您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 岡本 綺堂 >> 正文

半七捕物帳(はんしちとりものちょう)56 河豚太鼓

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:59:25  点击:  切换到繁體中文


     四

 そのあくる朝は晴れていたが、二月とは思われないような寒い風が吹いた。
「どうも悪い陽気だ。この春は雨が降らねえからいけねえ」
 そんなことを云いながら、半七は顔を洗っていると、菊園の番頭要助が早朝からたずねて来た。
「毎度お邪魔をいたして相済みませんが、実は親分さんのお耳に入れて置きたい事がございまして……」
「なにか又、出来しゅったいしましたかえ」
「乳母のお福がゆうべから戻りません。日暮れから姿が見えなくなりまして、どこへ行ったか判りませんので……」
「これまでにうちを明けたことはありますかえ」
「いえ、あしかけ七年のあいだに、唯の一度も夜泊まりなどを致したことはございません。時が時でございますから、主人も心配いたしまして、もしや申し訳が無いなどと短気を起こしたのではあるまいかと……。お福ひとりではなく、若いおかみさんや近所の人達も一緒にいたのですから、たとい子供が見えなくなりましても、自分ばかりの落度おちどというのでも無いのですが、当人はひどく苦に病んで、きのうは碌々に飯も食わないような始末でしたから、もしや思い詰めて何かの間違いでも……。実は若いおかみさんも少し取りのぼせたような気味で、お福に万一の事があれば、お福ひとりは殺さない、自分も申し訳のために一緒に死ぬなどと申して居りますので、いよいよ心配が重なりまして……。何分お察しを願います」
 溜め息まじりに訴える番頭の顔を、半七は気の毒そうに眺めた。
「まったくお察し申します。そこで、わたしの調べたところじゃあ、お福のせんの亭主は次郎吉という男で、今は浅草の聖天下しょうでんしたにくすぶっているのだが、お福は時々そこへたずねて行くようなことはありませんかえ」
 それに対して、要助はこう答えた。お福は正直に勤める女といい、その宿も遠くない根岸にあるので、月に一度くらいは実家へ立ち寄ることを許してある。もちろん半日ぐらいで帰って来る。玉太郎はお福によく馴染んでいるので、宿へ行くときにも必ず一緒に連れて出る。そのほかには殆ど外出したことは無いから、恐らく浅草の先夫をたずねたことはあるまいと云うのである。
「坊やはお福によく馴染んでいるのですね」と、半七はまたいた。
「生みの親よりも乳母を慕って居ります。お福の方でも我が子のように可愛がって居りました。それがこんな事になりましたので、お福もやっぱり取りのぼせたのかと思われます」
「根岸の宿へも聞き合わせましたか」
「夜が明けないうちに使を出しましたが、ゆうべから根岸へは一度も姿をみせないと申しますので、なおさら心配いたして居りますような訳でございます」
「このごろ子供のおもちゃに河豚の太鼓がはやりますね。カンカラ太鼓とか云うようだが……。お店の坊やはそんな物を玩具おもちゃにしますかえ」と、半七は何げなく訊いた。
 玉太郎も河豚太鼓を持っていると、要助は答えた。先月お福と一緒に根岸へ行った時に、その太鼓を持って帰った。買ったのではない、貰って来たのである。お福の宿の魚八では、近ごろ店の商売が思わしくないので、女房と息子は商売の片手間かたてまに河豚の皮を干している。最初はその皮を売るだけであったが、それでは儲けが薄いというので、この頃は泥鉢の胴を仕入れて来て、自分の家で太鼓を張っている。もとより子供の玩具であるから、河豚の皮さえあれば誰にでも出来るらしい。玉太郎はそれを土産に貰って来たのである。
「魚八ではその太鼓を商売あきんどおろすのですかえ。それとも息子が売りに出るのですかえ」
「さあ、それはどうでしょうか」と、要助も首をかしげていた。
「いや、大抵はわかりました。お乳母さんの事もまあ心配することは無いでしょう。それからもう一つ訊きたいのは、そのお福はうらないに見て貰うとか、お神籤みくじを頂くとか、そんな事をしますかえ」
「はい。子どもには死に別れ、亭主には生き別れ、とかくに運の悪い女でございますので、自然と占いやお神籤を信仰するようになりましたようで、時々にそんな話をして居ります」
 河豚太鼓、白雲堂、それらの糸の繋がりがだんだんに判って来たように思われたが、まだ迂濶なことは云われないので、半七はいい加減に挨拶して番頭を帰した。あずま屋の女房の話は本当で、その太鼓売りは魚八のせがれの佐吉か、或いはその友達であろう。又はかの次郎吉であるかも知れない。いずれにしても、佐吉らは乳母のお福と云い合わせて、玉太郎をかどわかしたものと認められる。お福はなぜ家出をしたか、その仔細はちょっとわかり兼ねるが、この一件に係り合っている以上、主人や番頭が心配しているような事はあるまい。彼女は恐らく無事で、どこにか身をかくしているに相違ない。
 こうなると、根岸の方も弥助ひとりには任せて置かれないように思われたので、半七もすぐに家を出た。寒い風はいよいよ吹きつのって、江戸の町の砂はひどい。北へむかってゆく半七は、上野の広小路あたりで幾たびか顔をおおって立ちすくんだ。
 根岸も此の頃はだんだんに繁昌して来たという噂であるが、来て見るとやはりさびれていた。むかしの寮を取り毀したあとは、今も空地あきちになっているのが多かった。これでは居付きの商人あきんどもやりきれまいと思いながら、魚八の店をさがして行くと、不動堂に近い百姓家の前で弥助に出逢った。彼は半七を見て急ぎ足に寄って来た。
「ひどい風ですね」
「どうも仕様がねえ」
 二人は風をよけながら、路ばたの大きな榎のかげにはいった。その木の下には細い溝川どぶがわが流れていた。
「早速だが、魚八じゃあ河豚太鼓をこしらえているか」
「拵えています」と、弥助は答えた。「商売がひまなものだから、せがれの佐吉は片商売に叩いて歩いているそうです」
「ともかくも魚八へ行ってみよう」
「魚八には誰もいませんよ。親父も伜も出払って、店にいるのは女房ばかりです」
「女房はどんな女だ」
「お政という四十五六の女で、見たところは悪気のなさそうな人間です。親父も伜も近所の評判は悪くないようです」
 そんなことを話しながら、二人は流れに沿うて小半町ほども歩いて行くと、その流れを前にして三、四軒の小あきんど店がならんでいた。その二軒目が魚八で、さびれながらも相当に広い店さきには竹の簀子すのこのようなものをならべて、河豚の皮が寒そうにさらしてあった。店には誰もいないので、弥助は奥をのぞきながら声をかけた。
「もし、誰かいねえかね」
「はい、はい」
 よごれた鯉口こいぐちを着た四十五六の女が奥から出て来たので、半七はずっとはいって直ぐに話しかけた。
「お前さんはここのおかみさんですね。わたしは明神下の菊園へ出入りの者で、番頭さんから頼まれて来たのだが、けさも店の方から使が来たでしょう」
「はい」と、女房は不安らしく答えた。
「お福さんはまったくここへ来なかったのかえ」と、半七は訊いた。「お前さんも知っているだろうが、菊園の店にもいろいろの取り込みがある。その最中にお乳母さんがまた見えなくなっちゃあ実に困る。それで、わたし達も方々を探しているのだが、お前さんの方にはなんにも心あたりはありませんかね」
「御心配をかけまして相済みません。けさもお店からお使がございましたので、親父も伜もびっくり致しまして、取りあえず手分けをして探しに出ましたが、まだ帰って参りません」
 言葉少なに挨拶しながらも、困惑の色が女房の顔にありありと浮かんでいた。何事も承知の上でシラを切っているのか、まったく何事も知らないのか、半七にも容易にその判断が付かなかった。
「どうも困ったな」と、半七はわざとらしく溜め息をついた。
「ほんとうに困ったことでございます」と、女房も溜め息をついた。「娘は気の小さな正直者でございますから、玉ちゃんが見えなくなったのを苦に病んで、皆さんに申し訳がないと思って、どこへか姿を隠したのか、それとも淵川ふちがわへでも身を投げたのかと、親父も心配して居ります」
「じゃあ、仕方がない。また出直して来ましょう」
「御苦労さまでございます」
「河豚がたいそう干してありますね」と、半七は店を出ながら云った。
「はい。太鼓の皮に張りますので……」
「ここの息子も太鼓を売りに出るのかえ」
「はい。店の方が思わしくございませんので、まあ小遣い取りに出て居ります」
「菊園の子供は河豚の太鼓を売る奴にさらわれたという噂だが……」
「まあ、本当でございますか」と、女房は眼をみはった。
「ここの息子が連れて行ったのじゃあねえかえ」と、半七は冗談らしく云った。
「飛んでもない……。うちの佐吉がどうしてそんな事を……。佐吉が万一そんな事をしましたら、親父が承知しません。わたくしも承知しません。あいつの首へ縄をつけて、菊園のお店へ引き摺って行きます。おまえさんは一体どこの人からそんな噂を聞いたのです」
 激しい権幕けんまくで食ってかかられて、半七も少し困った。
「いや、噂も何もない。冗談だ、冗談だ。本気になって怒っちゃあいけねえ」
 笑いにまぎらせて、半七はそこを出ると、弥助もつづいて出た。
「あのかかあ、むやみに怒りましたね」
「むむ。あの嬶、まったく正直で怒るのかどうだか。そこがまだ判らねえ」と、半七はかんがえながら云った。
「これからどうします」
「浅草へ行こう」
 二人は寒い風のなかを又あるき出した。根岸から坂本の通りへ出ると、急ぎ足の庄太に出逢った。庄太は神田のうちへゆくと、半七はもう根岸へ出向いたというので、更にそのあとを追って来たのであった。
「親分。ひと騒動始まりましたよ」
「どうした。なにが始まった」
「白雲堂が死にました」
「どうして死んだ」
「河豚を食って」
「河豚……」
 半七と弥助は顔をみあわせた。魚八の店に干してあった河豚の皮が二人の眼さきに浮かんだ。

上一页  [1] [2] [3] [4] [5] [6] 下一页  尾页


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告