死んでしまった。
 おたかの髪の毛は真っ白になった。持子のお腹は目立って来る。
 朝日軒一家は田辺の方へ引き越した。
「こんどのところは、郊外でんねん。家の前に川が流れていて、ほん景の良えとこでっせ。郊外住いもそう悪いことおまへんさかいな」
 郊外という言葉がおたかの虚栄をわずかに満足させたのだった。
 敬吉は田辺へ移ったのを機会に理髪業をよした。家へ人が出入りするのを避けるつもりもあったかも知れない。
 そして、今では理髪店用の化粧品のブローカーをしているということだった。
「柳吉つぁん[#底本では「柳吉っあん」となっている]の口添えだんねん」
 と、得意そうに種吉は君枝に語った。柳吉の実家は理髪用化粧品の問屋だったことを君枝は想いだし、わざわざ朝日軒のことを自分に言いだした種吉の気持が、微笑ましく判った。
 君枝は次郎と別れて河童路地へ戻って来ても、存外悲しい顔は見せず、この半年の間に他吉がためていた汚れ物を洗濯したり、羅宇しかえ屋の婆さんに手伝ってもらって、蒲団を縫いなおしたりした。
 ひとり者の〆団治の家の掃除もしてやり、そんな時、君枝は、
「――ここは地獄の三丁目、往きは良い良い、帰りは怖い」
 などと、鼻歌をうたった。そして、水道端では、
「うち到頭出戻りや」
 と、自分から言いだして、けろりとした顔をしていたので、ひとびとは驚いたが、しかし、そうして路地へ連れ戻して置けば、次郎はもうあとの心配もなく、かつ発奮して再び潜りだすだろうという他吉の単純な考えを、君枝もまた持たぬわけではなかったのだ。もちろん、次郎が潜りだせば、他吉の気も折れて、もと通り一緒に暮せるだろうとの呑気な気持で、今のうちに祖父に孝行して置こうとせっせと働いていたのだった。
 ところが、ある日、蝶子がひょっくり河童路地へ顔を見せて、君枝を掴えて言うのには、
「あんた、ぼやぼやしてたら、あかんしイ」
「いったい何やの?」
「何やのて、ほんまに、えらいこっちゃ。あんたとこの人が、昨夜(ゆんべ)うちの店へ来て、散財しやはってん」
「えッ?」
 君枝は驚いた。次郎は酒は潜水病のもとだと言って、これまで一滴も飲まなかったのに、いつの間に飲むようになったのかと、本当には出来なかった。
「うちかて商売やさかい、お酒を出さんわけにはいかへんし、といって、あんたの旦那はんにあんまり散財させるわけにいかへんし、ほんまに困ったわ。因果な商売してしもたもんや」
 謝るように蝶子は言った。
「いいえ、そんなこと。ほんまに心配かけてしもて」
 君枝がそう言うと、蝶子はさてといった顔になって、
「しかし、あんたも気イつけんとあかんし。うちとこの主人(おっさん)もこの頃だいぶ考えが変って真面目になって来たさかい、飲ますだけ飲ましてから、あんたとこの旦那はんを二階へあげて、意見するつもりでだんだん訊いてみると、やっぱり酒飲みはるのも無理はないわな」
 潜水夫をやめて他の職に就くつもりで、あちこちと職を探して歩いたところが、なかなか見当らず、といって、意地からでももとの潜水夫に戻るわけにはいかず、おまけに君枝には去られている。当然気を腐らして、酒を飲むようになったのだという。
「――何よりも他あやんがあんたを連れ戻したことを、だいぶ根に持ってはるらしかった。うちの主人(おっさん)も言うてたが、やっぱり男は女房に去られるほど、淋しいもんは、ないらしい。ここを、君ちゃん、よう噛み分けて考えなああきまへんぜ」
「そんなら、潜る気はちょっともおまへんねんな」
 君枝はすっかり当てが外れた想いで、蒼い溜息をついた。
「そういう気は持ったはれへんやろな。わての考えでは、あんたがこっちへ帰ったはる限り、意地からでも潜りはれへんと思うな」
 蝶子は苦労人らしく、しみじみした口調で言った。
「――まあこのまま放って置いたら、ますます道楽しやはる一方や。やっぱり、あんたが帰ってあげんと……」
 日が暮れて、蝶子は粉雪をかぶりながら帰って行った。
 君枝は帯の間に手を差し入れて、暫らく考えこんでいたが、やがて路地を出て行くと、足は市電の停留所へ向いた。
 電車が大正橋を過ぎる頃、しとしと牡丹雪になった。
 境川で乗り換えて、市岡四丁目で降りた。そこから三丁の道はもう薄白かった。傘を持って出なかったので、眉毛まで濡れたが、心は次郎なつかしさに熱く燃えていた。
 ところが、鍵が掛っていた。合鍵をもっていたので、あけて中にはいった。手さぐりで燈りをつけ、見渡すと、火の気ひとつなく、寒むざむとしていた。
 火をおこし、火鉢の傍で何時間か待ったが、次郎は戻って来なかった。この雪の晩にどこを飲み歩いているのかと、君枝は身動きひとつしなかった。
 犬の遠吼えがきこえた。
 だんだん夜が更けて来た。
 炬燵に炭団を入れていると、荒あらしく戸を敲く音がした。
 玄関へ出て見ると、見知らぬ人が立っていて、お宅の主人がトラックにはね飛ばされて、大野病院へはいっているという知らせだった。君枝は立ったまま、ぺたりと尻餅ついた。

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