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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-14

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 7:01:02  点击:  切换到繁體中文

 


三人の騎士


    一
 三人の若い騎士が、揃つて旅をいたしました。筋肉のたくましい、見るからに元気な騎士は黒い甲冑を着てをりました。背のひよろ/\と高い騎士は白い甲冑を、いちばん痩せこけて小さい騎士は青い甲冑を着てをりました。
 この三人の騎士は、目的地である王城のある街へ、せつせと旅をつゞけてをりましたが、三人の住んでゐた街から、王城までは、かなりの里程(みちのり)がありましたし、それに広々とした野を横切らなければなりませんでした。
 騎士達の住んでゐた街の、いたるところの街角に奇妙な木の札(ふだ)が建てられたのは、ついこの間のことでありました。
 それはこの国でいちばん勇ましい騎士に王様が、たつた一人よりない可愛い王女をくれるといふ、立字(たてじ)が書き綴られてあつたのです。
 もと/\この国の王様には、王子のないことを臣民は知つてをりました。
 それで若い騎士達は、争つて王城をさして押しかけました。美しい王女さまを貰つた上に、この国の王様の世継となつて、やがてはおびたゞしい土地と、人民を統御することを想つては、若い騎士達はじつとしてゐることができませんでした。
 そしてぞく/\と押しかけた騎士達は、王宮の前庭にたくさん集りました。
 たゞ騎士達は、この多数の自分達の仲間から、たつた一人の幸福な候補者を王様はどんな方法で、お選びになるかといふことが、だれにもわかりませんでした。
 王様の御前で、勇ましい真剣勝負をするのか、または闘牛の技競(うでくら)べをするのやら、馬術をおめにかけるのやら、さつぱりわかりませんでした。
 この三人の騎士達も、この思ひもかけない幸福にめぐり合ふとして旅をつゞけてゐる若者でありました。
 三人の騎士達が、野原のまん中までやつてきたときに、とつぷりと日が暮れてしまひました。
 黒い騎士は、こんなに日が暮れては路(みち)がわからないから野宿をしようと、二人の騎士にむかつて言ひました。
 ところが後の二人の白い騎士と、青い騎士とは、明るいうちは、それは強さうなことを言つてをりましたが、とつぷりと日がくれてしまつては、急に怖気(おぢけ)がついて一歩も馬の足をすゝめることができなくなりました。
 それにこんな野原のまんなかに野宿などをしては、さびしくて堪らないと考へましたので、黒い騎士に反対をしてとにかく、行けるところまで馬を進めようと言ひました。
 しかたなく黒い騎士は、二人の言ふ通りに、夜どほし歩くことにいたしました。
 白い騎士と、青い騎士は、頭上をとぶ名も知れない怪鳥の叫び声にも、しまひにはふるへる程の臆病の本性を現はしてしまひました。
 黒い騎士は、臆病な、二人を追ひ立てるやうにはげまし、はげまし路を急いでまゐりますと、ふいに三人の馬の鼻先で、それは大きな法螺の貝の響がいたしましたので、白い騎士と青い騎士とは、驚ろいてきやつと言ふなり棒立ちになつた馬から落つこちましたが、大胆な黒い騎士はさつそく、半弓をもの音のあたりに、ひやうと射放しました。しかし不思議な物音はそれきりきこえませんでした。
 二人の騎士はます/\怖気がついて、果ては一歩もあるくことができなくなりました。
 ところが、ちやうど幸ひなことには、はるか遠くに人家のあかりがひとつ見えましたので、三人はたいへん元気づいて馬をすゝめました。

    二
 広い野原のまんなかに建つた、大きなお寺の、高い窓から、光がもれてくるのでありましたが、そのお寺は久しい間人が住んでゐなかつたと見え、壁は崩れかけて、いかにも古めかしい建物でありました。
 たどりついた三人の騎士は、とんとんと朽ちかけた扉をたゝきましたが、なかゝらは何の返事もありませんでした。
 短気な黒い騎士は、力いつぱい扉をひきましたが、扉はなんの戸締りもなかつたので、それは苦もなくやす/\とひらかれました。
 そこは天井の高い第一の部屋になつてをりましたが、そこの土間には、三つの秣桶(まぐさをけ)と三つの水桶と、三つの毛ブラシと、がちやんと置かれてありました。
 ちやうど、三人の騎手[#「手」に「ママ」の注]の乗つた三頭の馬がやつてくるために、用意をしてあるかのやうでありました。
 黒い騎士はたいへん喜んで、さつそく乗つてきた馬に、水桶の水をやり、秣をやり、ブラシで毛なみをきれいに撫でゝやりましたが、他の二人の騎士達は、あまりのうす気味の悪るさに、たゞ呆然と突立つてをりました。
 それよりも不思議なことには、次の第二の部屋には、一人の女がきちんと膝を組んで坐つてをりました。
 顔色は凄みを帯びたほどに白く、髪を長く後に垂れ、青い上着をきたこの女は、人形のやうに、唖のやうに、坐つてをりました。
『旅の三人の騎士です一夜のお宿をおねがひしたい。』
 かう黒い騎士は、女にむかつて言ひましたが、女は冷めたい大理石のやうに坐つたまゝ、一言の返事もいたしませんでした。青い騎士と白い騎士は、がた/\と震へだしました。

    三
 つゞいてまた不思議な事を発見されました、それは次の第三の部屋には、大きな丸テイブルが据ゑられて、その上には三人前の料理と、三本の葡萄酒とがのつてあり、それに三脚の腰掛の用意まで、ちやんとしてあるではありませんか、大胆な黒い騎士は、
『なんといふ気の利いたホテルだらう。』
 などと平気で無駄口をきゝながら、たらふく料理を喰べましたが、臆病な他の騎士は喰物が咽喉にはひるどころではありません、ます/\震へるばかりでありました。
 次にまた不思議なことには、第四の部屋には、三人分の寝台が用意されてあることでした。
 黒い騎士は平気で、この寝台のふつくらとした羽布団にくるまれてねむりましたが、白い騎士と青い騎士は、寝台の中に小さくなつてをりました。
 すると真夜中頃、とほくからだんだんと騎士の室の方に、ちかよつてくる足音が聞えましたが、やがて、ぱたりと室の前で足音はやみ、音もなく扉が開かれました。
 二人の騎士は怖々そつと頭をもたげて見ますと、それは第二の部屋に、石のやうに坐つてゐた女でありました。
 女は黒い騎士の寝台にちかよつて、小さな聞きとれないやうな声で
『もし/\、太陽の申し児のやうな、たくましい旅の若者。わたしが一生のお願ひがございます。もし/\。』
 かう言つて、なんべんも冷めたい手で黒い騎士の首筋を撫で廻してをりましたが、黒い騎士は昼の疲れで大鼾で眠つてゐるので、女はこんどは白い騎士と青い騎士の寝台のところに近よつてまゐりました。

    四
 夜が明けるのを待ちかねて、青い騎士と白い騎士は、黒い騎士をゆり起して、早々にこの怪しい古い寺院を出発いたしました。
 そして三人は旅を続けましたが、寺院から一里もきたと思ふころ二人の騎士は、前夜の出来事を始めて黒い騎士に物語りました。
 黒い騎士は、前夜の出来事を聞いてたいへん残念がりました、そしてこれから今一度引返して、奇怪な女の正体を見極めてくると、言ひ出しました。
 青い騎士と、白い騎士はそのことにたいへん反対いたしましたが、黒い騎士はどうしてもきゝいれませんでした。しかたなく二人の騎士は、そこで黒い騎士と別れて、一足先に王城にむかつて出発いたしました。
 大胆な黒い騎士は、その日の夕方、野の中の古い寺院に引返してまゐりました。
 扉はなんの苦もなく、ひらかれました。
 第一の部屋には、騎士がたつた一人で引返してくることを、ちやんと知つてゐるかのやうに、土間には、一つの秣桶と、一つの水桶と、が用意され、第二の部屋には、一人分の食事と、第三の部屋には、ものを言はぬ女が坐つてゐて、第四の部屋には一人分の寝台とが用意されてをりました。
 黒い騎士も、さすがに不思議に思ひながら寝床の中にもぐりこんで眠りました。
 果して真夜中頃遠くから足音がしてやがて、その足音は、騎士の室(へや)に忍びこみました。
 騎士は寝息を殺して、じつと様子をうかゞつてをりますと、前夜のやうに
『もし/\、太陽の申し児のやうな、たくましい旅の若者。わたしが、一生のお願ひがございます。』
 と女が小声で言ひました。
 騎士は、やにはに、がばと飛び起きて、しつかりと女の袖を、捕へました。しかし女は少しも逃げようとはせず、窓から戸外をながめながら遠くを指さします、そしていかにも案内をするやうに、自分が先にたつて歩るきだしましたので、騎士は狐につまゝれたやうに、その後について行きました。
 すると女は野原の暗がりを十丁程も先に立つて歩るきましたが、女の着いたところは小高い丘になつてゐました、そしてそこの草の茂みの中に二三十の石碑(せきひ)がならんでをりました。
 女と騎士は墓場にやつてきたのでした。女はその石碑のうちの小さいのを指さして、唖のやうに無言に、土を掘れと手似(てまね)をするので、大胆な黒い騎士は、度胸をきめて土を掘りました。
 なかゝらは、まだなま/\しい赤児の死骸が出てまゐりました。
 女はこれをながめて、にや/\と笑ひました。

    五
 女は不意に、赤児の腕をぽきりと折つたと思ふ間に、むしや/\と喰べ始めました。
 さすがの黒い騎士も、からだに水を浴びたやうに、恐ろしく思ひました。
 しかしこゝで弱味を見せてはならないと心に思ひましたので、女が次の腕をもぎとつて喰べだしたとき、だまつて手を差しだしました。
 騎士は赤児の腕を喰べようとするのです。女はこれをみて声をあげて、笑ひました。そして赤児の頭をもぎとつて、騎士の手に渡しました。
 騎士はその赤児の頭をうけとると、眼をつむつて、夢中になつて噛りつきました。
 赤児の頭は案外柔らかく、そしてぼろ/\と乾いた餅のやうに欠け落ちるのです。その味はなんだか、蜜のやうに甘いやうに騎士には思はれました。
 騎士は頭を喰べおへると、また手を出して赤児の足をくれと女に言ひました。騎士は何が何やら、わけがわからなくなつてしまつたのでした。
 そして騎士は、まつ暗な墓場のなかで、赤児の死骸をぺろりと平らげてしまひました。
 そのとき何処(どこ)からともなく、法螺貝の音が聞えました、つゞいて人馬のひゞきが起りました。騎士は暗がりの中からあらはれた、たくさんの手のために、其場に押し倒され、頭からすつぽりと袋のやうなものをかぶされてしまひました。
 そして騎士は、馬の背にのせられて、どことも知らず運んでゆかれました。
     *
 なんといふ明るさでせう、騎士が馬から、おろされたところは、まつくらな墓場とは、似ても似つかない、昼のやうにあかるく七色の花提灯(はなちようちん)をつるされた、大理石の宮殿の中でありました。
 黒い騎士が旅の目的地であつた、王城の中に立つてゐたのでした。
 やがて正面の扉がひらかれて、白い長い髯を垂れた王さまが、にこ/\と笑ひながら出てまゐりました。
 それよりも驚ろいたことには、野原の中の古ぼけた寺院の怪しい女が、見ちがへるほどに美しい服装をして、これもにこ/\しながら現れました。
『旅の騎士、太陽の申し児のやうな勇ましい若者。あなたの不審はもつともです。』
 かう口をきつて王さまが物語るには王さまが国中でいちばん勇ましい王子を選むためにぜひ、騎士達の通らなければならない野原の寺院に、王女を住はせました。そして路には、家来の者を隠してをいて、いち/\通る騎士の数を、法螺の貝をふいて合図をして知らせました。
 王女はその合図によつて食事やら寝台やら秣桶、毛ブラシなどの用意をいたしました。
 そして王女はその夜泊つた騎士のうちから、いちばん勇ましい騎士を選んだのでした。
 ではあのまつ暗な墓地で喰べた赤児はどうしたのでせう。
 みなさん、その赤児といふのはほんとに馬鹿らしい程、お可笑なものです。それはお砂糖でこしらへた、赤児のお人形さんであつたのです。
 黒い騎士はその日、りつぱな式があつてめでたく王子の位についたのでした。(大15・9愛国婦人)

 

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