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番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-29 0:03:09  点击:  切换到繁體中文


 
播磨 待て、待て。左様に逃げてまゐるな。勝手の用はほかの女どもに任して置いて、まあこゝで少し話してゆけ。
お菊 はい。(嬉しげに縁に腰をかける。播磨も縁さきに進み出る。)
播磨 母から此頃にたよりはないか。
お菊 この一月ほどなんのたよりも聞きませぬが、大方無事であらうと存じてをりまする。
播磨 親ひとり子一人ぢや、いつそ此の屋敷内へ引取つてはどうぢやな。母は屋敷住居は嫌ひかな。
お菊 いえ、嫌ひではござりませぬが、母を御屋敷へ連れてまゐりまするには、なにも彼も打明けねばなりませぬ。
播磨 なにもかも……。(打笑む。)隠すことはない。母にも打明けたらよいではないか。
お菊 でも……。それは……。(恥かしげにうつむく。)
播磨 恥かしいか。もう斯うなつたら誰にはゞかることもない。天下の旗本青山播磨を婿むこにきめましたと、母のまへで立派に云へ。
お菊 云うても大事ござりませぬか。
播磨 そちの口から云はれずば、母を兎もかくも屋敷へ連れてまゐれ。わしから直々に打明けて申すわ。若しその時に、母が播磨を婿にするは不承知ぢやと申しても、そちは矢はりこゝに居るであらうな。
お菊 たとひ母がなんと申しませうとも……。
播磨 いつまでもこゝに居るか。
お菊 はい。
播磨 それをきつと忘るゝなよ。
(二人は顔を見あはせて打笑む。上の方より十太夫足早に出づ。)
十太夫 殿様。その菊と申す女は重々不埒ふらちな者でござりまする。(敦圉いきまいて云ふ。)
播磨 なにが不埒ぢや。皿を割つたのは粗相と申すではないか。それともまだほかに何か曲事きよくじを働いたか。
十太夫 いや、その皿を割つたのは粗相ではござりませぬ。縁の柱にうち付けて、自分で割つたと申すこと。
播磨 自分でわざと割つたと申すか。
十太夫 朋輩のお仙がたしかに見届けたと申しまする。粗相とあれば致方もござりませぬが、大切のお品をわざと打割つたとは、あまりに法外の致し方。殿様が御勘弁なされても、手前が不承知でござります。きつと吟味をいたさねば相成りませぬ。
播磨 さりとは不思議のことを聞くものぢや。こりや菊。さだめて粗相であらうな。
十太夫 いや、粗相とは云はせませぬ。
播磨 はて、騒ぐな。どうぢや、菊。十太夫はあのやうに申して居るが、よもやさうではあるまいな。はつきりと申開きをいたせ。
お菊 (胸を据ゑて。)実は御用人様のおつしやる通り……。
播磨 わざと自分の手で打割つたか。
お菊 はい。
播磨 むゝ。(十太夫と顔を見あはせる。)さりとて気が狂うたとも思はれぬ。それにはなにか仔細があらう。わしが直々に吟味する。十太夫はしばらく遠慮いたせ。
十太夫 いや、はや、呆れた女でござる。こりや、菊……。
播磨 (じれる。)よい、よい。早くゆけ。
(十太夫は上のかたに引返して去る。)
播磨 こりや、菊。そちはなんと心得て、わざと大切の皿を割つた。仔細を申せ。(物柔かに云ふ。)
お菊 おそれ入りましてござりまする。
播磨 最前も申す通り、その皿を割れば手討に逢うても是非ないのぢや。それを知りつゝ自分の手で、わざと打割りしとあるからは、よく/\の仔細がなくてはなるまい。つゝまず云へ。どうぢや。
お菊 もう此上はなにをお隠し申しませう。由ないわたくしの疑ひから。
播磨 疑ひとはなんの疑ひぢや。
お菊 殿様のお心をうたがひまして……。
(播磨はだまつてお菊の顔を睨む。)
お菊 このあひだも、鳥渡ちよつとお耳に入れました通り、小石川の伯母御様が御媒介で、どこやらの御屋敷から奥様がお輿入こしいれになるかも知れぬといふお噂、あけても暮れてもそればつかりが胸につかへて……。恐れながら殿様のお心を試さうとて……。
播磨 むゝ、それで大方仔細は読めた。それに就いてこの播磨が、そちを唯一時の花とながめて居るか、但しは、いつまでも見捨てぬ心か。その本心を探らうために、わざと大切の皿を打破つて、皿が大事か、そちが大事か、播磨が性根をたしかに見届けようと致したのであらう。菊、たしかにさうか。
お菊 はい。
播磨 それに相違ないか。
お菊 はい。
(播磨は矢庭にお菊の襟髪を取つて縁にねぢ伏せる。)
播磨 えゝ、おのれ、それ程までにして我が心を試さうとは、あまりと云へば憎い奴。こりやよく聞け。天下の旗本青山播磨が、恋には主家来の隔てなく、召仕へのそちと云ひかはして、日本中の花と見るはわが宿の菊一輪と、弓矢八幡、律義りつぎ一方の三河武士がたゞ一筋に思ひつめて、白柄組のつきあひにも吉原へは一度も足ぶみせず、丹前風呂でも女子のさかづきは手に取らず。かたき同士の町奴と三日喧嘩せぬ法もあれ、一夜でもそちの傍を離れまいと、かたい義理を守つてゐるのが、嘘や偽りでなることか、つもつてみても知るゝ筈。なにが不足でこの播磨を疑うたぞ。
(お菊の襟髪をつかんで小突きまはす。お菊は倒れながらに泣く。)
お菊 その疑ひももう晴れました。おゆるしなされてくださりませ。
播磨 いゝや、そちの疑ひは晴れようとも、うたがはれた播磨の無念は晴れぬ。小石川の伯母はおろか、親類一門がなんと云はうとも、決してほかの妻は迎へぬと、あれほど誓うたをなんと聞いた。さあ、しかと申せ。なにが不足でこの播磨を疑うた。なにを証拠にこの播磨を疑うた。
お菊 おまへ様のお心に曇りのないは、不断からよく知つてゐながらも、女の浅い心からつい疑うたはわたくしが重々のあやまり、真平御免まつぴらごめんくださりませ。
播磨 今となつて詫びようとも、罪のないものを一旦疑うた、おのれの罪は生涯消えぬぞ。さあ、覚悟してそれへ直れ。
(播磨はお菊を突き放して、刀をひき寄せる。下の方より庭づたひにやつこ權次走り出づ。)
權次 もし、殿様しばらくお控へ下さりませ。さつきから物蔭でそつと立聞きをして居りましたら、お菊どのが大切のお皿を割つたとやら、砕いたとやら、そりやもうお菊殿の落度は重々、そのかぼそいくびをころりと打落されても、是非もない羽目ではござるものの、多寡たくわが女子ぢや。骨のない海月くらげや豆腐を料理なされてもなんの御手堪おてごたへもござるまい。さつきの喧嘩とは訳が違ひまする。こゝは何分この奴に免じて、そのお刀はお納めなされて下さりませ。
播磨 そちが折角の取りなしぢやが、この女の罪はゆるされぬ。なんにも云はずに見物いたせ。
權次 一旦かうと云ひ出したら、あとへは引かぬ御気性は、奴もかねて呑み込んでは居りまするが、なんぼ大切の御道具ぢやと云うても、ひとりの命を一枚の皿と取替へるとは、このごろ流行はやる取替べえの飴よりも余り無雑作の話ではござりませぬか。どうでもお胸が晴れぬとあれば、殿さまの御名代ごみやうだいにこの奴が、女の頬桁ほゝげたふたつ三つ殴倒はりたふして、それで御仕置はお止めになされ。
播磨 えゝ、播磨が今日の無念さは、おのれ等の奴が知るところでない。いかに大切の宝なりとも、人ひとりの命を一枚の皿に替へようとは思はぬ。皿が惜さにこの菊を成敗すると思うたら、それは大きな料簡れうけんちがひぢや。菊。その皿をこれへ出せ。
お菊 はい。
(時の鐘きこゆ。お菊は箱より恐る/\一枚の皿を出す。播磨はその皿を刀のつばに打ちあてて割るに、お菊も權次もおどろく。)
播磨 それ、一枚……。菊、あとを数へい。
お菊 二枚……。
(お菊は皿を出す。播磨は又もや打割る。)
播磨 それ、二枚……。次を出せ。
お菊 三枚……。
(播磨はまた打割る。權次も思はずのび上る。)
權次 おゝ、三枚……。
播磨 次を出せ。
お菊 四枚……。
(播磨は又もや打割る。)
播磨 四枚……。もう無いか。
お菊 あとの五枚はお仙殿が別のお箱へ入れて持つてまゐりました。
播磨 むゝ。播磨が皿を惜むのでないのは、菊にも權次にも判つたであらうな。青山播磨は五枚十枚の皿を惜んで、人の命を取るほどの無慈悲な男でない。
權次 それほど無慈悲でないならば、なんでむざ/\御成敗を……。
播磨 そちには判らぬ。黙つてをれ。しかし菊には合点がまゐつた筈。潔白な男のまことを疑うた、女の罪は重いと知れ。
お菊 はい、よう合点がてんがまゐりました。このうへはどのやうな御仕置を受けませうとも、思ひ残すことはござりませぬ。女が一生に一度の男。(播磨の顔を見る。)恋にいつはりの無かつたことを、確かにそれと見きはめましたら、死んでも本望でござりまする。
播磨 もし偽りの恋であつたら、播磨もそちを殺しはせぬ。いつはりならぬ恋を疑はれ、重代の宝を打割つてまで試されては、どうでも赦すことは相成らぬ。それ、覚悟して庭へ出い。
(お菊の襟髪を取つて庭へつき落す。權次はあわててお菊を囲ふ。播磨は庭下駄をはきて降り立つ。――)
播磨 權次。邪魔するな。退け、退け。
權次 殿様。女を斬るとお刀が汚れまする。一旦つかへかけた手の遣り場がないといふならば、おゝ、さうぢや。あれ、あの井戸端の柳の幹でも、すつぱりとお遣りなされませ。
播磨 馬鹿を申すな。退かぬとおのれ蹴殺すぞ。
(權次が遮るを播磨は払ひ退けて、お菊を前にひき出す。)
權次 えゝ、殺生な殿様ぢや。お止しなされ、お止しなされ。
(權次また取付くを播磨は蹴倒す。お菊は尋常に手を合はせてゐる。播磨は一刀にその肩先より切り倒す。)
權次 おゝ、たうとう遣つておしまひなされたか。(起き上る。)可哀相になう。
播磨 女の死骸は井戸へなげ捨てい。
權次 はあ。
(權次はお菊の死骸をだき起す。上の方より十太夫は灯籠をさげて出づ。)
十太夫 おゝ、菊は御手討に相成りましたか。不憫のやうでござりまするが、心柄こゝろがらいたし方もござりませぬ。
權次 殿様お指図ぢや。(井戸を指す。)手伝うてくだされ。
十太夫 これは難儀な役ぢやな。待て、待て。
(十太夫は袴の股立もゝだちを取り、權次と一緒にお菊の死骸を上手の井戸に沈める。播磨は立ち寄つて井戸をのぞく。鐘の声。)
播磨 家重代の宝も砕けた。播磨が一生の恋もほろびた。
(下の方より權六走り出づ。)
權六 申上げます。水野十郎左衞門様これへお越しの途中で町奴どもに道を遮られ、相手は大勢、なにか彼やと云ひがかり、喧嘩の花が咲きさうでござりまする。
權次 むゝ、そんならまだ先刻の奴等が、そこらにうろついてゐたと見えるな。
播磨 よし、播磨がすぐに駈け付けて、町奴どもを追ひ散らしてくれるわ。
(播磨は股立を取りて縁にあがり、承塵なげしにかけたる槍のさやを払つて庭にかけ降りる。)
十太夫 殿様。又しても喧嘩沙汰は……。
播磨 やめいと申すか。一生の恋をうしなうて……。(井戸を見かへる。)あたら男一匹がこれからは何をして生くる身ぞ。伯母御の御勘当受けうとまゝよ。八百八町を暴れあるいて、毎日毎晩喧嘩商売。その手はじめに……。(槍を取直して。)奴。まゐれ。
二人 はあ。
(播磨は足袋はだしのまゝに走りゆく。權次權六も身づくろひして後につゞく。十太夫はあとを見送る。)
――幕――
(大正五年一月)




 



底本:「現代日本文學全集 56 小杉天外 小栗風葉 岡本綺堂 眞山青果集」筑摩書房
   1957(昭和32)年6月15日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を「新字、旧仮名」にあらためました。
入力:清十郎
校正:小林繁雄
2001年4月20日公開
2005年11月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。
  • 「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。

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