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猿飛佐助(さるとびさすけ)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 10:03:03  点击:  切换到繁體中文


「おお、その声は楓どの」
 さすがに覚えていてくれたかと、
「お久しゅうございます」
「…………」
 普段おしゃべりの佐助が鉛のように黙っているのを見て、何故こんなに変っしまったのかと楓はあやしく心が乱れて、まるでその変り方はこの楓を嫌ってしまったせいだろうか。
「何をそのように黙っておられます」
「余りのことに言葉も出なかったのじゃ。思いも掛けぬそなたとの対面、牢屋の中とは面目ないが、この暗闇がアバタの俺を隠してくれたとは、もっけの幸い」
 と、はやいつもの佐助に戻ったのが嬉しかったが、しかし、またそれももどかしくて、
「ま、そのようなことは後で。一刻も早うお逃げなさいませ」
「いや、逃げはせぬ。女人のそなたに助けられて逃げたとあっては、アバタ以上の恥でござる」
 などと佐助は収まりかえっていたが、やがて随分と手間の掛ったのち、やっと牢を出ると、眠っている山賊の傍へ飛んで行き、やい起きろと蹴り起し、そして、おれは口にしまりがない、気障な駄洒落に淫し過ぎるという折角の牢獄の反省も、簡単に蹴り飛ばしてしまうとぺらぺらと怪しげな七五調で、
「折角の夢を破った横紙破り、腰も抜ければ腹も立とうが、せめてこの世のお別れに、一眼だけでもこの娑婆を、拝んで置けとの思いやり、寝呆けた奴は眼をこすり、南蛮渡来の豚でさえ、見れば反吐をば吐き散らす、この面妖なアバタ面、地獄の迎えの来るまでに、穴のあくほど見て置けば、あの世へ行ったその時に、娑婆の不思議はアバタ面、二目と見られぬものだったと、エンマ大王喜ばす、土産話になるだろう。――おや、来るか鈴鹿の山賊共! 土産話が出来たと見えて、やけに急いだ地獄行き、邪魔な三好が顔出すまでに、こちらも少々急ぎの仕事、一人二人は面倒だ、束になって掛って来い」
 そして瞬く間に三百人、一人残さず眠らせてしまって、はじめてほのぼのとした自尊心の満足があった。
 三好は楓が自分もまた牢にいることにしばらく気づかなかったので牢を出るのがおくれ、
「三好入道これにあり!」
 と、叫んだ時には、もう出る幕は念仏しか残っていず、ぷりぷりと楓に当ったが、楓は耳にはいらず、いそいそと佐助の傍にかけ寄って、
「お見事でござりました」
 佐助は月を仰いでいた。
「楓どの、あの月を見やれ、綺麗な月ではござらぬか」
「ほんに、十六夜の月はおぼろに鈴鹿山……」
 と、楓がうっとりと歌いかけると、佐助は何思ったか急にそわそわして、
「鹿の子まだらのアバタの穴を……」
 照らしているのじゃと下の句を言いざまに、さらばじゃとはや駈け出してしまった。
 楓も驚いたが、三好も驚いて、
「おい、猿飛、どこへ行く、待たんか」
 と、呼びとめると、はや遠くの方で、
「月も怖いが、お主も怖い。どこへという当てもないが、月にアバタをまごまご曝していては、お主の繩目に掛らざなるまい」
「法螺だ、法螺だよ。ありゃ皆おれの法螺だ。返せ、返せ! おい、猿飛待たんか。おい」
 三好はあわてて法螺を白状したが、佐助の姿ははやどこかへ消えてしまっていた。
 楓は泣けもせず、三好に愚痴るよりほかに成すすべもなかった。
「三好様が法螺を吹かれたゆえ、佐助様は逃げておしまいになられました」
 三好はかえす言葉もなく、平謝りに謝りながら、楓と連れ立って佐助もとめての旅を続けねばならぬ羽目になったとは、まるで嘘から出た真じゃと、身から出た錆をやがて嘆いた。
 女連れでは武者修行もかなわぬのみか、人目には破戒僧のように見える――のはまず我慢するとして、女は第一愚図でのろまで、いやに頑なで、法螺も吹かねば本当のことも言わぬ、全身これ秘密だらけ、といって深い謎も無さそうな証拠には、思慮分別が呆れるくらい浅墓で、愚痴が多く、恐ろしくけちであると判り、三好はいやになってしまった。
 もともと三好は女はけがらわしいものと本能的に信じて、ことに女の匂いが好かず、入道姿になったのも妻帯をすすめられぬ用意だったというくらい故、楓がいつ何時どこで佐助にめぐり会っても見苦しくないようにと、朝夕化粧に念を入れて、脂粉の匂いを漂わしているのがいやでたまらぬ、おまけに三好は鼾のほかに歯軋りがはげしくて、かねがね他人と寝室を共にするのを避けているのに、よりによって楓と同室か、でなければ襖一つである。いかに女は嫌いとはいえ、いやそれだけに一層鼾や歯軋りが恥じられて、気になる余りまんじりともせず、無性に疳を立てながら、やがて明け方の薄ら明りにふと眼をやれば、楓の寝顔は白粉が剥げて、鼻の横筋など油が浮き、いっそ醜い。女などどこが良いのだろうと、改めて思われて、三好は自分が女の腹から生れた人間だとはいかにも思いたくなく、佐助のアバタが笑窪だなどと思いたがるこんな女など、早く佐助に押しつけてしまおうと、やっきになって佐助の行方を探していたが、空しかった。
 佐助はどこをどう歩いていたのか、鈴鹿峠を去って何日か経ったある夜、彦根の宿のある旅館の割部屋に泊った客の、どこやら寂しい横顔を、鈍い行燈の灯に透かせば、かくしもならぬアバタ面、後からはいって来た相客がつくづくと眺めて、
「猿飛どのではござらぬか」
 と、声を掛けた。
「おお富田無敵とんだむてきどのでござったか。これは奇遇!」
 先年佐助がその今出川の道場を荒して茶漬飯をふるまわれたことのある富田無敵だと、すぐ判ったが、その富田無敵が何の仔細あって、彦根の旅籠のよりによって割部屋に泊るのかと訊けば、
「実は首のない男を探しもとめての旅でござる」
 と、言う。
 首のない男、これは耳寄りなと佐助が膝を乗り出すと、無敵は、
「それがしの話を聴いて、けっしてお嗤いめさるな!」
 と、さびしそうに念を押して語ったのはこうだった。
 ――四五日前の夜のことである。道場と知ってか知らずにか、無敵の宅へ盗賊がかかったらしく、真夜中に裏の戸がガタコトと鳴った。素早く眼を覚して、襷、鉢巻も物ものしく、太刀を片手に、いざ抜討ちと待ち構えていると、果して、戸の隙間からぬっと首を差し入れた。すかさず斬りつけたが、どう仕損じたのか、皮一枚斬り残したらしく、首は落ちずにブラリと前へ下っただけである。しまったと、二の太刀を振り上げた途端、首はすっと引っ込められて、盗賊はうしろも見ずに一目散に逃げ出した。直ぐあとを追うた。盗賊は月光を浴びて必死に逃げたが、ぶらつく首が邪魔になるらしく、次第に逃げ足が鈍って来た。二条で追いつき、あわや襟首をつかもうとした時、盗賊はぶらついていた首をいきなり千切ってふところへ入れたので、すかされて前のめりになった。その隙に盗賊はみるみる遠ざかったので、またあとを追うて行ったが、邪魔な首をふところへ入れてしまったせいか、男の逃げ足の速さはにわかにしんせんようか、人間とは思えなんだ。三条を過ぎ蛸薬師あたりで見失ってしまった。夜が明けると、早速この旨を奉行に届け出ると、
「とりとめなき事を届け出るものではない」
 と、一笑に附す。
「いや、根もなき事ではござらん。それがし確かに一太刀浴びせ申したが、残念にも風をくらって……」
 逃げてしまったと言いかけると、奉行はカラカラと笑い出した。
「なに? 風をくらって逃げた? 首のなき者がいかにして風をくらう事が出来よう。あらぬ事を口走るものではない」
 言葉尻をつかまえて、からかおうとした故、では、それがしの申すことを出鱈目、嘘いつわりと申さるるかと血相変えて詰め寄ると、その殺気におそれを成したのか、奉行はにわかに狼狽していった。
「あ、いや、左様に昂奮めさるな。――確かに首のなき者が風をくらって都大路を逃げ失せたのじゃな。しからば、早速触れを出す事に致そう」
 翌日、高札場の前を通り掛ると、人々が集って笑っている。見れば、
「万一首のなき者通行致さば、見あい次第に、きっとからめ参るべし。
 右は今出川住人富田無敵の訴出に依れば、盗賊の逐電致せし者にきっとまぎれなき由、依って高札を掲げる事如件」
 とあり、何となく面映ゆく赤面していると、意外な囁きが耳に入った。
「首のない男が風をくらったそうな」
 途端に奉行の魂胆がわれを世の嗤い者にする事にあると判った。高札の文章にわざわざ『今出川往人富田無敵』の名を入れた理由も読めたと、直ちに奉行所へ乱入して…………と思ったが……。
「いや、それも大人げない。それよりも、件の首なき男を探し出して召しとらえ、これ見よと奉行へ突き出すに若かずと思い直して、旅に出たのでござる。旅籠、旅籠で割部屋を所望致せしは幸い相客の中に首なき男もがなとの念願から」
 と、無敵は語り終わって
「――貴公はさぞお嗤いであろう」
 打ちしおれていた。

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