第三の男は語る。
「
唐代は詩文ともに最も隆昌をきわめ、支那においては空前絶後ともいうべき時代でありますから、小説伝奇その他の文学に関する有名の著作も甚だ多く、なにを紹介してよろしいか
頗る選択に苦しむのでありますが、その中でわたくしは先ず『酉陽雑爼』のお話をすることに致します。これも『捜神記』と同様に、早くわが国に渡来して居りますので、その
翻案がわが文学の上にもしばしばあらわれて居ります。
この作者は唐の
段成式であります。彼は
臨![※(「さんずい+「緇」のつくり」、第3水準1-86-81)](http://www.aozora.gr.jp/gaiji/1-86/1-86-81.png)
の人で、
字を
柯古といい、父の
文昌が校書郎を勤めていた関係で、若いときから奇編秘籍を多く読破して、博覧のきこえの高い人物でありました。官は太常外卿に至りまして、その著作は『酉陽雑爼』(正編二十巻、続集十巻)をもって知られて居ります」
古塚の怪異
唐の
判官を勤めていた
李![※(「しんにゅう+貌」、第3水準1-92-58)](http://www.aozora.gr.jp/gaiji/1-92/1-92-58.png)
という人は、
高陵に
庄園を持っていたが、その庄に寄留する一人の客がこういうことを
懺悔した。
「わたくしはこの庄に足を留めてから二、三年になりますが、実はひそかに盗賊を働いていたのでございます」
李
![※(「しんにゅう+貌」、第3水準1-92-58)](http://www.aozora.gr.jp/gaiji/1-92/1-92-58.png)
もおどろいた。
「いや、飛んでもない男だ。今も相変らずそんな悪事を働いているのか」
「もう唯今は決して致しません。それだから正直に申し上げたのでございます。御承知の通り、大抵の盗賊は墓あらしをやります。わたくしもその墓荒しを思い立って、大勢の徒党を連れて、さきごろこの近所の古塚をあばきに出かけました。塚はこの庄から十里(六丁一里)ほどの西に在って、非常に高く、大きく築かれているのを見ると、よほど由緒のあるものに相違ありません。松林をはいって二百歩ほども進んでゆくと、その塚の前に出ました。生い茂った草のなかに大きい碑が倒れていましたが、その碑はもう
磨滅していて、なんと彫ってあるのか判りませんでした。ともかくも五、六十丈ほども深く掘って行くと、一つの石門がありまして、その
周囲は鉄汁をもって厳重に鋳固めてありました」
「それをどうして開いた」
「人間の
糞汁を熱く沸かして、幾日も
根よく
沃ぎかけていると、自然に鉄が溶けるのです。そうして、ようようのことで、その石門をあけると驚きました。内からは雨のように
箭を射出して来て、たちまち五、六人を射倒されたので、みな恐れて引っ返そうとしましたが、わたくしは
肯きませんでした。ほかに
機関があるわけではないから、あらん限りの箭を射尽くさせてしまえば大丈夫だというので、こちらからも負けずに石を投げ込みました。内と外とで箭と石との戦いが暫く続いているうちに果たして敵の
矢種は尽きてしまいました。
それから
松明をつけて進み入ると、行く手に又もや第二の門があって、それは訳なく明きましたが、門の内には木で作った人が何十人も控えていて、それが一度に剣をふるったから
堪まりません。さきに立っていた五、六人はここで又斬り倒されました。こちらでも棒をもってむやみに叩き立てて、その剣をみな撃ち落した上で、あたりを見まわすと、四方の壁にも衛兵の像が描いてあって、南の壁の前に大きい
漆塗りの棺が鉄の
鎖にかかっていました。棺の下には金銀や宝玉のたぐいが山のように積んである。さあ見付けたぞとは言ったが、前に
懲りているので、
迂闊に近寄る者もなく、たがいに顔をみあわせていると、俄かに棺の両角から
颯々という風が吹き出して、
沙を激しく吹きつけて来ました。
あっと言ううちに、風も沙もますます激しくなって、
眼口を明けていられないどころか、地に積む沙が膝を埋めるほどに深くなって来たので、みな恐れて我れ
勝ちに逃げ出しましたが、逃げおくれた一人は又もや沙のなかへ生け埋めにされました。
外へ逃げ出して見かえると、門は自然に閉じて、再びはいることは出来なくなっています。たといはいることが出来ても、とても二度と行く気にはなれないので、誰も彼も早々に引き揚げて来ました。その以来、わたくしどもは誓って墓荒しをしないことに決めました。あの時のことを考えると、今でも怖ろしくてなりません」
この話はこれで終りであるが、そのほかにも墓を
発いて種々の不思議に出逢った話はたくさんに言い伝えられている。
近い頃、幾人の盗賊が
蜀の
玄徳の墓をあばきにはいると、内には二人の男が
燈火の下で碁を打っていて、ほかに侍衛の軍人が十余人も武器を持って控えていたので、盗賊どももおどろいて謝まり閉口すると、碁にむかっていた一人が見かえって、おまえ達は酒をのむかと言い、めいめいに一杯の酒を飲ませた上に、玉の腰帯ひとすじずつを呉れたので、盗賊どもは喜んで出て来ると、かれらの口は漆を含んだように閉じられてしまった。帯と思ったのは
巨きい蛇であった。