白帯の人
呉の末に、臨海の人が山に入って
猟をしていた。彼は
木間に粗末の小屋を作って、そこに寝泊まりしていると、ある夜ひとりの男がたずねて来た。男は身のたけ一丈もあるらしく、黄衣をきて白い帯を垂れていた。
「折り入ってお願いがあって参りました」と、かれは言った。「実はわたくしに敵があって、明日ここで戦わなければなりません。どうぞ加勢をねがいます」
「よろしい。その敵は何者です」
「それは自然にわかります。ともかくも明日の
午頃にそこの
渓へ来てください。敵は北から来て、わたくしは南からむかいます。敵は黄の帯を締めています、わたくしは白の帯をしめています」
猟師は承知すると、かの男はよろこんで帰った。そこで、あくる日、約束の時刻に行ってみると、果たして
渓の北方から
風雨のような声がひびいて来て、草も木も皆ざわざわとなびいた。南の方も同様である。やがて北からは黄いろい蛇、南からは白い蛇、いずれも長さ十余
丈、渓の中ほどで行き合って、たがいに絡み合い咬み合って戦ったが、白い方の勢いがやや弱いようにみえた。約束はここだと思って、猟師は黄いろい蛇を目がけて矢を放つと、蛇は見ごとに急所を射られて
斃れた。
夜になると、咋夜の男が又たずねて来て、彼に厚く礼をのべた。
「ここに一年とどまって猟をなされば、きっとたくさんの獲物があります。ただし来年になったらばお帰りなさい。そうして、再びここへ来てはなりません」と、男は堅く念を押して帰った。
なるほど其の後は大いなる獲物があって、一年のあいだに彼は莫大の金儲けをすることが出来た。それでいったんは山を降って、無事に五、六年を送ったが、昔の獲物のことを忘れかねて、あるとき再びかの山中へ猟にゆくと、白い帯の男が又あらわれた。
「あなたは困ったものです」と、彼は
愁うるが如くに言った。「再びここへ来てはならないと、わたくしがあれほど
戒めて置いたのに、それを用いないで又来るとは……。仇の子がもう成長していますから、きっとあなたに復讐するでしょう。それはあなたのみずから求めた禍いで、わたくしの知ったことではありません」
言うかと思うと、彼は消えるように立ち去ったので、猟師は俄かに怖ろしくなって、早々にここを逃げ去ろうとすると、たちまちに黒い
衣をきた者三人、いずれも身のたけ八尺ぐらいで、大きい口をあいて向かって来たので、猟師はその場に
仆れてしまった。
白亀
東晋の
咸康年中に、
予州の
刺史毛宝が
の城を守っていると、その部下の或る軍士が
武昌の
市へ行って、一頭の白い亀を売っているのを見た。亀は長さ四、五
寸、雪のように真っ白で
頗る可愛らしいので、彼はそれを買って帰って
甕のなかに養って置くと、日を経るにしたがって大きくなって、やがて一尺ほどにもなったので、軍士はそれを憐れんで江の中へ放してやった。
それから幾年の後である。
の城は
石季龍の軍に囲まれて破られ、毛宝は予州を捨てて走った。その落城の際に、城中の者の多数は江に飛び込んで死んだ。かの軍士も
鎧を着て、刀を持ったままで江に飛び込むと、なにか大きい石の上に
堕ちたように感じられて、水はその腰のあたりまでしか
達かなかった。
やがて中流まで運び出されてよく視ると、それはさきに放してやった白い亀で、その甲が六、七尺に生長していた。亀はむかしの恩人を載せて、むこうの岸まで送りとどけ、その無事に上陸するのを見て泳ぎ去ったが、中流まで来たときに再び振り返ってその人を見て、しずかに水の底に沈んだ。
髑髏軍
西晋の
永嘉五年、
張栄が
高平の
巡邏主となっていた時に、
曹嶷という賊が乱を起して、近所の地方をあらし廻るので、張は各村の住民に命じて、一種の自警団を組織し、各所に
堡塁を築いてみずから守らせた。
ある夜のことである。山の上に火が起って、
烟りや
火焔が高く舞いあがり、人馬の物音や
甲冑のひびきが
物騒がしくきこえたので、さては賊軍が押し寄せて来たに相違ないと、いずれも俄かに用心した。張はかれらを迎え撃つために、軍士を率いて駈けむかうと、山のあたりに人影はみえず、ただ無数の火の粉が飛んで来て、人の鎧や馬のたてがみに燃えつくので、皆おどろいて逃げ戻った。
あくる朝、再び山へ登ってみると、どこにも火を
焚いたらしい跡はなく、ただ百人あまりの枯れた
髑髏がそこらに散乱しているのみであった。
山
宋(南朝)の
元嘉年間のはじめである。
富陽の人、
王という男が
蟹を捕るために、河のなかへ
※[#「竹/斷」、64-3]を作って置いて、あくる朝それを見にゆくと、長さ二尺ほどの材木が※
[#「竹/斷」、64-3]のなかに横たわっていた。それがために竹は破れて、蟹は一匹もかかっていなかった。
そこで、その材木を岸の上に取って捨て、竹の破れを修繕して帰って来たが、翌日再び行ってみると、かの材木は又もや同じところに横たわっていて、※
[#「竹/斷」、64-6]を破ること前日の如くである。
「これは不思議だ。この林木は何か怪しい物かも知れないぞ、いっそ
焚いてしまえ」
蟹を入れる籠のなかへかの材木を押し込んで、肩に引っかけて帰って来ると、その途中で籠のなかから何かがさがさいう音がきこえるので、王は振り返ってみると、材木はいつの間にか奇怪な物に変っていた。顔は人のごとく、体は
猴の如くで、一本足である。その怪物は王に訴えた。
「わたしは蟹が大好きであるので、実はあなたの竹を破って、その蟹をみんな食ってしまいました。どうぞ勘弁してください。もしわたしを
赦して下されば、きっとあなたに助力して大きい蟹の捕れるようにして上げます。わたしは山の神です」
「どうして勘弁がなるものか」と、王は罵った。「貴様は一度ならず二度までも、おれの漁場をあらした奴だ。山の神でもなんでも容赦はない。罪の報いと諦めて往生しろ」
怪物はどうぞ赦してくれとしきりに掻き
口説いたが、王は頑として応じないので、怪物は最後に言った。
「それでは、あなたの姓名はなんというのですか」
「おれの名をきいてどうするのだ」
「ぜひ教えてください」
「
忌だ、いやだ」
なにを言っても取り合わない。そのうちに彼の家はだんだん近くなったので、怪物は悲しげに言った。
「わたしを赦してもくれず、また自分の姓名を教えてもくれない以上は、もうどうにも仕様がない。わたしもむなしく殺されるばかりだ」
王は自分のうちへ帰って、すぐにその怪物を籠と共に焚いてしまったが、
寂としてなんの声もなかった。土地の人はこのたぐいの怪物を
山と呼んでいるのである。かれらは人の姓名を知ると、不思議にその人を傷つけることが出来ると伝えられている。怪物がしきりに王の姓名を聞こうとしたのも、彼を害して逃がれようとしたものらしい。