兎怪 これも前の琵琶鬼とやや同じような話である。
魏の
黄初年中に或る人が馬に乗って
頓邱のさかいを通ると、暗夜の路ばたに一つの怪しい物が
転がっていた。形は
兎のごとく、両眼は鏡の如く、馬のゆくさきに
跳り狂っているので、進むことが出来ない。その人はおどろき
懼れて遂に馬から転げおちると、怪物は跳りかかって彼を
掴もうとしたので、いよいよ懼れて一旦は気絶した。
やがて正気に戻ると、怪物の姿はもう見えないので、まずほっとして再び馬に乗ってゆくと、五、六里の後に一人の男に出逢った。その男も馬に乗っていた。いい道連れが出来たと喜んで話しながら行くうちに、彼は先刻の怪物のことを話した。
「それは怖ろしい事でした」と、男は言った。「実はわたしも独りあるきはなんだか気味が悪いと思っているところへ、あなたのような道連れが出来たのは仕合わせでした。しかしあなたの馬は
疾く、わたしの馬は遅い方ですから、あとさきになって行きましょう」
彼の馬をさきに立たせ、男の馬があとに続いて、又しばらく話しながら乗ってゆくと、男は重ねてかの怪物の話をはじめた。
「その怪物というのは、どんな形でした」
「兎のような形で、二つの眼が鏡のように
晃っていました」
「では、ちょいと振り返ってごらんなさい」
言われて何心なく振り返ると、かの男はいつの間にか以前の怪物とおなじ形に変じて、前の馬の上へ飛びかかって来たので、彼は馬から転げおちて再び気絶した。
かれの家では、
騎手がいつまでも帰らず、馬ばかりが独り戻って来たのを怪しんで、探しに来てみると右の始末で、彼はようように息をふき返して、再度の怪におびやかされたことを物語った。
宿命
陳仲挙がまだ
立身しない時に、
黄申という人の家に
止宿していた。そのうちに、黄家の妻が出産した。
出産の当時、この家の門を
叩く者があったが、家内の者は混雑にまぎれて知らなかった。
暫くして家の奥から答える者があった。
「客座敷には人がいるから、はいることは出来ないぞ」
門外の者は答えた。
「それでは裏門へまわって行こう」
それぎりで問答の声はやんだ。それからまた暫くして、内の者も裏門へまわって帰って来たらしく、他の一人が
訊いた。
「生まれる子はなんという名で、
幾歳の寿命をあたえることになった」
「名は
奴といって、十五歳までの寿命をあたえることになった」と、前の者が答えた。
「どんな病気で死ぬのだ」
「兵器で死ぬのだ」
その声が終ると共に、あたりは又ひっそりとなった。陳はその問答をぬすみ聴いて奇異の感に打たれた。殊にその夜生まれたのは男の児で、その名を奴と付けられたというのを知るに及んで、いよいよ不思議に感じた。彼はそれとなく黄家の人びとに注意した。
「わたしは
人相を
看ることを学んだが、この子は行くゆく兵器で死ぬ相がある。刀剣は
勿論、すべての刃物を持たせることを慎まなければなりませんぞ」
黄家の父母もおどろいて、その後は用心に用心を加え、その子にはいっさいの刃物を持たせないことにした。そうして、無事に十五歳まで生長させたが、ある日のこと、棚の上に置いた
鑿がその子の頭に落ちて来て、脳をつらぬいて死んだ。
陳は後に
予章の
太守に栄進して、久しぶりで黄家をたずねた時、まずかの子供のことを訊くと、かれは鑿に打たれたというのである。それを聞いて、陳は嘆息した。
「これがまったく宿命というのであろう」
亀の眼
むかし
巣の江水がある日にわかに
漲ったが、ただ一日で又もとの通りになった。そのときに、重量一万
斤ともおぼしき大魚が港口に打ち揚げられて、三日の後に死んだので、土地の者は皆それを割いて食った。
そのなかで、唯ひとりの老女はその魚を食わなかった。その老女の家へ
見識らない老人がたずねて来た。
「あの
魚はわたしの子であるが、不幸にしてこんな
禍いに逢うことになった。この土地の者は皆それを食ったなかで、お前ひとりは食わなかったから、私はおまえに礼をしたい。城の東門前にある石の亀に注意して、もしその眼が赤くなったときは、この城の
陥没する時だと思いなさい」
老人の姿はどこへか
失せてしまった。その以来、老女は毎日かかさずに東門へ行って、石の亀の眼に異状があるか無いかを
検めることにしていたので、ある少年が怪しんでその子細を訊くと、老女は正直にそれを打ち明けた。少年はいたずら者で、そんなら一番あの婆さんをおどかしてやろうと思って、そっとかの亀の眼に朱を塗って置いた。
老女は亀の眼の赤くなっているのに驚いて、早々にこの城内を逃げ出すと、
青衣の童子が途中に待っていて、われは龍の子であるといって、老女を山の高い所へ連れて行った。
それと同時に、城は突然に陥没して一面の
湖となった。
もう一つ、それと同じ話がある。
秦の
始皇の時、
長水県に一種の童謡がはやった。
「
御門に血を見りゃお城が沈む――」
誰が
謡い出したともなしに、この唄がそれからそれへと拡がった。ある老女がそれを気に病んで毎日その城門を
窺いに行くので、門を守っている将校が彼女をおどしてやろうと思って、ひそかに犬の血を城門に塗って置くと、老女はそれを見て、おどろいて遠く逃げ去った。
そのあとへ忽ちに大水が溢れ出て、城は水の底に沈んでしまった。
眉間尺
楚の
干将莫邪は楚王の命をうけて剣を作ったが、三年かかって
漸く出来たので、王はその遅延を怒って彼を殺そうとした。
莫邪の作った剣は
雌雄一対であった。その出来たときに莫邪の妻は懐妊して臨月に近かったので、彼は妻に言い聞かせた。
「わたしの剣の出来あがるのが遅かったので、これを持参すれば王はきっとわたしを殺すに相違ない。おまえがもし男の子を生んだらば、その成長の後に南の山を見ろといえ。石の上に一本の松が生えていて、その石のうしろに
一口の剣が秘めてある」
かれは雌剣一口だけを持って、楚王の宮へ出てゆくと、王は果たして怒った。かつ有名の
相者にその剣を見せると、この剣は雌雄一対あるもので、莫邪は雄剣をかくして雌剣だけを献じたことが判ったので、王はいよいよ怒って直ぐに莫邪を殺した。
莫邪の妻は男の子を生んで、その名を
赤といったが、その眉間が広いので、俗に
眉間尺と呼ばれていた。かれが壮年になった時に、母は父の遺言を話して聞かせたので、眉間尺は家を出て見まわしたが、南の方角に山はなかった。しかし家の前には松の大樹があって、その下に大きい石が横たわっていたので、試みに
斧をもってその石の背を打ち割ると、果たして一口の剣を発見した。父がこの剣をわが子に残したのは、これをもって楚王に復讐せよというのであろうと、眉間尺はその以来、ひそかにその機会を待っていた。
それが楚王にも感じたのか、王はある夜、眉間の一尺ほども広い若者が自分を付け
狙っているという夢をみたので、千金の賞をかけてその若者を捜索させることになった。それを聞いて、眉間尺は身をかくしたが、行くさきもない。彼は山中をさまよって、悲しく歌いながら身の隠れ場所を求めていると、
図らずも一人の
旅客に出逢った。
「おまえさんは若いくせに、何を悲しそうに歌っているのだ」と、かの男は訊いた。
眉間尺は正直に自分の身の上を打ち明けると、男は言った。
「王はおまえの首に千金の賞をかけているそうだから、おまえの首とその剣とをわたしに譲れば、きっと仇を報いてあげるが、どうだ」
「よろしい。お頼み申す」
眉間尺はすぐに我が手でわが首をかき落して、両手に首と剣とを捧げて突っ立っていた。
「たしかに受取った」と、男は言った。「わたしは必ず約束を果たしてみせる」
それを聞いて、眉間尺の死骸は初めて
仆れた。
旅の男はそれから楚王にまみえて、かの首と剣とを献じると、王は大いに喜んだ。
「これは勇士の首であるから、この
儘にして置いては
祟りをなすかも知れません。
湯に入れて煮るがよろしゅうござる」と、男は言った。
王はその言うがままに、眉間尺の首を煮ることにしたが、三日を過ぎても少しも
爛れず、生けるが如くに眼を
瞋らしているので、男はまた言った。
「首はまだ煮え爛れません。あなたが自身に
覗いて卸覧になれば、きっと爛れましょう」
そこで、王はみずから其の湯を覗きに行くと、男は
隙をみてかの剣をぬき放し、まず王の首を
熱湯のなかへ切り落した。つづいて我が首を
刎ねて、これも湯のなかへ落した。眉間尺の首と、楚王の首と、かの男の首と、それが一緒に煮え爛れて、どれが誰だか見分けることが出来なくなったので、三つの首を一つに集めて葬ることにした。
墓は俗に三王の墓と呼ばれて、今も
汝南の北、
宜春県にある。