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半七捕物帳(はんしちとりものちょう)35 半七先生
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時代推理小説 半七捕物帳(三) |
光文社時代小説文庫、光文社 |
1986(昭和61)年5月20日 |
1997(平成9)年5月15日第11刷 |
一
わたしがいつでも通される横六畳の座敷には、そこに少しく不釣合いだと思われるような大きい立派な額がかけられて、額には草書で『報恩額』と筆太にしるしてあった。嘉永庚戌、七月、山村菱秋書という落款で、半七先生に贈ると書いてあるのも何だかおかしいようにも思われた。この額のいわれを一度きいて見ようと思いながら、いつもほかの話にまぎれて忘れていたが、ある時ふと気がついてそれを言い出すと、老人は持っている煙管でその額を指しながら大きく笑った。 「はは、これですか。ははははは。どうです、半七先生が面白いじゃありませんか。これでも先生ですぜ。この額をかいてくれたのは、神田の手習い師匠の山村小左衛門という人で、菱秋というのは其の人の号ですよ」 「それにしても、報恩額というのはどういう訳です。なにかのお礼にでも書いてくれたんですか」と、わたしは訊いた。 「そうですよ。まあ、お礼の心で書いてくれたんです。それにはこういう因縁があるので……。又いつもの手柄話をして聴かせますかね」
嘉永三年七月六日の宵は、二つの星のためにあしたを祝福するように、あざやかに晴れ渡っていた。七夕まつりはその前日から準備をしておくのが習いであるので、糸いろいろの竹の花とむかしの俳人に詠まれた笹竹は、きょうから家々の上にたかく立てられて、五色にいろどられた色紙や短尺が夜風にゆるくながれているのは、いつもの七夕の夜と変らなかったが、今年は残暑が強いので、それは姿ばかりの秋であった。とても早くは寝られないので、どこの店さきも何処の縁台も涼みながらの話し声で賑わっていた。半七も物干へあがって、今夜からもう流れているらしい天の河をながめていると、下から女房のお仙が声をかけた。 「ちょいと、お粂さんが来てよ」 「そうか」と、云ったばかりで、半七はべつに気にも留めないでいると、つづいてお粂の声がきこえた。 「兄さん。ちょいと降りて来てくださいよ。すこし話があるんだから」 「なんだ」 団扇を持って降りてくると、お粂は待ち兼ねたように摺り寄って云った。 「あの、早速ですがね、おまえさんも知っているでしょう、甲州屋のなあちゃんを……」 「むむ、知っている」 半七の妹が神田の明神下に常磐津の師匠をして、母と共に暮らしていることは、前にもしばしば云った。そのすぐ近所に甲州屋という生薬屋があって、そこのお直という娘がお粂のところへ稽古に通っているのを、半七も知っていた。 「そのなあちゃんが何処へか行ってしまったのよ」と、お粂は少し小声で云った。 かれの訴えによると、お直のなあちゃんは行方不明になったというのである。お直はことし十三で、手習い師匠山村小左衛門へも通っていた。山村は甲州屋から三町あまり距れているところに古く住んで、常に八九十から百人あまりの弟子を教えていて、書流は江戸時代に最も多い溝口流であった。手習い一方でなく、十露盤も教えていたが、人物も手堅く、教授もなかなか親切であるというので、親たちのあいだには評判がよかった。しかし弟子のしつけ方がすこぶる厳しい方で、かの寺小屋の芝居でもみる涎くりのように、水を持って立たされる手習い子が毎日幾人もあった。少し怠けると、すぐ大叱言のかみなりが頭の上に落ちかかって来るので、いわゆる「雷師匠」として弟子たちにひどく恐れられていた。 手習い子は手ならい草紙で習って、ときどきに清書草紙に書くのであるが、そのなかでも正月の書初めと、七月の七夕祭りとが、一年に二度の大清書というので、正月には別に半紙にかいて、稽古場の鴨居に貼りつける。大きい子どもは唐紙や白紙に書くのもある。七夕には五色のいろ紙に書いて笹竹に下げる。これは普通の色紙でなく、その時節にかぎって市中の紙屋で売っている薄い短尺型の廉い紙きれであるが、この時にも大きい子供はほんとうの色紙や短尺に書くのもある。七月に入ると、手習い子はみな下清書をはじめて、前日の六日にいよいよ其の大清書にかかるのである。それが一種の学年試験のようなもので、師匠は一々それを審査して、その成績の順序を定めるのであるから、子供ごころにも競争心がないでもない。上位の方に択り出されたといえば、その親たちも鼻を高くするのである。きょうはその大清書の日で、甲州屋のお直も紅い短尺に何かの歌を書かされたのであるが、それがひどく出来がわるいというので師匠の小左衛門から叱られた。 お直は手習いの成績はよい方であったが、今度はどうしたものか非常に出来が悪かったので、笹竹のずっと下の方にかけられた。ここの師匠は成績の順序で色紙をかけるので、第一番のものは笹竹の頂上にひるがえっていて、それから順々に、下枝におりて来るのであった。お直は自分の短尺が同年の稽古朋輩のなかでも甚だしく下の方にかけられてあるのを見て、さっきからもう泣き声になっていたところを、更に師匠からきびしく叱られたので、彼女はとうとう声をあげて泣き出した。師匠の御新造がさすがに気の毒がって、泣いているお直をなだめて帰してやったが、一人で帰すのはなんだか心もとないので、お力という近所の娘を一緒につけて出すと、お直は途中で不意にお力のそばを離れて横町へ駈け込んだまま姿を見うしなってしまった。それはきょうの午頃のことで、お直はそれぎり自分の店へも戻らないのであった。 お粂がそれを知ったのは夕方のことで、もしやこちらにお直は来ていないかと甲州屋から聞きあわせに来たので、だんだんその仔細を訊いてみると、それが手習いの帰りにゆくえ不明となったことが初めて判った。殊に前に云ったような事情があるだけに、お粂も一種の不安を感じて、日が暮れてから甲州屋をたずねると、お直はまだ帰らないとのことであった。親たちも心配して、親類や友達などの心あたりを方々聞きあわせたが、彼女はどこへも立ち廻った形跡はなかった。 稽古帰りに無断でよそへ廻るなどは、今までかつて例のないことであると、甲州屋では云っていた。念のために師匠のところへも報らせてやると、小左衛門の御新造のお貞もおどろいて駈けつけて来たが、どの人もただ心配するばかりでどうする術も知らなかった。こうしているうちに時刻はだんだんに過ぎてゆくので、人々の不安はいよいよ募って来た。この場合、兄をたのむよりほかはないと思ったので、お粂はそのわけを人々にも話して、あまの河の大きく横たわっている空の下を神田三河町まで急いで来たのであった。 「ねえ、なあちゃんはどうしたんでしょう」と、お粂はこの話を終って兄の顔を見つめた。 「なにしろ、甲州屋でも心配しているだろう」 半七はこれにやや似た探索の経験をもっていた。それは前に云った「朝顔屋敷」の一件であるが、それとこれとは全く事情が違っているらしく感じられた。 「お師匠さんがあんまり叱ったから悪いんだわね」と、女房のお仙がそばから口を出した。 「そりゃあそうですともさ」と、お粂は腹立たしそうに答えた。「かみなり師匠があんまりがみがみ云うからですわ。何か悪い事でもしたというなら格別、たなばた様の短尺なんぞちっとぐらい出来が悪いからといって、そんなに叱る事はないじゃありませんか。まして男と違って女の子ですもの、むやみな叱言を云えば何事が出来するかわからない。一体、あの雷師匠が判らずやなんですからね、ただむやみに呶鳴り散らせばいいかと思って……。あんなことで子供たちを仕立てて行かれるもんですかよ」 彼女は口をきわめて雷師匠を罵った。まえにも云う通り、小左衛門は手堅い人物であるので、ふだんから自分の手習い子が遊芸の稽古所などへ通うのをあまり懌ばないふうであった。それが自然とお粂の耳にもひびいているので、この場合、かみなり師匠に対する彼女の反感は一層強いらしかった。 「大勢のまえであまり激しく叱り付けられたもんだから、気の小さいなあちゃんは朋輩にきまりも悪し、家へ帰れば又叱られるだろうと思って、可哀そうに何処へか姿をかくしてしまったんですよ。ひょっとすると、井戸か川へでも飛び込んだかも知れない。そうなれば師匠が弟子を殺したも同然じゃありませんか。かみなり師匠の奴が下手人ですわ」と、お粂は泣き声をふるわせて又罵った。 「まあ、静かにしろ」と、半七は叱るように云った。「そんなことは今更云ったって始まらねえ。まあ、落ち着いて考えさせてくれ。甲州屋の娘もまだ十二や十三じゃあ、色気の方は大丈夫だろう」 「そりゃあ大丈夫。そんなことの無いのはあたしが受け合います」 「内輪になにも面倒はあるめえな」 「そんなことはない筈です」 お直には藤太郎という兄がある。両親も揃っている。店の若い衆が二人と小僧が三人、ほかにはお広という老婢と、おすみという若い下女がいる。店がかりは派手でないが、手堅い商売をして内証も裕であるらしい。親類たちのあいだにも面倒が起ったという噂も聞かない。したがって今度のお直の家出も、内輪の事情からではないに決まっていると、お粂は保証するように云った。 「そうか」と、半七はまだ考えていた。「だが、おめえばかりの話じゃあ判らねえ。ともかくも甲州屋へ行ってみよう」 「ああ、すぐに来てください」 お粂は兄をうながして表へ出ると、暑いと云っても旧暦の七月の宵はおいおいに更けて、夜の露らしいものが大屋根の笹竹にしっとりと降りているらしかった。
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