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中国怪奇小説集(ちゅうごくかいきしょうせつしゅう)05酉陽雑爼(唐)
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王申の禍
唐の貞元年間のことである。望苑駅の西に王申という百姓が住んでいた。 彼は奇特の男で、路ばたにたくさんの楡の木を栽えて、日蔭になるような林を作り、そこに幾棟の茅屋を設けて、夏の日に往来する人びとを休ませて水をのませた。役人が通行すれば、別に茶をすすめた。こうしているうちに、ある日ひとりの若い女が来て水を求めた。女は碧い肌着に白い着物をきていた。 「わたくしはここから十余里の南に住んでいた者ですが、夫に死に別れて子供はなし、これから馬嵬駅にいる親類を頼って行こうと思っているのでございます」と、女は話した。その物言いもはきはきしていて、その挙止も愛らしかった。 王申も気の毒に思って、水を与えるばかりでなく、内へ呼び入れて、飯をも食わせてやって、きょうはもう晩いから泊まってゆけと勧めると、女はよろこんで泊めて貰うことになった。その明くる日、ゆうべのお礼に何かの御用を致しましょうというので、王の妻が試しに着物を縫わせると、針の運びの早いのは勿論、その手ぎわが実に人間わざとは思われないほどに精巧を極めているので、王申も驚かされた。殊に王の妻は一層その女を愛するようになって、しまいには冗談のようにこんな事を言い出した。 「聞けばお前さんは近しい親類もないということだが、いっそ私の家のお嫁さんになっておくれでないかね」 王の家には、ことし十三になる息子がある。――十三の忰に嫁を迎えるのは珍しくない。――両親も内々相当の娘をこころがけていたのであった。それを聞いて、女は笑って答えた。 「仰しゃる通り、わたくしは頼りの少ない身の上でございますから、もしお嫁さんにして下されば、この上もない仕合わせでございます」 相談はすぐに決まって、王の夫婦も喜んだ。善は急げというので、その日のうちに新しい嫁入り衣裳を買い調えて、その女を息子の嫁にしてしまったのである。その日は暮れても暑かったが、この頃ここらには盗賊が徘徊するので、戸締りを厳重にして寝ると、夜なかになって王の妻は不思議の夢をみた。息子が散らし髪で母の枕元にあらわれて、泣いて訴えるのである。 「わたしはもう食い殺されてしまいます」 妻はおどろいて眼をさまして、夫の王をよび起した。 「今こんな忌な夢をみたから、息子の部屋へ行って様子をみて来ましょうか」 「よせ、よせ」と、王は寝ぼけ声で叱った。「新夫婦の寝床をのぞきに行く奴があるものか。おまえはいい嫁を貰ったので、嬉しまぎれにそんな途方もない夢をみたのだ」 叱られて、妻もそのままに眠ったが、やがて又もや同じ夢をみたので、もう我慢が出来なくなった。再び夫をよび起して、無理に息子の寝間へ連れて行って、外から試みに声をかけたが、内にはなんの返事もない。戸を叩いてもやはり黙っているので、王も不安を感じて来て、戸を明けようとすると堅くとざされている。思い切って、戸をこじ明けてはいってみると、部屋のうちには怖ろしい物の影が見えた。 それはおそらく鬼とか夜叉とかいうのであろう。からだは藍のような色をして、その眼は円く晃っていた。その歯は鑿のように見えた。その異形の怪物はおどろく夫婦を衝き退けて、風のように表のかたへ立ち去ってしまったので、かれらはいよいよおびやかされた。して、息子はと見ると、唯わずかに頭の骨と髪の毛とを残しているのみで、その形はなかった。
画中の人
これも貞元の末年のことである。開州の軍将に冉従長という人があって、財を軽んじて士を好むというふうがあるので、儒生や道士のたぐいは多くその門に集まって来たが、そのなかに※采[#「うかんむり/必/冉」、82-15]という画家もまじっていた。 その※[#「うかんむり/必/冉」、82-16]采があるとき竹林の七賢人の図をかいて、それが甚だ巧みに出来たので、観る者いずれも感嘆していると、一坐の客のうちに郭萱といい柳城という二人の秀才があって、たがいに平生から軋り合っていたが、柳城はその図をひとめ見て、あざ笑いながら主人の冉従長に言った。 「この画は人間の体勢に巧みであるが、人間の意趣というものが本当に現われていない。わたしはこの画に対してなんらの筆を着けずに、一層の精彩を加えてお見せ申そうと思うが、いかがでしょう」 冉はすこし驚いた。 「あなたにどんな芸があるか知らないが、なんらの筆を加えずに、この画の精彩を添えるというようなことが出来ますか」 「それは出来ます」と、柳は平気で答えた。「わたしはこの画のなかへはいって直すのです」 それを聞いて、郭萱も笑い出した。 「子供だましのような事を言ってはいけない。なんにも筆を入れないで、あの画を直すことが出来る筈がないではないか」 「いや、それが出来るのだ」 「出来るものか」 「そんなら賭けをするか」と、柳は言った。 「むむ、五千の銭を賭ける」 郭は銭を賭けることになった。主人の冉も賭けた。すると、柳は壁にかけてある画の前に立ったかと思うと、忽ちに身を跳らせて消えてしまったので、一坐の者はみな驚いて、ここかそこかと探し廻ったが、どこにもその姿はみえなかった。やがて、画の中から柳の声が聞えた。 「おい、郭君。まだおれの言うことを信じないのか」 一坐は又おどろいて眺めていると、柳は再び姿をあらわして、画の上から降りて来た。そうして、七賢人のうちの阮籍を指さした。 「みんなが待ち遠しいだろうと思いましたから、唯あれだけを繕って置きました」 人びとは眼を定めてよく視ると、なるほど阮籍だけは以前の図と違って、その口は仰いでうそぶくがごとくに見えたので、いずれもいよいよ驚嘆した。冉も郭も彼が道士の道に精通していることを初めて覚った。 こんな噂が世間に拡まっては、身の禍いになると思ったらしい。それから五、六日の後に、柳はそこを立ち去って行くえを晦ました。
北斗七星の秘密
唐の玄宗皇帝の代に、一行という高僧があって、深く皇帝の信任を得ていた。 一行は幼いとき甚だ貧窮であって、隣家の王という老婆から常に救われていた。彼は立身の後もその恩を忘れず、なにか王婆に酬いたいと思っていると、あるとき王婆の息子が人殺しの罪に問われることになったので、母は一行のところへ駈け付けて、泣いて我が子の救いを求めたが、彼は一応ことわった。 「わたしは決して昔の恩を忘れはしない。もし金や帛が欲しいというのならば、どんなことでも肯いてあげる。しかし明君が世を治めている今の時代に、人殺しの罪を赦すなどということは出来るものでない。たとい私から哀訴したところで、上でお取りあげにならないに決まっているから、こればかりは私の力にも及ばないと諦めてもらいたい」 それを聞いて、王婆は手を戟にして罵った。 「なにかの役にも立とうかと思えばこそ、久しくお前の世話をしてやったのだ。まさかの時にそんな挨拶を聞くくらいなら、お前なんぞに用はないのだ」 彼女は怒って立ち去ろうとするのを、一行は追いかけて、頻りによんどころない事情を説明して聞かせたが、王婆は見返りもせずに出て行ってしまった。 「どうも困ったな」 一行は思案の末に何事をか考え付いた。都の渾天寺は今や工事中で、役夫が数百人もあつまっている。その一室を空明きにさせて、まん中に大瓶を据えた。それから又、多年召仕っている僕二人を呼んで、大きい布嚢を授けてささやいた。 「町の角に、住む人もない荒園がある。おまえ達はそこへ忍び込んで、午の刻(午前十一時―午後一時)から夕方まで待っていろ。そうすると七つの物がはいって来る。それを残らずこの嚢に入れて来い。数は七つだぞ。一つ不足しても勘弁しないからそう思え」 僕どもは指図通りにして待っていると、果たして酉の刻(午後五時―七時)を過ぎる頃に、荒園の草をふみわけて豕の群れがはいってきたので、一々に嚢をかぶせて捕えると、その数はあたかも七頭であった。持って帰ると、一行は大いに喜んで、その豕をかの瓶のなかに封じ込めて、木の蓋をして、上に大きい梵字を書いた。それが何のまじないであるかは、誰にもわからなかった。 あくる朝になると、宮中から急使が来て、一行は皇帝の前に召出された。 「不思議のことがある」と、玄宗は言った。「太史(史官)の奏上によると、昨夜は北斗七星が光りを隠したということである。それは何の祥であろう。師にその禍いを攘う術があるか」 「北斗が見えぬとは容易ならぬことでござります」と、一行は言った。「御用心なさらねばなりませぬ。匹夫匹婦もその所を得ざれば、夏に霜を降らすこともあり、大いに旱することもござります。釈門の教えとしては、いっさいの善慈心をもって、いっさいの魔を降すのほかはござりませぬ」 彼は天下に大赦の令をくだすことを勧めて、皇帝もそれにしたがった。その晩に、太史がまた奏上した。 「北斗星が今夜は一つ現われました」 それから毎晩一つずつの星が殖えて、七日の後には七星が今までの通りに光り輝いた。大赦の令によって王婆の息子が救われたのは言うまでもない。
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