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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)53 新カチカチ山

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:55:44  点击:  切换到繁體中文


     二

 文久元年二月なかばの曇った朝である。浅井一家の人々がこの世の名残なごりに眺めた砂村の下屋敷の梅も、きのうきょうは大かた散り尽くしたであろう、春の彼岸を眼のまえに控えて、なま暖い風が吹き出した。
 八丁堀同心、拝郷弥兵衛の屋敷の小座敷で、主人の拝郷と半七とがひたいをあつめるように摺り寄ってささやいていた。
「いいか、牛込水道ちょうの堀田庄五郎、二千三百石、これは浅井因幡守の叔父だ。それから京橋南飯田まちの須藤民之助、八百石、これは因幡の弟で、須藤の屋敷へ養子に貰われて行ったのだ。ほかに親類縁者も相当にあるが、堀田と須藤、この二軒が近しい親類になっているので、それから町方へ内密の探索を頼んで来ている。深川浄心寺脇の菅野大八郎、二千八百石、これは因幡の奥方お蘭の里方さとかたで、ここからも内密に頼んで来ている。殊に菅野の申し込みは手きびしい。万一それがために浅井の屋敷にきずが付いても構わない。是非ともその実証を突き留めて、いよいよ不慮の災難と決まればよし、もし又なにかの機関からくりでもあったようならば、係り合いの者一同を容赦なく召捕ってくれと云うのだ。まかり間違えば浅井の屋敷は潰れる。それを承知でどしどしやってくれと云うのだから大変だ。どうもいい加減に打っちゃっては置かれねえ事になった。半七、しっかりやってくれ」
「まったく打っちゃっては置かれません」と、半七も云った。「武家屋敷の奥のことは判りませんが、この一件以来、浅井の奥さまは半気違いのようになっているそうです」
「無理もねえ。妾はともあれ、亭主と娘を一度になくしてしまったのだから、大抵の女はぼっとする筈だ」と、拝郷も同情するように云った。「里方の菅野からは用人を使によこしたのだが、その用人の話によると、浅井の奥方のお蘭というのは今年三十七で、小太郎とお春のおふくろだ。亭主の因幡は若い時から評判の美男で、お蘭はどこかで因幡を見染めて、いろいろに手をまわして縁談を纒めたのだと云うから、惚れた亭主だ。それも病気ならば格別、こんな災難で殺しちゃあ容易に諦めが付くめえ。屋敷に瑕が付いてもいいから、その実証を突き留めてくれというのも、お蘭が云い出した事らしい。それを取り次いで、里方からこっちへ頼んで来たものと察しられる。なにしろういう仕事は、相手が屋敷だから困るな」
「大困りです」と、半七は溜息ためいきをついた。「まさかに奥さまに逢うわけにも行かず、しかし向うから頼んで来たくらいですから、堀田と須藤と菅野、この三軒の屋敷の用人は逢ってくれるでしょう」
「そりゃあ逢ってくれるに相違ねえ。だが、浅井の屋敷へは迂濶に顔を見せるなよ。その屋敷内に係り合いの奴があって、おれ達が探索していることを覚られるとまずいからな」
「そうです。まあ、遠廻しにそろそろやりましょう」
「といって、あんまり気長でも困る」と、拝郷は笑った。「そこは程よくやってくれ」
「その船はお調べになりましたか」
「おれが立ち合ったのじゃあねえが、同役の井上が調べに行って、船は三河屋の前の河岸かしに繋がせてある筈だ。大事の証拠物だから、この一件の落着らくぢゃくするまでは、めったに手を着けさせることは出来ねえ。どうせ縁起の悪い船だ。まさかに手入れをして使うわけにも行くめえから、片が付いたら焼き捨ててしまうのだろうが、まあ、それまでは大事に囲って置かなければならねえ」
「じゃあ、まあ、三河屋へ行って、その船を見てまいりましょう。又なにかいい知恵が出るかも知れません」
「三河屋へ行っても、あんまりおどかすなよ」と、拝郷はまた笑った。「この間からいろいろの調べを受けて、亭主も蒼くなってふるえているようだからな」
「はい、決して暴っぽいことは致しません」
 半七も笑いながら別れた。表へ出ると、なま暖い風がやはり吹いている。どうも雨になりそうだと思いながら、半七はすぐに築地の三河屋へ足をむけた。三河屋はここらでも旧い船宿で、亭主の清吉とはまんざら知らない顔でもないので、半七は気軽に表から声をかけた。
「おい、親方はいるかえ」
 船宿といっても、ここは網船や釣舟も出すうちであるから、余りにしゃれた構えでもなかった。若い船頭が軒さきの柳の下に突っ立って、ぼんやりと空をながめていたが、半七を見て慌てて会釈えしゃくした。
「やあ、親分。いらっしゃい」
 それは船頭の金八であった。
「おい、金八」と、半七は笑いながら云った。「今度は飛んだ時化しけを食ったな」
「まったく飛んだ時化を食いました。あの日はわっしの出番でしたが、千太がおれに代らせてくれと云って、自分が出て行くと、あの始末。お蔭でわっしは災難を逃がれましたが、千太を身代りにしたようで何だか気が済みませんよ」
「それじゃあ、おめえの出番を千太が買って出たのか。そうして千太のゆくえは知れねえのか」
「あいつは泳ぎますから、無事に揚がって来て、一旦はうちに帰ったのですが、あとが面倒だと思ったのでしょう、いつの間にか姿をかくしてしまったので、親方も困っていますよ」
「千太のうちはどこだ」
「深川の大島ちょう、石置場の近所ですが、おやじが去年死んだので、世帯しょたいを畳んでしまいました」
「浅井の屋敷で死んだ者は、殿さまと……」
「いいえ、殿さまは……」
「まあ隠すな。おれはみんな知っている。お妾とお嬢さまと女中三人、そのなかでお嬢さまと女中ひとりが揚がらねえのだね」
「そうです。お嬢さまとお信という女中が見付かりません。もうあげしおという時刻だのに、やっぱり沖の方へ持って行かれたと見えます。そのお信というのはうちの親方の姪ですから、家でも気をつけて探しているのですが……」
「じゃあ、お信という女中はここの家の姪か」と、半七はすこし考えさせられた。
 金八の話によると、お信は親方の妹の娘で、早く両親に死に別れて、七つの年からここの家に引き取られていたが、浅井の屋敷は永年の旦那筋である関係から、行儀見習いのために其の屋敷へ奉公に上げることになった。それはお信が十五の春で、あしかけ七年を無事に勤めて、彼女も今年は二十一になる。去年あたりから暇を取らせようという話もあったが、お信はもう少し長年ちょうねんしたいと云い張って、今年まで奉公をつづけているうちに、こんな事件が出来しゅったいしたのである。こうと知ったら、無理にも暇を取らせるのであったと、親方夫婦は悔んでいる。きょうまでゆくえの知れない以上はもう死んだものに決まっているのだが、それでも死骸を見ない以上はまだなんだか未練があるので、おかみさんは今日も浅草の観音さまへ御神籤おみくじを取りに行った。親方はかぜを引いたと云って奥に寝ているとのことであった。
「お信というのはどんな女だ、容貌きりょうはいいのか。馬鹿か、怜悧りこうか」と、半七はいた。
「容貌は悪い方じゃありません。十人並よりちっといい方でしょうね。人間もなかなかしっかりしているようです」と、金八は答えた。「ここの家にゃあ子供がないので、お信さんに婿でも取らせるつもりらしかったのですが、こうなっちゃあ仕様がありません。親方もおかみさんもがっかりしていますよ」
「そりゃあ気の毒だな。そこで、お信はなぜ暇を取るのをいやだと云うのだ」
「よくは知りませんが、屋敷の奥さまが大そう眼をかけて下さるそうで、あんないいお屋敷は無いと始終云っていましたから、そんなことで暇を取る気になれなかったのでしょう。まったくあの屋敷の方々かたがたはみんないい人で、若殿さまは優しいかたですし、お嬢さまもおとなしいかたですからね」
「そんなにいい人揃いか」
「みんないい人ですよ。それに若殿さまはここらでも評判の綺麗なかたで、去年元服をなさいましたが、前髪の時分にゃあ忠臣蔵の力弥りきやか二十四孝の勝頼かつよりを見るようで、ここから船にお乗りなさる時は、往来の女が立ちどまって眺めているくらいでした」
「そういう若殿さまがいるので、お信も暇が取れなかったのだろう」と、半七は笑った。「そこで、金八、きょうは御用で来たのだ。一件の船というのを見せてくれ」
「船はそこに繋いであります」
 金八は先に立って河岸に出ると、かの屋根船もくいにつながれていた。折りからの引き汐で、海に近いここらの川水は低く、岸のあたりは乾いていた。小さい桟橋を降りて、二人は船のそばに立った。
「おれは素人しろうとでわからねえが、どうして水が漏ったのだろう。やっぱり底がいたんでいたのかな」と、半七は云った。
「さあ」と、金八は首をかしげた。「船が古くなって、底が傷んだのだろうというのですがね。成程、古くはなっているが、水が漏るほどの事はありませんよ。親方はうっかりした事をしゃべるなと云うので、わっしは黙っていますがね。どうもこりゃあ誰かが仕事をしたのだろうと思うのですが……」
「どんな仕事をしたのだ」
「誰かがえぐったのですよ。醤油樽の呑口のようにはなっていねえが、船底の少し腐れかかっている所を、むしったようにこわして置いて、いい加減に埋め木でもして置いたのでしょう」
「そんなことは素人に出来る筈がねえ。千太の野郎がやったのかな。浅井の人たちを砂村へ送りつけて、その帰るのを待っているあいだに、千太が何か仕事をしたのだろう。それで野郎、逃亡ふけたのだな」
 気のせいか、船は亡骸なきがらのように横たわっている。その船の中へもぐり込んで、半七は隅々までひと通りあらためると、果たして金八の云う通りであった。調べの役人らが出張った以上、これが判らない筈はない。おそらく事件を内分に済ませるために、浅井の屋敷から手をまわして、役人らをうまく抱き込んで、船底の破損ということに片付けてしまったのであろうと、半七は想像した。それは此の時代にしばしばある習いで、さのみ珍らしいとも思われなかったが、ここに一つの不審がある。事件を秘密に葬るつもりならば、浅井の奥さまや親類たちが町方へ手をまわして、事件の真相を突き留めてくれと云うのが理窟に合わない。一方に秘密主義を取りながら、一方には藪を叩いて蛇を出すようなことをするのはどういうわけかと、半七は又かんがえた。
 或いは屋敷内や親類じゅうの議論が二つに分かれているのではないか。一方は家名を傷つけるのをはばかって、何事も秘密に葬るがよいと云い、一方は飽くまでも其の正体を確かめて、その罪人を探し出すがよいと云う。要するに、何事もおいえには換えられぬという弱気筋と、たとい家をほろぼしてもきっと善悪邪正をただせという強気筋とが二派に分かれて、こういう結果を生み出したのでは無いか。いずれにもせよ、自分は役目として、探るだけのことは探らなければならないと、半七は思った。
「おかみさんは留守、親方は寝ているというのを無理に引き摺り起こすのもよくねえ。きょうはこれで帰るとしよう」
 半七は岸へあがって金八に別れた。
「親分。傘を持って行きませんか。なんだかぼろ付いてきましたぜ」
「おめえのうちの傘にはしるしが付いているだろうから、何かの邪魔だ。まあ、たいしたこともあるめえ。このまま行こう」
 なま暖い風は湿しめりを帯びて、軒の柳に細かい雨がはらはらと降っかけて来た。半七は手拭をかぶって歩き出した。

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