時代推理小説 半七捕物帳(三) |
光文社時代小説文庫、光文社 |
1986(昭和61)年5月20日 |
1997(平成9)年5月15日第11刷 |
一
「残念、残念。あなたは運がわるい。ゆうべ来ると大変に御馳走があったんですよ」と、半七老人は笑った。
それは四月なかばのうららかに晴れた日であった。
「まったく残念でした。どうしてそんなに御馳走があったんです」と、わたしも笑いながら訊いた。
「と云って、おどかしただけで、実はさんざんの体で引き揚げて来たんですよ。浅蜊ッ貝を小一升と、木葉のような鰈を三枚、それでずぶ濡れになっちゃあ魚屋も商売になりませんや。ははははは」
よく訊いてみると、きのうは旧暦の三月三日で大潮にあたるというので、老人は近所の人たちに誘われて、ひさしぶりで品川へ潮干狩に出かけると、花どきの癖で午頃から俄か雨がふり出して来た。船へ逃げ込んで晴れ間を待ちあわせていたが、容易に晴れるどころか、ますます強降りになって来るらしいので、とうとう諦めて帰ってくると、意地のわるい雨は夕方から晴れて、きょうはこんな好天気になった。なにしろ前に云ったような獲物だからお話にならない。浅蜊はとなりの家へやって、鰈は老婢とふたりで煮て食ってしまったというのであった。
きのうの不出来は例外であるが、一体に近年はお台場の獲物がひどく少なくなったらしいと老人は云った。それからだんだんと枝がさいて、次のような話が出た。
安政二年三月四日の午過ぎに、不思議な人間が品川沖にあらわれた。
この年は三月三日の節句に小雨が降ったので、江戸では年中行事の一つにかぞえられているくらいの潮干狩があくる日の四日に延ばされた。きょうは朝から日本晴れという日和であったので、品川の海には潮干狩の伝馬や荷足船がおびただしく漕ぎ出した。なかには屋根船で乗り込んでくるのもあった。安房上総の山々を背景にして、見果てもない一大遊園地と化した海の上には、大勢の男や女や子供たちが晴れた日光にかがやく砂を踏んで、はまぐりや浅蜊の獲物をあさるのに忙がしかった。
かれらの多くは時刻の移るのを忘れていたので、午飯を食いかかるのが遅かった。ある者は船に帰って、家から用意してきた弁当の重詰をひらくのもあった。ある者は獲物のはまぐりの砂を吐かせる間もなしに直ぐに吸物にして味わうのもあった。ある者は貝のほかに小さい鰈や鯒をつかんだのを誇りにして、煮たり焼いたりして賞翫するのもあった。砂のうえに毛氈や薄縁をしいて、にぎり飯や海苔巻の鮓を頬張っているのもあった。彼等はあたたかい潮風に吹かれながら、飲む、食う、しゃべる、笑うのに余念もなかった。
その歓楽の最中であった。ひとりの奇怪な人間が影のようにあらわれて来たのであった。勿論、どこから出て来たのか知れなかったが、かれは年のころ四十前後であるらしく、髪の毛をおどろに長くのばして、その人相もよくわからない。顔のなかから鋭い眼玉ばかりが爛々と光っていた。身には破れた古袷をきて、その上に新らしい蓑をかさねて、手には海苔ヒビのような枯枝の杖を持って素足でぶらぶらと迷い歩いている。その風体がここらの漁師ともみえなかった。さりとて普通の宿無し乞食とも思われない。まずは一種の気ちがいか、絵にかいてある仙人のたぐいかとも見られるので、彼の通る路々の人はいずれも眼をみはって見送っていた。こうして、不思議そうに見かえられ見送られながら、彼は一向平気で潮干の群れのあいだをさまよい歩いているので、若い女などは気味わるそうに人のかげに隠れるのもあった。船のなかへ逃げ込むのもあった。
しかしこの奇怪な男は、別に他人に対して何事をするでもないらしかった。さりとて諸人が遊びたわむれているのを見物してあるいているのでも無いらしかった。唯その鋭い眼をひからせて、なにを見るともなしに迷いあるいているだけのことであったが、そのうちに彼は職人らしい一群に取り囲まれた。酔っている職人のひとりは彼のまえに立ちふさがって、大きい猪口を突きつけた。
「おい、大将。頼む、一杯のんでくれ」
奇怪な男はにやにや笑いながら、無言でその猪口を受け取って、相手のついでくれた酒をひと息にぐっと飲みほした。
「やあ、馬鹿に飲みっぷりがいいぜ、もう一杯たのもう」と、ほかの一人が入れ代って猪口を突き出すと、かれは猶予なしにそれをも飲んでしまった。
それが一種の興をひいたらしく、ほかの群れから食いのこりの握り飯を持って来たものがあったが、彼はそれをも快くむしゃむしゃと食った。海苔巻の鮓や塩せんべいや、なんでもかでも彼のまえに突き出されたものは忽ちにみんな彼の口へはいってしまった。しかも彼は唯ときどきににやにやと笑うばかりで、かつて一と言も云わなかった。なにを話しかけても、なにを訊いても、かれはつんぼうであるかのように、一切その返事をしなかった。かれは面白半分に職人から突き付けられた酒や食い物を、ただ黙って飲み食いしているだけであるので、まわりを取り巻いている人々も少しく倦きて来た。彼もさすがに満腹したらしく、勿論なんの挨拶もなしに、諸人の囲みをぬけて又ふらふらとあるき出した。
彼はそれから何処へ行ったか、別に詮議するものもなかった。どこの船でも午飯をすませて、再び潮干狩をつづけていると、やがて夕七ツ(午後四時)を過ぎたかと思うころに、かの男は又ふらふらとあらわれた。かれは誰に云うとも無しに、遠い沖の方を指さして叫んだ。
「潮がくる、潮がくる」
その声におどろかされて、ある人々はかれの指さす方に眼をやったが、広い干潟に潮のよせてくるような景色はみえなかった。きょうの夕潮までにはまだ半刻あまりの間があることは誰も知っていた。かれは高い空を指さして又叫んだ。
「颶風がくる。天狗が雲に乗ってくる」
今度かれが指さしたのは沖の方でなかった。かれは反対に陸の方角を仰いで、あたかも愛宕山あたりの空を示しているのであった。この気ちがいじみた警告に対して、別に注意の耳をかたむける人も少なかったが、それでも品川の海に馴れている者は少しく不安を感じて、かれの指さす方角をみかえると、春の日のまだ暮れ切らない江戸の空は青々と晴れて鎮まっていた。
「颶風がくる」と、かれは又叫んだ。
天気晴朗の日でも品川の海には突然颶風を吹き起すことがある。船頭たちは無論それを知っているので、この奇怪な男の警告を一概に笑って聞き流すわけにも行かなかったが、そうした恐ろしい魔風を運び出して来るらしい雲の影はどこにも見えないので、かれらはやはり油断していると、男はつづけて叫んだ。
「潮が来る。颶風が来る」
かれの声はだんだんに激して来た。かれはいよいよ物狂おしいようになって、そこらじゅうを駈けまわって叫びあるいた。
「颶風がくる。潮がくる」
颶風が襲って来るのと、潮が満ちて来るのとは、別問題でなければならなかった。それを知っている者はやはり笑っていたが、彼は諸人の危急がいま目の前に迫っているかのように、片手に空を指さし、片手に沖を指さして、跳りあがって叫びつづけた。
「颶風がくる」
跳り狂って飛びまわっているうちに、彼は砂地の窪んだところへ足をふみ込んで、引き残った潮溜りのなかに横ざまに倒れた。倒れながらも彼はやはり其の叫び声をやめなかった。
「この気ちがいめ」
気の早い者は腹を立てて、そこらに転がっている貝殻をつかんで投げつけた。ある者は砂をつかんで浴びせかけた。それでも彼は口をとじなかった。貝殻がばらばらと飛んでくるうちに、その大きい一つが彼の額にあたって左の眉の上からなま血が流れ出したので、血に染み、砂にまぶれた彼の顔は物凄かった。かれはその眼をいよいよ光らせて、颶風と潮とを叫んだ。こうなると一方に気ちがい扱いにしていながらも、かれの警告に対して諸人の胸の奥に一種の不安が微かに湧き出して来た。女子供を多く連れている組では、そろそろ帰り支度に取りかかる者もあった。そのうちに或る船の船頭……それは老人で、さっきから彼の男と同じように、小手をかざして陸上の空を仰いでいたのであるが、俄かに突っ立ちあがって大音に呶鳴った。
「颶風だ、颶風だぞう。早く引きあげろよう」
海の上に生活している彼の声は大きかった。それが遠いところまでも響き渡って諸人の耳をおどろかした。愛宕山の上かと思われるあたりに、たったひと掴みほどの雲があらわれたのである。ほかの船頭共も俄かにさわぎ出した。かれらも声をそろえて、颶風だ颶風だと叫んで触れまわった。潮の退いている海ではあるが、それでも颶風の声は人々の胸を冷やした。遠いも近いも互いに呼びつれて、あわただしく自分たちの船へ引きあげようとする時、一陣のすさまじい風が突然に天から吹きおとして来た。黒い雲はちっとも動かないで、ゆう日の沈み切らない西の空はやはり明るく晴れているのであるが、海の上には眼に見えない風がごうごうと暴れ狂って、足弱な女子供はとても立ってはいられなくなった。ある者はよろめき、ある者は吹き倒されて、いずれも砂の上にうつ伏してしまった。船の軒にかけてあるほおずき提灯や、そこらに敷いてある毛氈や薄縁のたぐいは、何者かに引っ掴まれたように虚空遙かに巻きあげられた。人々は悲鳴をあげてうろたえ騒いだ。
船頭どもは駈けまわって、めいめいが預かりの客をともかくも船のなかへ助け入れようと燥っているうちに、きょうはどうしたものか、予定の時刻よりも出潮が少し早いらしく、砂地のそこからもここからも無数の蟹が群がったように白い泡をぶくぶく噴き出して来たので、船頭どもは又あわてた。
「潮がさして来る。潮が来る」と、かれらは暴い風と闘いながら叫びまわった。
颶風も幸いに長くなかった。しかし潮はだんだんに満ちてくるので、人々はいよいようろたえて船へ逃げあがった。死人は一人もなかったが、颶風が吹いて通るときに木の枝や何かを叩きつけられて、顔や手足に負傷した者もあった。吹き倒されて貝殻や石に傷つけられた者もあった。手拭などは吹き飛ばされて、男も女もみな散らし髪になってしまった。船にぬいで置いた上衣などは大抵どこへか飛んで行った。男の紙入れ、女のかんざし、そんな紛失物はかぞえ切れなかった。
はまぐりや浅蜊の獲物も大抵捨てて帰った。命に別状のなかったのをせめてもの仕合わせにして、きょうの潮干狩の群れはさんざんの体でみな引き揚げた。
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