窓から手
少保の
馬亮公がまだ若いときに、燈下で書を読んでいると、突然に扇のような大きい手が窓からぬっと出た。公は
自若として書を読みつづけていると、その手はいつか去った。
その次の夜にも、又もや同じような手が出たので、公は
雌黄の水を筆にひたして、その手に大きく自分の書き判を書くと、外では手を引っ込めることが出来なくなったらしく、俄かに大きい声で呼んだ。
「早く洗ってくれ、洗ってくれ、さもないと、おまえの為にならないぞ」
公はかまわずに寝床にのぼると、外では
焦れて怒って、しきりに洗ってくれ、洗ってくれと叫んでいたが、公はやはりそのままに打ち捨てて置くと、暁け方になるにしたがって、外の声は次第に弱って来た。
「あなたは今に偉くなる人ですから、ちょっと
試してみただけの事です。わたしをこんな目に逢わせるのは、あんまりひどい。
晋の
温![※(「山+喬」、第3水準1-47-89)](http://www.aozora.gr.jp/gaiji/1-47/1-47-89.png)
が
牛渚をうかがって禍いを招いたためしもあります。もういい加減にして
免してください」
化け物のいうにも一応の理屈はあるとさとって、公は水をもって洗ってやると、その手はだんだんに縮んで消え失せた。
公は果たして後に少保の高官に立身したのであった。
両面銭
南方では神鬼をたっとぶ習慣がある。
狄青が
儂智高を征伐する時、大兵が桂林の南に出ると、路ばたに大きい廟があって、すこぶる霊異ありと伝えられていた。
将軍の狄青は軍をとどめて、この廟に祈った。
「
軍の勝負はあらかじめ判りません。就いてはここに百文の
銭をとって神に誓います。もしこの軍が大勝利であるならば、銭の
面がみな出るように願います」
左右の者がさえぎって
諫めた。
「もし思い通りに銭の面が出ない時には、士気を
沮める
虞れがあります」
狄青は
肯かないで神前に進んだ。万人が眼をあつめて眺めていると、やがて狄青は手に百銭をつかんで投げた。どの銭もみな紅い面が出たのを見るや、全軍はどっと歓び叫んで、その声はあたりの林野を震わした。狄青もまた大いに喜んだ。
彼は左右の者に命じて、百本の釘を取り来たらせ、一々その銭を地面に打付けさせた。そうして、青い
紗の籠をもってそれを
掩い、かれ自身で封印した。
「
凱旋の節、神にお礼を申してこの銭を取ることにする」
それから兵を進めてまず
崑崙関を破り、さらに
智高を破り、
管を平らげ、凱旋の時にかの廟に参拝して、
曩に投げた銭を取って見せると、その銭はみな両
面であった。