九
丁度その時、上海帰りのルミというダンサーが、自分と踊っていた闇ブローカーの浜田のでっぷり肥えた背中が、陽子につき当ったので、
「阿呆! シミイダンスの尻ばっかし振ってるさかい、衝突するねンし。プロ!」
プロちゃんで通っている浜田を、すれっからしの口で叱り飛ばしたが、その言葉は陽子の耳にははいらなかった。
それどころではなかった。春隆の思いがけない一言! そして京吉の顔色!
陽子は思わず京吉の立っているホールの入口の方へ、気を取られたが、春隆は急にまたターンしたので途端に見えなくなった。
春隆はやはり陽子が狼狽したのをみると、
「もうこの女はおれのものになったも同然だ」
という想いのズボンを、陽子の裾にさっと斬り込ませながら、鮮やかにターンして、
「君は、中瀬古さんのお嬢さんでしょう……?」
「違います」
「いや、隠してもだめです。妹の卒業アルバムで、僕は君の写真を見ましたよ」
「…………」
「学習院で妹と同じクラスだったそうですね」
「たぶん、他人の……」
「……空似だなんて、随分君らしくもないエスプリのない科白ですね。どうして君は……」
と、またくるりと廻って、
「――そんなに隠すんです。もっとも僕が新聞記者なら、隠す必要はあるかも知れない。君のお父さんはとにかく政界の第一人者ですからね。その中瀬古鉱三の令嬢が十番館のダン……」
「誰にもおっしゃらないで! お願いです」
「じゃ、やっぱし……」
そうだったのかと、春隆のトロンと濁った眼は急に輝いた。そして、何思ったのか、
「――僕あした東京へ行きます」
ぽつりと、連絡のない言葉を言って、陽子の耳を見た。
いい形の耳だ! 春隆は耳の形の悪い女には、魅力を感じない男だった。
「東京へ……?」
何をしに行くのか、このことを誰かに喋りに行くのか――という眼で、陽子は見たが、春隆はわざとそれには答えず、
「当分会えませんね。一度ゆっくりこのことで語りもし、相談相手にもなろうと思ったんですがね。まず今夜しか機会はなさそうですね」
その時、アロング・ザ・ナバホ・トレールの曲が終った。春隆は早口に畳みかけて、
「――今夜はしかし僕田村へ行ってます。木屋町四条下ル。田村と赤い提灯が出ている料理屋です。ホールが引けたら、いらっしゃい」
きっと待っていますよと、言ったかと思うと、返辞も待たず、あっという間にホールを出て行った。
陽子は京吉の傍へ人ごみを抜けて行った。
「茉莉は……? お医者様来た……?」
「来た。来たけど……」
京吉は急にわざとらしい京都訛りになって、
「来たけんど、手おくれどすわ」
「じゃ、茉莉やっぱし……?」
「青酸加里! 茉莉ばかだなア!」
十
陽子はボロボロ涙を落しながら、事務室へかけつけた。
うるんだ視線に、白い布がぼうっとかすんで、しかし、なまなましく映った。
その布の下に、茉莉の蝋色の顔があった。
近づいてみると、薄い上唇の真中に、剥げ残った口紅が暗い赤さに乾いていた。唇のまわりには、うぶ毛が濃かった。
それが、顔を剃る気にもなれなかった茉莉の、昨日今日の悩みをふと物語っているように思われて、また涙をそそり、陽子はいつまでも放心したように佇んでいたが、やがて、ふとわれにかえると、隣の部屋で警官に調べられているらしい京吉の声が聴えて来た。
「……クンパルシータを踊ってたんです。すると茉莉が、京ちゃんのリードでクンパルシータで死ねたら本望だわと言ったので、なぜだいとききましたが、だまってました。するうちに、茉莉の顔色が急に変ったかと思うと、真青になってぱったり倒れたんです」
「何か口の中へ入れる所は見なかったか」
「入れる所は見なかったけど、何だかモグモグしていたようです。茉莉はチュウインガムをしゃぶったり、仁丹をたべたりしないと、口がさびしいというダンサーでしたから、おかしいとは思わなかったけど、今から思うと……」
踊る前から、青酸加里のはいったカプセルを口の中に入れて置いて、噛みきったのか。
やがて警官は、京吉に茉莉との関係をきいたが、何でもない仲だと判ると、二三人の事務所関係の者につづいて陽子にも訊問した。
「茉莉は何でもあたしに打ち明けていましたが、死ぬような事情なぞききませんでしたわ。茉莉に死ぬような悩みがあったのでしょうか」
陽子は逆に質問した。
稼ぎ高は多かったから、生活苦でもない。男との立ち入った関係も、噂に上るようなものはなさそうだ。
警官が要領を得ずに引きあげて行くと、やがてラストのグッドナイトの曲が聴えて来た。
京吉は陽子を事務所の隅へ連れて行った。
「おれとうとう泊る所がなくなったよ。今夜泊めてくれよ」
「だめよ。あんた今夜茉莉に借り切られてるんでしょう。お通夜してあげなくちゃ……。お通夜すれば、茉莉のアパートに泊れるわよ」
「それもそうだな。じゃ、そうしよう。その代り、こんどの土曜日泊めてくれるだろう。ねえ、おれ泊る所がねえんだよ。ねえ」
子供が駄々をこねているようだった。陽子は微笑しながら、あいまいにうなずいた。
「お通夜、おれ一人じゃ心細いや。陽子もお通夜に行くんだろう……?」
「ええ。でも、あたし、ちょっと遅れるかも知れなくってよ」
「どっかへ行くのかい」
「田村」
「田村……? まさか木屋町の田村では……」
「木屋町よ」
「行っちゃいけない、田村はよせ。行くな!」
京吉はいきなり叫んだ。
十一
行くなと言われると、陽子はもう天邪鬼な女だった。理由はきかず、命令的な京吉の調子だけが、ぐっと自尊心に来て、
「あんた、あたしに命令する権利、耳かきですくう程もないわよ」
迷っていたのが、この一言できまってしまい、声も言葉づかいも、もうダンサーではなかった。
「じゃ勝手にしろ!」
と、京吉も唇を噛んだが、わざとひとり言めいて、
「――しかし、陽子も田村へ出入りするようになったのか」
「お料理屋へ行くのがいけないの……?」
校長が女教員を説教するような口きかないでよ……と、皮肉ると、京吉も口は達者で、
「うぶな女教員は、田村をただの料理屋と思ってるから可愛いいよ。――もっとも料理は出るがね。何でも出る。ボラれて足も出る。枕も二つ出る。寝巻も二つ出る。出るに出られん籠の鳥さ。ただの待合とは違うんだ」
「へえん……? よく知ってるわね」
はっとする所を、わざと露悪的に言った。
「そりゃ、知ってるさ。だって、おれ……」
田村で寝起きしているのだ。田村のママの居候だからね――と言おうとしたが、さすがにそれは言いだしかねて、
「――それより、田村の帰り、お通夜には来ない方がいいぜ。仏がよごれるからな」
「それ、どういう……?」
意味かも考えても、すぐにはぴったり来ないほど、陽子は何も知らぬ娘だったが、
「――あ、あんた、あたしが誘惑されると思ってるのね。失礼だわ。まさか……」
と、これは半分自分に言いきかせて、二階の脱衣室へ上って行った。そして、イヴニングを腰まで落して、素早くシュミーズに手を通していると、ラストの曲も終ったのか、ガヤガヤとダンサーがよって来た。
土曜日は、ダンサーの足も火のようにほてる。それほど疲れるのだが、しかし、大声で話ができるのはこの部屋だけだ。ことに今夜は茉莉の事件もある。シュミーズを頭にかぶったまま、喋っているダンサーもいた。
しかし、陽子はいつものように黙っていた。澄ましてるよと、言われてから、一層仲間入りをしなくなっていた。
黙々とコバルト色の無地のワンピースを着て、衿のボタン代りに丸紐をボウ(蝶結び)に結んでいると、上海帰りのルミが、
「殺生やわ、ほんまに……」と、遅れて上って来て、ペラペラひとり喋った。
「――今夜はパトロン、あしたは二時まで寝たる積りやのに、マネージャーの使いか。茉莉が倒れたとこ写した男いたんやテなア。朝のうちにその写真貰って来い、発表されたら困る、ルミの心臓で行って来てくれ。ダンサーを使うのん屁とも思てへん。マネージャーの方がよっぽど心臓や」
陽子は何思ったのか、ルミの傍へ寄って行って、
「あたし、代りにあした行ってあげてもいいわよ」
と、ルミがマネージャーの机から貰って来た木崎の名刺を、覗きこんだ。
夜光時計
一
三条河原町の元京宝劇場は、占領軍専用の映画が掛り土曜日の夜はジープとトラックが並んだ。
木崎が十番館を出て河原町通りまで来た時は、丁度その劇場のハネで、夜空に点滅する――
「KYOTO THEATRE」
のピンクの電飾文字のまわりを囲って、ぐるぐる廻る橙色の点滅燈のテンポが、にわかにいきいきとして、劇場から溢れでる米兵の足も速かったが、木崎の足はソワソワと速かった。
昂奮していたのだ。なぜだろう……。
レンズが肉体に化した木崎の写真は、印画紙からニヒリズムの体臭が漂うくらい、個性が強く、彼のねらう構図にはつねに夜が感じられて、ふとデカダンめいたが、今夜の陽子と茉莉の写真も「夜のポーズ」という彼の好みのテエマにふさわしかった。
しかし、美しい陽子をわざと最も醜いポーズで撮り、茉莉の倒れた姿に醜悪なポーズを見出したのは、単なる好みだけだろうか。ほかの場所では、それほどまでにしなかった筈だ。
つまりは、彼のホールぎらいのせいだ。それというのも、亡妻がダンサーだったからである。
亡妻の名は八重子といった。
学生の頃の木崎が八重子と知り合った時は、しかし八重子はもうダンサーではなく、阪神間のあるホテルの受付で働いていた。
四年の長い恋愛ののち結婚した木崎はダンスは出来ず、彼女もダンスレコードは集めたが、踊りたがらなかった。二年たって、八重子は軽い肺炎に罹り、南紀の白浜温泉に出養生した。ある日、彼が見舞いに行くと、八重子は旅館のホールで見知らぬ男と踊っていた。クンパルシータだった。咳をしながら、しかしうっとりと踊っていた。
はじめて妻のダンスを、しかも、自分以外の男に抱かれて踊っている姿を見た途端、木崎はダンサー時代の妻が、毎夜抱かれて踊った男の数を考えて茫然とした。結婚前に既にホールの客と二三の関係があった、という打ち明け話も、にわかに思い出されて、なまなましい嫉妬が、今更のように感覚的に甦った。
木崎はもはや、妻の過去に寛大な夫ではなくなり、嫉妬に背を焼かれてデカダンスに陥った。
そして、この嫉妬の火は、一昨年八重子が死んでしまっても、消えてしまわず、十番館へ来てはじめて陽子を見た途端、再び燃え上った。
陽子は、死んだ八重子に似ていたのだ。だから、陽子を撮ろうときめて、陽子の美しさを追うたのだが、旅館のホールで八重子の姿態を醜いとしか見られなかった木崎の、嫉妬の眼は、陽子の美しさに反撥して、どんなポーズも男にひきずられる女の本能の、あわれな醜さに見え、空しく三日通ったあげく、
「よしッ! こうなったら、もうあの女の一番いやらしいポーズを、撮ってやれ!」
そんな自虐の快感に燃えて、シャッターを切った途端、茉莉が……。
倒れたその姿に投げたのは、ホールへの諷刺だ。歪んだ昂奮に青ざめて、やがて木崎は四条通りを円山公園の方へ、歩いて行った。
そして、祇園の石段を登って行くと、暗闇の中から、いきなり若い娘が飛び出して来た。
二
「おっちゃん、煙草の火貸してんか」
ドスンドスンと歩いていた木崎の前に、娘はバスガールのように足をひらいて、傲然と立ちはだかった。
声も若かったが、木崎がライターの火をつけると、まだ大人になり切らない娘の顔が、ぱっと白く浮び上り、十七か八であろう。
しかし、娘は三十芸者のように、器用に火をつけて、
「おっちゃん、どこまで行きはるのン……?」
と、きいて、アパートへ帰るんだ――という返辞もまたず、煙をふきだしながら、ついて来た。
「まだ、何か用か……?」
「夜道は物騒やさかい、そこまで送って行ってくれたかテ、かめへんやろ」
「そこまでって、どこまでだ……?」
「おっちゃんは……?」
「清閑寺の方だ」
「うちもその辺や」
「嘘をつけ!」
と言おうとしたが、木崎はだまって娘と肩を並べて円山公園を抜けると、高台寺の方へ折れて行った。
三条大橋、四条大橋、円山公園に佇む女は殆んどいかがわしい女ばかりだ――と、噂にもきき、目撃もして来たから、すぐにそれと直感したが、しかし、ふと、そうとも決め切ってしまえない感じが、その娘のどこかにあったせいだろうか。
若すぎるから……ではなかった。十七や八はざらだった。そして、そんな年頃の、いかがわしい女は、若さの持ついやらしさがベタベタとぬった白粉や口紅を、不潔に見せていたが、この娘の白粉気のない清潔な皮膚には、遠いノスタルジアがあった。
紫の御所車のはいった白地の浴衣に、紫の兵児帯――不良少女じみて煙草を吸っていても、何か中学時代のハーモニカの音を想わせた。
――といって、興味は感じなかった。ただ、帰れといわぬだけ、――いや、何一つ口を利かずに、ついて来るのに任せて、やがて、高台寺の道を清水の参詣道へ折れ、くねくねと曲って登って行くと、音羽山が真近に迫り、清閑荘というアパートが、森の中にぽつりと建っていた。
門燈の鈍い灯りのまわりに、しんとした寂けさが暈のように渦を巻いていて、にわかに夜の更けた感じだ。
木崎は遠くから指して、
「あそこだ、おれのアパートは……」
と、はじめて口を利いた。
「――君の家はどこだ。まさか、あの山の中でもないだろう。帰れ!」
「そんなン殺生や。こんなとこから……」
「怖くて帰れんのか。ついて来るのがわるいんだ。幽霊は出んから、走って帰れ!」
「おっちゃん、アパートでひとり……?」
うんと、不興気にうなずくと、娘はいきなり、
「ほな、うちも泊めて。――いや……?」
と、木崎の顔を覗き込んだ。汗くさい髪の毛がにおいと一緒に、木崎の鼻にふれた。
三
「いやだ!」
「そんなこと言わんと、泊めて!」
「…………」
「うち、帰るとこあれへんねン」
「どうしてだ……?」
「うち、家出してん」
「ふーん、なぜそんな莫迦なことをしたんだ」
「…………」
「帰るところはなくっても、泊るところはあるだろう。宿屋で泊ればいい」
「うち、泊るお金あれへん」
そこは藪の中で、蚊が多く、立ち話しているうちに、木崎は神経がいらいらして来たので、いきなり十円札を三枚つかみ出すと、
「じゃ、これをやるから宿屋で泊れ!」
娘の手に渡して、やっぱりただの夜の花だったのか――と、且つはがっかりし、且つはサバサバして、あとも見ずに清閑荘の玄関へはいって行った。
二階の階段を上って掛りの六畳が、木崎の部屋だった。六畳の中二畳ばかり、黒いカーテンで仕切ってこしらえた現像用の暗室へ、カメラを置いて、蚊やり線香に火をつけていると、ドアを敲く音がした。あけると、さっきの娘がしょんぼりと、しかし顔だけはニイッと笑って、立っていた。
「帰らんのか」
「うん」
ペロリと舌を出した――のを見ると、木崎は思わず噴き出しそうになって、もう追いかえせなかった。娘はいそいそとはいると、
「木崎さん、ええ写真機持ったはンねンなア」
部屋の外に掛った木崎の名札をもう見ていたらしい。それには答えず、
「君は大阪だろう」
木崎も大阪人だけに、娘の言葉のなまりがなつかしかった。
「うん。焼けてん」
娘は暗室のカーテンへ素早い視線を送っていた。
「お父さんは……?」
「監獄……。未決に……」
はいっているのだと、ケロリとした顔で言ったが、ふと声を弾ませると、
「――未決にはいっていると、金が要るねン。差入れせんならんし、看守にもつかまさんならンし、……それに、弁護士は金持って行かなんだら、もの言うてくれへん」
そんな心配を、この娘がしているのかと、驚いて、母親はあるのかときくと、いきなり、
「お母ちゃん、きらいや」
と、その言葉のはげしさはなお意外で、ピリピリと動く痩せた眉のあたりを見ていると、
「――あんな妾根性の女きらいや。男ばっかし……」
こしらえているようだった。が、木崎はそれ以上きく興味もなく、
「もう寝ろ!」
と、押入れから蒲団を引き出した。
娘は急に固い表情になって、木崎の動作を見つめていた。
四
その固い表情に、木崎はふと女を感じながら、夜具を敷こうとすると、娘ははっとしたように飛び上って、部屋の隅へ後ろ向きに立った。
六畳のうち、二畳は暗室に使っているので、狭い。だから、夜具を敷く邪魔にならぬように起ち上って隅の方へ寄った――という風に考える方が自然だろうが、やはり飛び上ったと感じたのは、木崎の思いすごしだろうか。
「家出してから、どのくらいになるんだ」
木崎はふときいてみた。
「十日!」
背中で答えた娘の、腰のふくらみへ、木崎はふと眼をやって、あわてて外らした。
浴衣に兵児帯という姿に、淡いノスタルジアを抱いたとはいうものの、胴をきゅっと細く緊めているせいか、一層まるみを帯びて見えた娘の腰に、木崎はその娘の十日間のくらしを想った。暗がりで借りる煙草の火。しかし、それは木崎の好色の眼ではなかった。むしろ、痛々しさと反撥を感じていたのだ。
外科手術台の女の姿態を連想したのだ。寝床、外科手術、若い女の裸身。痛々しさの感覚!
好んで外科手術を受ける女はなかろう。が、それを受けるのが病人の、いや女の悲しい運命だ。手術台に横たわった女のあきらめ! 強いられた自己放棄! 失神状態! 手術者へすがりつく本能、不安! そして、憎悪と恨み……。自虐の快感!
目出たいと騒ぐ初夜の儀式は、メスの祭典だ。唯の祭典ではない。手術のメス! 女の生理の宿命的な哀れさは、木崎にはつねに痛々しかった。それというのも、亡妻の八重子への嫉妬が、女の生理に対する木崎の考え方を変えてしまったからではなかろうか。
八重子は木崎と結婚する前に、二三の男と関係があった。が、それは八重子が進んで求めたのだとは考えられず、ダンサーという職業の周囲に張りめぐらされたワナに、弱気な八重子がひっ掛って、のっぴきならなくなったのだ――という風に木崎は思いたかったのだ。
八重子はその頃十八か九だったという。相手の男は市井無頼の不良の徒であった。十八か九の何も知らぬ小娘と不良少年、何という残酷さだ!
木崎が外科手術を連想したのも、一つにはその男たちへの得体の知れぬ憎悪からであったろう。しかも、八重子が逃れようと思いながら、いつかその男たちの体の魅力にひきずられて行ったと考えると、女の生理の脆さに対する木崎のあわれみは、殆んどいきどおりに近いまでに高まったのだ。
あわれみと反撥――その振幅の間には中間はなかった。いわば木崎は誇張的にしか女の肉体が考えられなかったのだ。しかし、嫉妬とはつねに誇張に歪んだ情熱だ。
木崎がその小娘に感じたもの、やはりそれだった。ここに女の肉体がある! 木崎はいじらしいばかりに痩せた娘の肩と、ふっくりした腰を交互に見ているうちに、いらいらして来て、いきなり声を掛けた。
「おい!」
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