第十五の男は語る。
「わたくしは最後に『閲微草堂筆記』を受持つことになりましたが、これは前の『子不語』にまさる大物で、作者は
観奕道人と署名してありますが、実は
清の
紀であります。紀
は号を
暁嵐といい、
乾隆時代の
進士で、協弁大学士に進み、官選の四庫全書を作る時には編集総裁に挙げられ、学者として、詩人として知られて居ります。死して文達公と
諡されましたので、普通に紀文達とも申します。
この著作は一度に脱稿したものではなく、最初に『
陽鎖夏録』六巻を編み、次に『
如是我聞』四巻、次に『
槐西雑誌』四巻、次に『
姑妄聴之』四巻、次に『
陽続録』六巻を編み、あわせて二十四巻に及んだものを集成して、『閲微草堂筆記』の名を
冠らせたのでありまして、実に一千二百八十二種の奇事異聞を
蒐録してあるのですから、とても一朝一
夕に説き尽くされるわけのものではありません。もしその全貌を知ろうとおぼしめす方は、どうぞ原本に就いてゆるゆる御閲読をねがいます」
落雷裁判
清の
雍正十年六月の夜に大雷雨がおこって、
献県の県城の西にある某村では、村民なにがしが落雷に撃たれて死んだ。
明という県令が出張して、その死体を検視したが、それから半月の後、突然ある者を捕えて訊問した。
「おまえは何のために火薬を買ったのだ」
「鳥を捕るためでございます」
「雀ぐらいを撃つ
弾薬ならば幾らもいる筈はない。おまえは何で二、三十
斤の火薬を買ったのだ」
「一度に買い込んで、貯えて置こうと思ったのでございます」
「おまえは火薬を買ってから、まだひと月にもならない。多く費したとしても、一斤か二斤に過ぎない筈だが、残りの薬はどこに貯えてある」
これには彼も行き詰まって、とうとう白状した。彼はかの村民の妻と姦通していて、妻と共謀の末にその夫を爆殺し、あたかも落雷で震死したようによそおったのであった。その裁判落着の後、ある人が県令に訊いた。
「あなたはどうしてあの男に眼を着けられたのですか」
「火薬を爆発させて
雷と見せるには、どうしても数十斤を要する。殊に
合薬として
硫黄を用いなければならない。今は暑中で爆竹などを放つ時節でないから、硫黄のたぐいを買う人間は極めてすくない。わたしはひそかに人をやって、この町でたくさんの硫黄を買った者を調べさせると、その買い手はすぐに判った。更にその買い手を調べさせると、村民のなにがしに売ったという。それで彼が犯人であると判ったのだ」
「それにしても、当夜の雷がこしらえ物であるということがどうして判りました」
「雷が人を撃つ場合は、言うまでもなく上から下へ落ちる。家屋を撃ちこわす場合は、
家根を打ち破るばかりで、地を傷めないのが普通である。然るに今度の落雷の現場を取調べると、草葺き家根が上にむかって飛んでいるばかりか、土間の地面が引きめくったように
剥がれている。それが不審の第一である。又その現場は城を
距ること僅か五、六里で、雷電もほぼ同じかるべき筈であるが、当夜の雷はかなり迅烈であったとはいえ、みな空中をとどろき渡っているばかりで、落雷した様子はなかった。それらを綜合して、わたしはそれを地上の偽雷と認めたのである」
人は県令の明察に服した。
鄭成功と異僧
鄭成功が台湾に
拠るとき、
粤東の地方から一人の異僧が海を渡って来た。かれは剣術と拳法に精達しているばかりか、肌をぬいで端坐していると、刃で撃っても切ることが出来ず、堅きこと鉄石の如くであった。彼はまた軍法にも通じていて、兵を談ずることすこぶるその要を得ていた。
鄭成功は
努めて四方の豪傑を招いている際であったので、礼を厚うして彼を
待したが、日を経るにしたがって彼はだんだんに増長して、
傲慢無礼の振舞いがたびかさなるので、鄭成功もしまいには堪えられなくなって来た。
且かれは清国の
間牒であるという疑いも生じて来たので、いっそ彼を殺してしまおうと思ったが、前にもいう通り、彼は武芸に達している上に、一種の
不死身のような妖僧であるので、迂闊に手を出すことを
躊躇していると、その大将の
劉国軒が言った。
「よろしい。その役目はわたくしが勤めましょう」
劉はかの僧をたずねて、冗談のように話しかけた。
「あなたのような生き仏は、色情のことはなんにもお考えになりますまいな」
「久しく修業を積んでいますから、心は地に落ちたる
絮の如くでござる」と、僧は答えた。
劉はいよいよ
戯れるように言った。
「それでは、ここであなたの道心を試みて、いよいよ諸人の信仰を高めさせて見たいものです」
そこで美しい遊女や、
男色を売る少年や、十人あまりを
択りあつめて、僧のまわりに
茵をしき、枕をならべさせて、その淫楽をほしいままにさせると、僧は眉をも動かさず、かたわらに人なきがごとくに談笑自若としていたが、時を経るにつれて眼をそむけて、遂にその眼をまったく
瞑じた。
その
隙をみて、劉は剣をぬいたかと思うと、僧の首はころりと床に落ちた。