您现在的位置: 贯通日本 >> 作家 >> 岡本 綺堂 >> 正文

半七捕物帳(はんしちとりものちょう)43 柳原堤の女

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-28 18:40:55  点击:  切换到繁體中文


     二

 銀蔵は勿論、発頭人ほっとうにんの喜平とても、妖怪の正体を見とどけに出かけて来たものの、さてその妖怪に出逢ったらばどうするか。単にそのゆくえを突きとめるにとどめてて置くのか、あるいはその正体を見あらわす必要上、腕ずくでもそれを取り押えるつもりか、それらについては最初からきまった覚悟をもっているのではなかった。勿論、その妖怪と闘うような武器も用意して来なかったのである。かれらはやはりほんとうの岩見重太郎や宮本無三四ではなかった。それでも一種の好奇心に駆られて、ふたりは今ここに突然あらわれた黒い影のあとをそっとけてゆくと、その影は往来のまん中でしばらく立ちどまった。
「白い浴衣ゆかたを着ていねえじゃねえか」と、銀蔵は小声でささやいた。
「そりゃあ九月だもの」と、喜平は云った。
「化け物なら時候によって着物を着換えやしめえ。こりゃあ違うだろう」と、銀蔵はまた云った。
「なにしろ、もうちっと正体を見とどけよう」
 ふたりは薄月のひかりを頼りに、その黒い影のいかに動くかをうかがっていると、それは頬かむりをしている男であるらしいので、銀蔵はまた失望した。
「おい、男だぜ」
「まあ、いいから黙っていろ」
 喜平は飽くまでも熱心にうかがっていると、その影は往来のまん中に立ちどまったかと思うと、又しずかに歩き出して、かの清水山の堤の裾に近寄った。それ見ろと、喜平は銀蔵にささやいて、なおもぬき足をしてそのあとをけようとする時、突然にどこからか大きな手のようなものが現われて、ふたりの横っ面を眼がくらむほどに強く引っぱたいたので、あっと叫んで銀蔵は倒れた。喜平は顔をかかえて立ちすくんだ。やがて気がついて見まわすと、かの黒い影はどこへか消えていた。大きな手の持ち主は勿論わからなかった。
「畜生」と、ふたりは同時にののしった。
 しかしこれで妖怪の正体は大抵わかったように思われた。黒い影は妖怪ではない。普通の人間であるらしい。なにかの秘密があって、その一人が清水山へ忍んで行くところを、喜平らが見つけてそのあとをつけたので、ほかの仲間がどこからか現われて来て、不意に彼らふたりをなぐりつけたのであろう。こう考えて来ると喜平らは急に腹立たしくもなった。
「奴らはきっと泥つくだぜ」と、銀蔵は着物の泥をはたきながら云った。「さもなけりゃあ博奕ばくち打ちだ」
 清水山が魔所と恐れられているのを幸いに、一団の賊がそこを隠れ家にしているのか。あるいは博奕打ちの仲間がそこに入り込んで、ひそかに賭場を開いているのか。二つに一つであろうと彼らが判断したのも無理はなかった。
「そう判ったら構うことはねえ。押し掛けて行ってやろうじゃねえか」と、喜平はなぐられた頬を撫でながらいきまいた。
「むむ、だが、向うが大勢だと剣呑けんのんだぜ」
 銀蔵はまた二の足を踏んだ。かれらの仲間が二人いることは確かである。まだそのほかにも幾人かの仲間が潜んでいるかも知れない。そこへ自分たちふたりが空手からてでうかうかと踏み込むのは危険であるまいかと、かれは云った。それを聞いて、喜平もすこし不安になって来た。こうなると化け物よりも人間の方が却っておそろしくなる。泥坊にしろ、博奕打ちにしろ、相手が大勢で袋叩きにでもされるか、あるい後日ごにちの難儀を恐れて、その口をふさぐために息の根を止められるようなことが無いとも限らない。なぐられ損で忌々いまいましいとは思いながらも、かれは銀蔵にうながされて、すごすごと此処を引き揚げることになった。
 店へ帰って、その晩は無事に寝たが、喜平はくやしくてならなかった。化け物ならば格別、どうも人間らしい奴の大きい手で、眼から火の出るほどに撲り付けられたことが忌々いまいましくて堪まらなかった。かれは明くる日の午過ぎに、裏手の材木置場に出てゆくと、そこには切組みをしている五、六人の大工が食やすみの煙草を吸っていた。おなじ店の若い者や、河岸かしの荷あげの軽子かるこなども四、五人打ちまじって、何か賑やかにしゃべっていた。喜平もその群れにはいって、ゆうべの失敗しくじりばなしをはじめた。
「おらあくやしくってならなかったが、銀の奴が弱いもんだからとうとう詰まらなく引き揚げて来てしまった。なんとか意趣がえしのしようはあるめえかしら」
 大勢は好奇の眼をかがやかして、息もつかずにその話を聞きすましていたが、そのなかでも勝次郎という若い大工はそれに特別の興味をもったらしく、ひたいの鉢巻をしめ直しながら云った。
「おい、喜平さん。まったくそのままで済ませるのは詰まらねえ。今夜わたしが一緒に行こう」
「おまえが行ってくれるか」
「むむ、行こう。中途で引っ返して来ちゃあいけねえ。なんでも強情に正体を見とどけて来るんだ」
 新らしい味方をみつけ出して、喜平は新らしい勇気が出た。
「じゃあ。勝さん。ほんとうに行くかえ」
「きっと行くよ。嘘は云わねえ」
 その詞のまだ終らないうちに、二人のうしろに立てかけてあった大きい材木が不意にかれらの上に倒れて来た。それに頭を撃たれれば勿論、背中や腰を撃たれても定めて大怪我をするのであったが、さすがに商売であるだけに、喜平も勝次郎もあやういところで身をかわした。ほかの者もおどろいて一度に飛び退いた。
「どうしてこの丸太が倒れたろう」
 人々は顔を見あわせた。しかもその材木が偶然かも知れないが、あたかも今夜ふたたび清水山へ探索にゆこうと相談している二人の上に倒れかかって来たということが、大勢の胸に云い知れない恐怖を感じさせた。今まで強がっていた勝次郎の顔は俄かに蒼くなった。喜平もしばらく黙っていた。
「さあ、そろそろ仕事に取りかかろうか」と、そのなかで一番年上の大工は煙管きせるをしまい始めた。
「喜平さんも勝公も、まあ、詰まらねえ相談は止した方がいいぜ」
 どの人もそれぎり黙って、めいめいの仕事にとりかかった。夕方に仕事をしまって大工たちがみな帰ったときに、勝次郎も消えるように姿を隠した。また出直して来るのかと、喜平はいつまでも待っていたが、勝次郎は夜のふけるまで姿をみせなかった。材木の倒れて来たのにおびやかされたか、または他の大工に意見されたか、それらのことで彼は俄かに変心したらしく思われた。あいつもやっぱり弱い奴だと、喜平はひそかに舌打ちしたが、さりとて自分もひとりで踏み出すほどの勇気はないので、その晩は残念ながらおとなしく寝てしまった。
 あくる日、仕事場で勝次郎に逢うと、かれは喜平にむかって頻りに違約の云い訳をしていた。家へ帰って夕飯を食って、それから出直して来ようと思っていると、あいにく相長屋に急病人が出来たので、その方にかかり合っていて、いつか夜が明けてしまったと、彼はきまり悪そうに説明していたが、喜平はそれを信用しなかった。
「そこで、お前は今夜も行くのかえ」と、勝次郎はいた。
「いや、もう止そうよ。また丸太が倒れて来ると怖いからな」と、喜平は皮肉らしく云った。
 勝次郎は黙っていた。
 喜平はもう彼を見かぎっていた。一時の付け元気で一緒に行こうなどと云ったものの、かれは確かに中途で変心したに相違ない。そんな弱虫はこっちでも頼まないと、喜平は腹の底でかれの臆病をあざけり笑っていた。その日のひる過ぎにかの木挽の銀蔵が来たので、喜平はもう一度かれを道連れにしようと誘いかけてみたが、銀蔵もなんだかあいまいな返事をしているばかりで、いつの間にかふいと立ち去ってしまった。
 銀蔵といい、勝次郎といい、所詮しょせん自分の道連れにはなりそうもないので、喜平も一旦はあきらめたが、まだどうもほんとうに思い切れなかった。しかし自分ひとりで踏み込むのは何分にも不安であるのと、もう一つには、なにかの場合に自分ひとりの云うことでは他人ひとが信用してくれないおそれがあるのとで、どうしても証人として誰かを連れてゆかねばならない。その味方を見つけ出すのに喜平は苦しんだ。
「誰かないかな」
 かれは強情にかんがえた末に、同町内の和泉という建具屋の若い職人を誘い出すことにした。職人は茂八といって、ことしの夏は根津神社の境内まで素人相撲をとりに行った男である。かれは喜平の相談をうけて、一も二もなく承知した。
「そういうことなら早くおれに相談してくれればいいのに……。実はおれもやってみようかと思っていたところだ」
 案外に話が早く纏まって、二人が柳原へ出かけたのは、最初の晩から四日目の暮れ六ツ過ぎであったが、このごろの日足ひあしはめっきり詰まったので、あたりはもう真っ暗な夜の景色になっていた。今夜は二人とも武器を用意して、茂八は商売用の小さいのみをふところに呑んでいた。喜平も小刀をかくし持っていた。
 宵闇ではあったが、今夜の大空には無数の星がきらめいていた。その星あかりの下に、この頃はもう散りはじめた堤の柳が夜風に乱れなびいているのも、素袷すあわせのふたりを肌寒くさせた。五ツ(午後八時)を過ぎ、四ツ(午後十時)を過ぎても、今夜はそこに何の不思議も見いださないので、かれらは少し退屈して来た。
「どうだい、いっそ山のなかへ這入ってみようか」と、茂八は云い出した。
「はいろうか」
 ふたりは思い切って、この暗い夜の清水山へ踏み込むことになった。もとより深い山ではないが、前にも云ったような事情で久しく鎌を入れたことがないので、ここには灌木や秋草が一面に生い茂って、闇の底から白いすすきの穂が浮き出したように揺らめいているのも、場所が場所だけになんとなく薄気味悪くも思われた。二人は着物の裾をからげて、用意の武器をとり出して、息を殺してその薄のなかを掻きわけて行くと、その響きにおどろかされたのか、忽ちがさがさという音がして、一匹のけもののようなものが草の奥から飛び出して来たので、喜平も茂八もぎょっとして立ちすくんだ。


 

作家录入:贯通日本语    责任编辑:贯通日本语 

  • 上一篇作家:

  • 下一篇作家:
  •  
     
     
    网友评论:(只显示最新10条。评论内容只代表网友观点,与本站立场无关!)
     

    没有任何图片作家

    广告

    广告