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鳥辺山心中(とりべやましんじゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 18:13:18  点击:  切换到繁體中文


     三

 半九郎とお染とが引き分けられなければならない時節が来た。
 今年の秋もあわただしく暮れかかって、九月の暦(こよみ)も終りに近づいた。鴨川の水にも痩せが見えて、河原の柳は朝寒(あささむ)に身ぶるいしながら白く衰えた葉を毎日振るい落した。そのわびしい秋の姿をお染は朝に夕に悲しく眺めた。九月の末か、十月の初めには将軍が京を立って江戸へ帰る――それは前から知れ切ったことであったが、その期日が次第に迫って来るに連れて、彼女は自分の命が一日ごとに削(けず)られてゆくようにも思われた。
 その沈んだ愁(うれ)い顔を見るにつけて、半九郎もいよいよ物の哀れを誘い出された。彼はある夜しみじみとお染に話した。
「将軍家が江戸表へ御下向(ごげこう)のことは、今朝(こんちょう)支配頭(がしら)から改めて触れ渡された。この上はしょせん長逗留は相成るまい。遅くも来月の十日頃までには、一同京地を引き払うことになるであろう。お前に逢うのも今しばらくの間だ。昼夜揚げ詰めとはいいながら、馴染んでから丸ひと月に成るや成らずでさほどの深い仲でもないが、恋や情けはさておいて、まだ廓(さと)なれないお前が不憫(ふびん)さに、暇さえあればここへ来て、及ばぬながら力にもなってやったが、侍は御奉公が大切、お供にはずれていつまでもここに逗留は思いも寄らぬことだ。察してくれ」
 勿論それに対して、お染は何とも言いようはなかった。無理に引き止めることは出来なかった。たとい引き止めても、男が止まる筈がないのは、彼女もよく承知していた。半九郎が今まで自分を優しく庇(かば)ってくれたのは、世にありふれた色恋とは違って、弱い者を憐れむという涙もろい江戸かたぎから生み出されていることは、彼女もかねて知っていた。まして将軍家の供をして、江戸の侍が江戸へ帰るのは当然のことである。彼女は自分を振り捨ててゆく男を微塵(みじん)も怨む気はなかった。
 怨むのではない。ただ、悲しいのである。心細いのである。店出し以来、たった一人の半九郎に取りすがって、今日まで何の苦も知らずに生きていたお染は、さてこの後(のち)どうするか。彼女は眼の前に拡がっている大きい闇の奥をすかして見る怖ろしさに堪えられなかった。
「また泣くか。初めて逢った夜にもお前はそんな泣き顔をしていたが、その時から見ると又やつれたぞ。煩(わずら)わぬようにしろ」
「いっそ煩うて死にとうござります」
 言ううちにも、止めどもなしに突っかけて溢れ出る涙は、白粉の濃い彼女の頬に幾筋の糸を引いて流れた。半九郎は痛ましそうに眉を皺(しわ)めて言った。
「今の若い身で死んでどうする。両親の悲しみ、妹の嘆き、それを思いやったら仮りにもそのようなことは言われまい。一日も早く勤めを引いて、親許へ帰って孝行せい」
「一日も早くというて、それが今年か来年のことか。ここの年季(ねんき)は丸六年、わたしのような孱弱(かよわ)い者は、いつ煩ろうていつ死ぬやら」
「はて、不吉な。気の弱いにも程がある。ほかの女どものように浮きうきして、晴れやかな心持ちで面白そうに世を送れ。これから五年六年といえば長いようだが、過ぎてしまうのは夢のうちだ」と、半九郎は諭(さと)すように言い聞かせた。
 ひとには面白そうに見えるかも知れないが、およそここらに勤めている人に涙の種のない者はない。現にあの市さまの相方のお花女郎も、親の上、わが身の上にいろいろの苦労がある。まして自分のように胸の狭いものは、こののち一日でも面白そうに暮らされよう筈がない。店出しから今日までの短い月日が極楽、この先の長い月日は地獄の暗闇と、自分ももうあきらめているとお染はまた泣きつづけた。
 困ったものだと半九郎も思いわずらった。彼はこのいじらしい女をどう処分しようかといろいろに迷った末に、あくる朝、坂田市之助の宿所をたずねると、市之助はめずらしく宿にいた。源三郎もいた。
 過日(このあいだ)の晩、半九郎は途中で源三郎に約束して、あしたはきっと兄を帰してやると言ったが、市之助は花菱に酔い潰れて帰らなかった。その以来、源三郎はいよいよ半九郎を信用しなくなった。日ごろの親しみは頓(とみ)に薄らいで、彼は半九郎を兄の悪友と認めるようになった。
 その半九郎が早朝から訪ねて来たので、源三郎はこれから外出しようとするのを暫く見合せて注意ぶかい耳を引き立てていた。こういう見張り人がそばに控えているので、半九郎も少し言いそそくれたが、生一本(きいっぽん)な彼の性質として、自分の思っていることは直ぐに打ち出してしまいたかったので、彼は思い切って言った。
「さて市之助。遠慮なく頼みたいことがある」
「改まって何だ」
「半九郎は金が要(い)る。二百両の金を貸してくれぬか。といっても、お身も旅先でそれだけの貯えもあるまい。お身は京の刀屋に知るべがあると聞いている。おれの刀は相州(そうしゅう)物だ。その刀屋に相談して、二百両に換えてはくれまいか」
 市之助も少し眉を寄せた。
「お身が大事の刀を売りたい……。思いも寄らぬ頼みだが、その二百両の要(い)りみちは……」
 半九郎は源三郎を横目に見ながら言った。
「京の鶯(うぐいす)を買いたいのだ」
「京の鶯……。はて、お身にも似合わぬ風流なことだな」と、言いかけて彼もすぐに覚ったらしくうなずいた。「うむ。して、その鶯を江戸へ連れて行くのか」
「いや、籠(かご)から放してやればいい。鶯はおおかた古巣へ舞い戻るであろう」
 その謎は市之助にもよく判った。しかしそれは余り正直過ぎるように思われたので、彼は半九郎に注意するように言った。
「おれも鶯は大好きで、ゆく先ざきで鶯を聴いて歩く。鶯は美しい愛らしい小鳥だ。ことに京は鶯の名所であるから、おれも金に明かし、暇(ひま)に明かして、思うさまに鳴かして見たが、所詮(しょせん)は一時の興(きょう)に過ぎぬ。一羽の鳥になずんでは悪い。江戸へ帰ればまた江戸の鶯がある」
「勿論、おれもその鶯を江戸まで持って帰ろうとは思わぬが、鳴く音(ね)が余りに哀れに聞えるので、せめて籠から放してやりたいのだ。半九郎は人にも知られた意地張りだが、生まれつきから涙もろい男だ。ありあまる金を持った身でもなし、かつは旅先で工面(くめん)するあてもない。察してくれ」
 半九郎の性質は市之助もふだんから知り抜いていた。そうして、それが彼の美しいところでもあり、また彼の弱いところでもあることを知っていた。遊里(ゆうり)の歓楽を一時の興と心得ている市之助の眼から見れば、立派な侍が一人の売女に涙をかけて、多寡(たか)が半月やひと月の馴染みのために、家重代(いえじゅうだい)の刀を手放そうなどというのは余りに馬鹿ばかしくも思われた。彼は繰り返して涙もろい友達に忠告を試みた。
「して、半九郎。お身は全くその鶯に未練はないな」
「未練はない。くどくも言うようだが、あまりに哀れだから放してやりたい。ただそれだけのことだ」
「それならば猶更のこと。お身がその鶯にあくまでも未練が残って、買い取って我が物にしたいと言っても、おれは友達ずくで意見したい。ましてその鶯には未練も愛着(あいぢゃく)もなく、ただ買い取って放してやるだけに、武士(ぶし)が大切の刀を売るとは、あまりに分別が至らぬように思わるるぞ。なさけも善根(ぜんこん)も銘々の力に能(あた)うかぎりで済ませればよし、程を過ぎたら却(かえ)って身の禍(わざわ)いになる。この中(じゅう)のおれの行状から見たら、ひとに意見がましいことなど言われた義理ではないが、おれにはまたおれの料簡(りょうけん)がある。鶯はただ鳴くだけのことで、藪(やぶ)にあろうが籠(かご)にあろうが頓着(とんぢゃく)せぬ。花を眺め、鳥を聴くも、所詮は我れに一時の興があればよいので、その上のことまでを深く考えようとはせぬ。その上に考え詰めたら、心を痛むる、身を誤る。人間は息のあるうちに、ゆく先ざきで面白いことを仕尽くしたらそれでよい。どうだ、半九郎。もう一度よく思い直して見ろ」
「では、どうでも肯(き)いてくれぬか」
「肯かれぬ。また、肯かぬのがお身のためだ」
 相手がどうしても取り合わないので、半九郎は失望して帰った。帰る途中で、彼は市之助の意見をもう一度考えてみた。市之助の議論を彼はいちいち尤(もっと)もとは思わなかったが、籠から鶯を放してやるだけに、武士が家重代の刀を売る。たとい自分には何の疚(やま)しい心がないとしても、思いやりのない世間の人間はいろいろの評判を立てるに相違ない。菊地半九郎は売女(ばいじょ)にうつつをぬかして大小を手放したとただ一口(ひとくち)にいわれては、武士の面目にもかかわる。支配頭への聞えもある。なるほど市之助が承知してくれないのも無理はないかとも思われたので、彼は刀を売ることを躊躇した。
 こうなると、お染の顔を見るのが辛(つら)い。お染も自分の顔を見ると、よけいに悲しい思いをするかも知れない。いっそ出発するまでは彼女にもう逢うまいかと半九郎は思った。そうして、ひと晩は花菱に足をぬいてみたが、やはり一種の不安と憐れみとが彼を誘って、あくる日は花菱の座敷でお染の暗い顔と向かい合わせた。半九郎はその後もつづけてお染と逢っていた。
 十月にはいると、半九郎のからだも忙がしくなった。将軍はいよいよこの十日には出発と決まったので、供の者どもはその準備に毎日奔走しなければならなかった。
 その忙がしいひまを偸(ぬす)んで、ある者は京の土産を買い調えるのもあった。ある者は知るべのところへ暇乞(いとまご)いに廻るのもあった。神社や仏閣に参拝して守り符(ふだ)などを貰って来るのもあった。いろいろの買いがかりの勘定などをして歩くのもあった。それらの出這入(ではい)りで京の町は又ひとしきり混雑した。
 江戸に沢山(たくさん)の親類や縁者をもっていない半九郎は守り符や土産などを寄せ集めて歩く必要はなかったが、さすがに勤め向きの用事に追い廻されて祇園の酒に酔っている暇がなかった。市之助兄弟も忙がしい筈であった。しかも忙がしいことは弟に任せて、市之助は相変らず浮かれ歩いていた。
「もう二、三日で京も名残(なご)りだ。面白く騒げ、騒げ」
 それは七日の宵で、きょうは朝から時雨(しぐ)れかかっている初冬の一日を、市之助は花菱の座敷で飲み明かしているのであった。日が暮れてから半九郎も来た。約束したのではない、偶然に落ち合ったのであった。
「おお、半九郎来たか」
「お身はいつから来ている」
「ゆうべから居つづけだ」と、市之助はもう他愛なく酔いくずれていた。
「弟にまた叱らるるぞ」と、半九郎はにが笑いした。
「あいつ、腹を立って、きっと兄の悪口をさんざんに言っているであろう。困った奴だ」
 市之助も笑っていた。

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