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中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)17閲微草堂筆記(清)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 18:07:01  点击:  切换到繁體中文


   繍鸞

 父の先妻の張夫人に繍鸞しゅうらんという侍女こしもとがあった。
 ある月夜に、夫人が堂の階段きざはしに立って繍鸞を呼ぶと、東西の廊下から同じ女が出て来た。顔かたちから着物は勿論、右の襟の角の反れているのから、左の袖を半分捲いているのまで、すべて寸分も違わないので、夫人はおどろいて殆んど仆れそうになった。やがて気を鎮めてよく視ると、繍鸞の姿はいつか一人になっていた。
「お前はどっちから来ました」
「西のお廊下から参りました」
「東の廊下から来た人を見ましたか」
「いいえ」
 これは七月のことで、その十一月に夫人は世を去った。彼女の寿命がまさに尽きんとするので、妖怪が姿を現わすようになったのかとも思われる。

   牛寃ぎゅうえん

 姚安公ちょうあんこうが刑部に勤めている時、徳勝門外に七人組の強盗があって、その五人は逮捕されたが、王五おうご金大牙きんたいがの二人はまだばくに就かなかった。
 王五は逃れて※(「さんずい+敦」、第3水準1-87-12)かく県にゆくと、路は狭く、溝は深く、わずかに一人が通られるだけの小さい橋が架けられていた。その橋のまんなかに逞ましい牛が眼を怒らせて伏していて、近づけばつのを振り立てる。王はよんどころなく引っ返して、路をかえて行こうとする時、あたかも邏卒らそつが来合わせて捕えられた。
 一方の金大牙は清河橋せいがきょうの北へ落ちてゆくと、牧童が二頭の牛を追って来て、金に突き当って泥のなかへ転がしたので、彼は怒ってその牧童と喧嘩をはじめた。ここは都に近い所で、金を見識っている者が土地の役人に訴えた為に、彼もまた縛られた。
 王も金も回部の民で、みな屠牛とぎゅうを業としている者である。それが牛のために失敗したのも因縁いんねんであろう。

   鳥を投げる男

 雍正ようせいの末年である。東光とうこう城内で或る夜、家々の犬が一斉に吠えはじめた。その声はうしおの湧くが如くである。
 人びとはみな驚いて出て見ると、月光のもとに怪しい男がある。彼は髪を乱して腰に垂れ、麻の帯をしめてみのを着て、手に大きい袋を持っていた。袋のなかにはたくさんの鵝鳥がちょうや鴨の鳴き声がきこえた。彼は人家の家根の上に暫く突っ立っていて、やがて又、別の家の屋根へ移って行った。
 明くる朝になって見ると、彼が立っていた所には、二、三羽の鵝鳥や鴨が檐下のきしたに投げ落されていた。それを煮て食った者もあったが、その味は普通の鳥と変ったこともなかった。その当座はいかなる不思議か判らなかった。
 然るにその鳥を得た家には、みな葬式が出ることになった。いわゆる※(「煮」の「者」に代えて「(急-心)+攵」、第4水準2-79-86)きょうさつが出現したのである。わたしの親戚のという家でも、その夜二羽の鴨を得たが、その歳に弟が死んだ。思うに、昔から喪に逢うものは無数である。しかもその夜にかぎって、特に凶兆を示したのはなんの訳か。そうして、その兆を示すために、鵝鴨がおうのたぐいを投げたのはなんの訳か。
 鬼神の所為しょいは凡人の知り得る事あり、知り得ざる事あり、ただその事実を録するのみで、議論の限りでない。

   節婦

 任士田にんしでんという人が話した。その郷里で、ある人が月夜に路を行くと、墓道の松や柏のあいだに二人が並び坐しているのを見た。
 ひとりは十六、七歳の可愛らしい男であった。他の女は白い髪を長く垂れ、腰をかがめて杖を持って、もう七、八十歳以上かとも思われた。
 この二人は肩を摺り寄せて何か笑いながら語らっているてい、どうしても互いに惚れ合っているらしく見えたので、その人はひそかにいぶかって、あんな婆さんが美少年と媾曳あいびきをしているのかと思いながら、だんだんにその傍へ近寄ってゆくと、かれらのすがたは消えてしまった。
 次の日に、これは何人なんびとの墓であるかといてみると、某家の男が早死にをして、その妻は節を守ること五十余年、老死した後にここに合葬したのであることが判った。

   木偶の演戯

 わたしの先祖の光禄公こうろくこう康煕こうき年間、崔荘さいそう質庫しちぐらを開いていた。沈伯玉ちんはくぎょくという男が番頭役の司事を勤めていた。
 あるとき傀儡師かいらいしが二箱に入れた木彫りの人形を質入れに来た。人形の高さは一尺あまりで、すこぶる精巧に作られていたが、期限を越えてもつぐなわず、とうとう質流れになってしまった。ほかに売る先もないので、すたり物として空き屋のなかに久しく押し込んで置くと、月の明るい夜にその人形が幾つも現われて、あるいは踊り、あるいは舞い、さながら演劇しばいのような姿を見せた。耳を傾けると、何かの曲を唱えているようでもあった。
 沈は気丈の男であるので、声をはげしゅうして叱り付けると、人形の群れは一度に散って消え失せた。翌日その人形をことごとくいてしまったが、その後は別に変ったこともなかった。
 物が久しくなると妖をなす。それを焚けば精気が溶けて散じ、再びあつまることが出来なくなる。また何かる所があれば妖をなす。それを焚けば憑る所をうしなう。それが物理の自然である。

   奇門遁甲

 奇門遁甲きもんとんこうの書というものが多く世に伝えられている。しかも皆まことの伝授でない。まことの伝授は口伝くでんの数語に過ぎないもので、筆や紙で書き伝えるのではない。
 とく州の宋清遠そうせいえん先生は語る。あるとき友達をたずねると、その友達は宋をとどめて一泊させた。
「今夜はいい月夜だから、芝居を一つお目にかけようか」
 そこで、だいだいの実十余個を取って堂下にころがして置いて、二人は堂にのぼって酒を飲んでいると、夜も二更にこうに及ぶころ、ひとりの男が垣をえて忍び込んで来たが、彼は堂下をぐるぐる廻りして、一つの橙に出逢うごとに、よろけてつまずいて、ようようにまたいで通るのであった。
 それが初めは順に進み、さらに曲がって行き、逆に行き、百回も二百回も繰り返しているうちに、彼は疲れ切って倒れ伏してしまった。やがて夜が明けたので、友達はその男を堂の上に連れて来て、おまえは何しに来たのかと詰問すると、彼はあやまり入って答えた。
「わたくしは泥坊でございます。お宅へ忍び込みますと、低い垣が幾重にも作られて居ります。それを幾たび越えても、越えても、果てしがないので、閉口して引っ返そうとしますと、帰る路にもたくさんの垣があって、幾たび越えても行き尽くせません。結局、疲れ果てて捕われることになりました。どうぞ御存分に願います」
 友達は笑って彼を放してやった。そうして、宋にむかって言った。
「きのうあの泥坊が来ることを占い知ったので、たわむれに小術を用いたのです」
「その術はなんですか」
「奇門の法です。他人が迂闊におぼえると、かえって禍いを招きます。あなたは謹直な人物である。もしお望みならば御伝授しましょうか」
 折角であるが、自分はそれを望まないと宋は断わった。友達は嘆息して言った。
「学ぶを願う者には伝うべからず、伝うべき者は学ぶを願わず。この術もついに絶えるであろう」
 彼は悵然ちょうぜんとして宋を送って別れた。





底本:「中国怪奇小説集」光文社文庫、光文社
   1994(平成6)年4月20日初版1刷発行
入力:tatsuki
校正:九尾乃雪舟斎
2003年8月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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