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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-13

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 6:59:03  点击:  切换到繁體中文



雪の伝説を探るには

登山道具はなるべく御持参下さい
こちらの製品は粗製濫造に属し
玩具に属してゐますから、
日本に犯されないものは一つもない、
勿論雪の処女峰などは一つもない、
山番を唖然とさせるほど
勇敢に遭難して
勇敢に救助隊が活動します。
雪の伝説を探るには
東北地方へいらつしやい、
吹雪の中で
簪をさし白いウチカケを着た
幻の雪の精、雪女郎に
何人も何人もに逢ふでせう、
後からヒョコ/\と腰の曲つた老爺が
泣きながら風呂敷包を抱へて尾いてゆく
あなたもその後を尾いてゐらつしやい
すると彼女は廓といふところで
雪の白衣を脱いで
人絹の赤い長襦袢で
あなたを迎へるでせうから。


右手と左手

     右手
なんて見下げ果てた奴ぢや
貴様はきのふ百貨店で
そつとカワウソの襟巻に
さはつて見たな
貧乏人のくせに
成り上り根性を出したりして

     左手
わしはさはるにはさはつたが
だが、わしの意志ぢやなかつた

     右手
誰の意志だ、

     左手
脳の命令だつた、

     右手
実にお前はけしからんぞ
おれはいつも尻を拭つてゐるんだぞ、
お前は労働を避けたがる
何一つ真先に働いたためしがあるか、
わしはペンで力いつぱい書く役だ
お前は紙の一端を
かるく押へるきりぢやないか
いつもぶらぶらしてゐるぢやないか、
プチブル野郎、

     左手
いつも一緒に暮してゐる仲で
今更悪態とは酷いぞ

     右手
御主人にカワウソの
毛皮でも買つて貰つて
お前の小市民根性を暖めて貰へ

     右手と左手
掴み合つて喧嘩を始める

     口
両手共喧嘩をやめい、
きこえんのか
時計が十二時を打つた。飯だ

     左手
みろ、右手俺れが今度は
重い茶碗をもつて
貴様が軽い箸もつ番ぢやな

     右手
そりやさうだな
働く者同志の喧嘩はやめよう

     右手と左手
それにしても
こいつの口にせつせと
兵糧を運ぶわけか
口から尻の世話まで
俺達働く者の手にかかるのを
口の野郎も尻の野郎も
脳の野郎も
すべての命令者共は
忘れるな


或る旦那の生活

一人の政治家がをりました。
靴をはくにも
自分の手をかけたことがない、
椅子に腰かけ
ぬつと足をつきだすと
女中が履かしてくれる
赤い絨氈は座敷から
玄関先までつゞいてゐるから
靴には塵ひとつつけず
そのまゝ旦那さまの足は
自家用の自動車の中へ。
葉巻をくはへれば
傍の秘書がマッチをつけてくれる
車が停まれば
ドアは運転手があけてくれる
旦那さまは手も足もいらない
イザリであつても政務には
結構ことたりる
財布をあけると
銀行では金を入れてくれる
「あれが慾しい、これが慾しい」と
眼でもの言へば、
デパートでは、
金持、政治家、
身分いやしからざるものには
それぞれ係りの店員がゐて
○○様係りの店員は
片つ端から品物を
配達部へ廻してしまふ、
代金はお邸の方へとりにゆく。
旦那さまには
無人の野を行くがごとき
大胆不敵の生活ぶり。


寓話的な詩二篇


温和しい強盗

真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン

「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「どうぞ――」
「ははあ、人道主義者の家だな」

真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン

「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「真夜中に喧ましい奴だ
伝家の宝刀で、ぶつた切つてしまふぞ」
「ははあ、軍人の家だな」

真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン

「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「眠い、眠い、ムニャ/\
今頃誰だ、強盗?
まご/\してゐないで早く
そこの橋を向うへ渡つてしまへ」
「ははあ、刑事の家だな
成程、あの橋を渡れば
向うの署の管轄か」

真夜中、戸をたたく
トン、トン、トン、トン

「今晩は、今晩は
夜更けて済みませんが
強盗ですが入つて構ひませんか」
「いち/\ことわつて入る奴があるか、ずつと通れ」
「ははあ、こゝは刑務所だな」


猿と臭い栗

猿の子供達が栗をとつてゐると
不思議な見馴れない
二つの栗をみつけた
驚ろいて父親の処へもつてゆく、
「何だ、これは栗とは違ふやうだ
毛だらけの丸いものだ
何処で拾つてきた」
「これが偶然、栗の木になつてゐたよ」
「どれどれ、はゝあ、判つた
これが人間の世界の
偶然の毛鞠といふものに違ひない
そんな物は早く捨てゝおいで」
「でも折角、拾つたんだもの
捨てるのは惜しいや」
「ぢや交番へ届けておいで」
猿の子供は猿の交番へ届けに行つた。
お巡りさんはつくづくみて
「やつかいなものを拾つてきたな
これは人間の世界でも
手余しものぢや、
今時こんなものは
猿の世界でも臭くて喰はんものぢや
落し主は判つてゐる
返してやれ――」
お巡りさんは
空高く人間の世界に鞠を投げ返した、
二つの毛鞠は
一つは中河与一といふ人の庭へ
一つは石原純といふ人の庭へ、
二人の偶然論者のところへ落ちた


国民の臍を代表して

永野修身閣下の
軍縮脱退の英断を迎へて
僕は何を代表して
閣下を迎へたらいいか、
僕は全国民の臍を代表して迎へよう
銭湯の湯舟の中で
ヘソ並びにその下を洗ひながら
国民の批判精神は、はたらいてゐる
国民は近来、冷血動物のやうになつた、
この冷たい態度は悲しむべきだ
だが安心していい
肉体の一箇所だけは
笑ふ力を失つてゐないから
それは国民の臍であり
そこだけは湯のやうに湧いてゐる
貧しい国民は閣下に
一杯のコーヒーを
進ずるためにいま
それを茶碗にかけてゐる。


さあ・練習始め

おゝ、同志よ、
あゝ、階級的同志よ、
「同志といふ呼び名をいつかふんだんに使ひ合つたね」
「あれは一体、何時のことだつたけね」
あの時は君と僕とは同志であつた、
だから文章の上でも日常生活の上でも
同志よ――客観的状勢は――。と
むちやくちやに盛んに言つたものだ、
そして今、客観的状勢はどうしたね、
客観的状勢は、我々の文章や言葉の中から
同志といふ言葉をケシ飛ばしてしまつたのさ、
意気地なしの自由人よ、
強さうであつても 空で爆音がきこえれば
結局は森林帯ジャングルに逃げ込む ヱチオピア土民軍のやうなものだ、
組織的で科学的なヽヽヽヽヽに負けるのだ、
「同志」はてな、「階級」はてな、
どつちも聞いたやうな言葉だがと
あのころの文学的勇士が いまはケロリと白つぱくれた顔をして
省線電車の中で 折カバンをもてあそびながら、
昔の同志はけふ私を あかの他人のやうに取扱つた、
君は立派な健忘症だよ、
だが私は忘れることができない
――タワリシチ
――ボリシェビイキ
――ロートフロント
いまでも耳に、こゝろよい
語呂をもつたこれらの言葉をさ、
同志といふ呼び方は かういふ客観的状勢では
少しばかり胡椒が利きすぎるから
使はんでくれ給へと 君の眼は哀願してゐる
そんなに君は、ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ 身に泌みて恐ろしかつたか、
かつての文学の、はなばなしい自由の闘士よ、
君の野性の性質は いま底を突いたのだ、
毛のぬけた犬のやうに温和しい、
僕の新しい野性は 永遠に馴れない野性だよ、
さあ、同志咆へ始めよう 曾つての美しい言葉のもつ意味の
積極性を再製しよう
さう、恥づかしがらないで
練習始めだ、
タワリシチ、
タワリシチ、
ボリシェビイキ、
ロートフロント。

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