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小熊秀雄全集(おぐまひでおぜんしゅう)-10

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:43:11  点击:  切换到繁體中文



運命

あゝ、運命といふものがお可笑しな
歌うたひと一緒に
こゝまで連れだつてきた、
運命よ、お前に感謝しよう
私はお前を色々の立場から歌つてきた
色々の角度から可愛がつたり
憎んだりしてきた
甘やかされた生活に
呪はしい火の粉をふりかけられたとき
私はどんなにお前を憎んだらう
でも、今はお前のことを恨んではゐない
祈祷[*「祷」はしめすへんに壽]することをすつかり忘れた僧侶のやうに
私は最大にグウタラになつて
悪魔を味方につけて
運命よ、お前を私の墓の中にまで
引きづりこんでやらうと思ふ、
死ぬことを決して怖れはしないが
自殺をするために
体をうごかす努力を払ふなら
生きるために動かす方が努力が少いのだ
ものうい、にくらしい一日よ、
まるで頭に鉄の鉢巻をしてゐるやうに
階級のことを忘れることができなくて頭が痛む
なんてヤクザな運命を
どこまで持ち運んでゆかうとするのか
茜色のソファーのやうな雲が
空を走つてゆくのをぼんやりと眺め
私もあの雲にゆつくりと腰を下ろして
愛する国への飛行を夢みたり
とりとめもない歌うたひにかゝつては
私の運命はさまざまに
可愛がられたり憎まれたりするばかりだ。


政治は私の恋人であつた

あんなに政治を可愛がつたのに
みんなはこんなに邪剣にしてゐる
私はいまもそのことで夜更けまで考へてゐる
私はたつた一言でも
人生を肯くことができるのは
みな政治の訓練が私をさうした、
すべての友は政治に損はれ
捨てた女を憎むやうに
彼女を憎んでゐるだけで
現実の上には何んの愛も語らない
さうだ、彼女は私達を
どんなに宇(ママ)頂天に嬉しがらせ
どんなに絶望に叩きこんだらう
そのことゝ現実とはかゝはりがあらう
いまとなつては私にとつて永遠の恋人よ
あの時我々はそつとさゝやくことをしなかつた、
公然と自由を叫び地団駄した
いまはさうした恋の打開け方を
する相手もゐない悲しみのために
心の中は苦しい砂でいつぱいで
苦い汁を毎朝口から
流しこんで生きてゐる、
だが感謝すべきものを私だけは忘れない
弱虫であつた私を
こんなに鍛へてくれたのは
政治よ、私はお前だと思つてゐる
お前と激しく恋をしたのだ、
いまでは私はお前にとつても
永遠に忘れることのできない
現実のものとして私はお前に失恋して
こんなに積極的に人生を
肯定するやうになつてきたのだ。


白い夜

妹よ、まだお前は知つてゐるかい
樺太の冬の夜のことを
青白い光が街を照してゐた夜のことを、
お前は、とつぜんむつくりと起きあがつた、
そして寝床の上に坐つた、
私や父や母の顔を
暫らくは凝然とみつめてゐた
母は私に言つた
――あゝまた始まつたよ、
寝呆気てゐるのだよ、
お前、どこまで歩いてゆくか
後を尾けて行つてごらん
その時私は電燈の明るい光りの下で
少年世界を熱心に読んでゐた、
私は雑誌を畳の上に伏せた、
それから母に言ひつけられたやうに
妹よ、お前の夢遊病を尾けて行つた、
戸外は昼のやうに明るかつた、
どこにも月がでてゐなかつた
それだのに地上の明るさは
地平線のかげから
まるで水銀のやうな光りがたちのぼり
小さな街中をまんべんなく明るくしてゐた
路は凍り、妹は下駄の音を
カラコロと陽気に立てながら
私の知らない
幸福なところへでも案内するやうに
私の先に立つて歩いて行つた、
街はひつそりと静まつてゐた、
ぽかんと開かれた妹の眼は
虚洞(うつろ)のやうに
何処かの一点を凝視し
足は全く反射的に交互に運びだされ
すこしも後をふりかへるといふことをしない
郵便局のある街角まできたとき
私はかなしみがこみあげてきた
私はもうたまらなくなつて
――どうしたの
  眼を覚まさないの、
とはげしく妹の肩をどやしつけてやると
妹は、ハッと我にかへつて
――まあ、いやだわ
と私の体にひしとしがみついた
妹は自分の周囲を見まはし
一度にそこに立つてゐる
自分と羞恥とを感じたのだらう
――おゝ寒い、寒い、
二人はかう言ひながら
たがひに手をとりあつて
どんどん韋駄天走りに家にかへつた
母親は不気嫌であつた、
そして父親は笑つてゐた、
妹よ、
あの白い夜のことを覚えてゐるかい、
あの時、少女であつたお前は
今はもう三人の子の母親になつた、
きのふ私が金を借りにいつたら、
お前は瞬間しぶい顔をしたが、
金を借してしまふと
もとのなつかしい顔にかへつた
私が玄関で靴を履いてゐると
お前は傍に坐つて
いかにも改まつたやうな口調でかういつた
――兄さん
  どうして貴方は
  社会主義者になどなつたのよ、
  わたし、何にも訳がわからないから
  廃せとは言はないけれど――
  あんまり、警察なんかにいつて
  体をこはさないやうにしてね、
私はフッと笑ひながら
――どうしてなつたのかな
と空うそぶいた、
弟は戸棚から菓子を出してきて
紙に包んで手渡した、
弟よ、お前は私の歳が
いくつだか知つてゐるかい
妹よ、お前はまだ
白い夜にたがひに手をとつて
駈けだして帰つたころの
小さな兄妹のやうに思つてゐるのだらう
心配するな妹よ、
お前は社会主義の
『社』の字も知らなくても
お前はしあはせに
亭主に仕へて子供を育てゝゐたらいゝ
お前は何時までも
寒い白い夜のことを忘れてくれるな。


悲しみの袋<BR>
わたしは一人で
歌つてゐるのではない
合唱してゐるのだ
そして私は、君の眼からは
勇敢に見えるのだ、
君はたんと誤解したまへ
私は誤解されるために
詩を書いてゐる
君が現実を誤解するのは
合理的だし上手なんだから
私が歌ふと
木霊がかへつてくるよ
だから私は淋しがらない
君の悲鳴は
自分のところへ
もどつてきた例しがない
君は悲しみの入つた
立派な袋だよ
悲しみのある間はいいさ
だしきつたら
袋は強い足に踏みつけられるだらう
私の口はたたかつてゐる
帆が風にたたかつてゐるやうに
波と風との速度の早さに
窒息しさうだ
船は音高くきしる
それが私の悲鳴なのだ
高い――悲鳴、それこそ君の耳に
勇敢に聞えるところの私の歌だ、
私の眼からは戦ふことも知らないで
流れ去つてゆく
君の方がはるかに勇敢に見える。

 

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