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水鬼(すいき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-27 9:46:55  点击:  切换到繁體中文


     四

 路ばたの草むらから蛍が一匹とび出して、どこへか消えるように流れて行った。ここらの蛍は大きい。それでも秋の影のうすく痩せているのが寂しくみえるので、僕もなんだか薄暗いような心持で見送っていると、女もその蛍のゆくえをじっと眺めているらしかった。
「なんだか人魂ひとだまのようですね。」と、女は言った。そうして、また歩きながら話しつづけた。「兄からお聞きになっているなら、大抵のことはもう御承知でしょうが、わたくしは今年二十歳はたちですから、あしかけ七年前、わたくしが十四のとしでした。市野さんはこの川へたびたび釣りに来て、その途中わたくしの店へ寄って煙草やマッチなんぞを買って行くことがありました。時々には床几に休んで、梨や真桑瓜まくわうりなんぞを食べて行くこともありました。そのころ市野さんは十九でしたが、わたくしは十四の小娘でまだ色気も何もありゃあしません。唯たびたび逢っているので、自然おたがいが懇意になっていたというだけのことでしたが、ある日のこと、やっぱり今時分でした。市野さんが釣りの帰りにいつもの通りわたくしの店へ寄って、お茶を飲んだり塩煎餅をたべたりした時に、わたくしが何ごころなく傍へ行って、きょうはたくさん釣れましたかと聞くと、市野さんは笑いながら、いや今日は不思議になんにも釣れなかった。この通り魚籠びくからだが、しかしこんなものを取って来たといって、魚籠のなかから何か草のようなものを掴み出してみせたので、わたくしもうっかり覗いてみますと、それは川に浮いている幽霊藻なんです。あなたも御存知でしょう、幽霊藻を……。」
「幽霊藻……。知っています。」と僕は暗いなかでうなずいた。
「あらいやだと思って、わたくしは思わず身をひこうとすると、市野さんは冗談半分でしょう、そら幽霊が取り付くぞと言って、その草をわたくしの胸へ押し込んだのです。暑い時分で、単衣ひとえものの胸をはだけていたので、ぬれている藻がふところに滑り込んで、乳のあたりにぬらりとねばり付くと、わたくしは冷たいのと気味が悪いのとでぞっとしました。市野さんは面白そうに笑っていましたが、悪いたずらにも程があると思って、わたくしは腹が立ってなりませんでした。市野さんが帰ったあとで、わたくしは腹の立つのを通り越して、急に悲しくなって来て、床几に腰をかけたまま涙ぐんでいると、外から帰って来た母が見つけて、どうして泣いている、誰かと喧嘩をしたのかとしきりに訊きましたけれども、わたくしはなんにも言いませんでした。それはまあそれですんでしまったんですが、わたくしはどうも気になってなりません。幽霊藻が女の肌に触れると、きっとその女に祟るということを考えると、おそろしいような悲しいような……。いっそ早くそれを母や兄にでも打明けてしまった方がよかったんでしょうが、それを言うのさえ何だか怖いような気がしたもんですから、誰にも言わないでひとりで考えているだけでした。
 あとでそれを市野さんに話しますと、それはお前の神経のせいだと笑っていましたけれど、その晩わたくしは怖い夢をみたんです。わたくしの寝ている枕もとへ、白い着物をきて紫の袴をはいた美しい官女が坐って、わたくしの寝顔をじっと覗いているので、わたくしは声も出せないほどに怖くなって、一生懸命に蒲団にしがみ付いているかと思うと眼がさめて、くびのまわりから身体じゅうが汗びっしょりになっていました。あくる朝はなんだか頭が重くって、からだがほてるようで、なんとも言えないようないやな気持でしたが、別に寝るほどのことでもないので、やっぱり我慢して店に出ていました。さあ、それからがお話なんです。よく聞いてください。」
 わかい女が幽霊藻の伝説に囚われて、そんな夢におそわれたというのは、不思議のようで不思議でない。むしろ当り前の事かも知れないと、僕は思った。しかしそれからこの事件がどう発展するかということに興味をひかれて、僕も熱心に耳をかたむけていると、女はひと息ついてまた語り出した。
「ところが、どういうわけか知りませんが、きょうに限って市野さんの来るのが待たれるような気がしてならないんです。逢ってきのうの恨みを言おうというわけでもなく、ただ何となしに市野さんが待たれるような気がする。それがなぜだか自分にもよく判らないんですが、なにしろ市野さんが早く来ればいいと思っていると、その日はとうとう見えませんでした。わたくしはなんだからされているような気がして、妙にいらいらして、その晩はおちおち寝付かれなかったもんですから、そのあしたになると、頭がなおさら重いような、そのくせにやっぱりいらいらして、きょうも市野さんの来るのを待っていたんです。すると、その日も市野さんは来てくれないので、わたくしはいよいよ焦れったくなって、いても立ってもいられないような心持になってしまいました。
 今考えると、まったく夢のようです。日が暮れて行水ぎょうずいを使って、夕御飯をたべてしまって、店の先にぼんやり突っ立っているうちに、ふと胸に浮かんだのは、もしや市野さんが夜釣りに来ていやあしないかということで、おととい来たときにどうも近頃は暑いから当分は夜釣りにしようかと言っていたから、もしや今頃出かけて来ているかも知れない。そう思うと糸に引かれたように、わたくしは急にふらふらと歩き出して、川の堤の上まで行ってみると、その晩も今夜のように真っ暗で、たった一人、芒のなかに小さい提灯をつけている夜釣りの人がみえたので、そっと抜足ぬきあしをして近寄ってみると、それはまるで人ちがいのお爺さんなので、わたくしは無暗に腹が立って、いっそ石でもほうり込んで驚かしてやろうかとも思ったくらいでした。
 仕方がないから、またぼんやりと引っ返してくると、堤のなかほどでまたひとつの火がみえました。今度のは巡査が持っているような角燈かくとうで、だんだんに両方が近寄ると、片手にその火を持って、片手は長い釣竿を持っているのは……。たしかに市野さんだと判ったときに、わたくしは夢中で駈けて行って、だしぬけに市野さんに抱きついて、その胸のあたりに顔を押し付けて、子供のようにしくしく泣き出しました。なぜ泣いたのか、それは自分にも判りません。唯なんだか悲しいような気持になったんです。」
「その晩おそくなって、わたくしは家へ帰りました。」と、女は言った。「今頃までどこを遊びあるいていたと、母や兄から叱られましたが、わたくしはなんにも言いませんでした。とても正直に言えることじゃあないからです。それから一日置き、二日おきぐらいに、日が暮れてから川端へ忍んで行きますと、いつでも約束通りに市野さんが来ていました。こうして、たびたび逢っているうちに、母や兄がわたくしの夜遊びをやかましく言い出して、一体どこへ出かけて行くのだと詮議するので、しょせん自分の家にいては思うように逢うことが出来ないから、いっそ何処へか奉公に出ようと思ったんですが、それも母や兄が承知してくれないので、市野さんと相談の上でわたくしはとうとう無断で家を飛び出してしまいました。
 といって、市野さんもまだ親がかりの身の上で、わたくしを引取ってくれるというわけにもいかないのは判り切っていますから、そのときに三十円ばかりのお金を受取ったんですが、世話をしてくれた人の礼金に十円ほど取られて、残りの二十円を市野さんとわたくしとで二つ分けにしました。初めの約束では少なくも月に五、六度ぐらいは逢いに来てくれるはずでしたが、市野さんは大嘘つきで、その後ただの一度も顔をみせないという始末。おまけにその茶屋というのが料理は付けたりで、まるで淫売宿みたいなうちですから、その辛いことお話になりません。ひと思いに死んでしまおうと思ったこともありましたが、やっぱり市野さんに未練があるので、そのうちには来てくれるかと、頼みにもならないことを頼みにして、ともかくもあくる年の三月ごろまで辛抱していると、家の方からは警察へ捜索願いを出したもんですから、とうとうわたくしの居どころが知れてしまって、兄がすぐに奉公先へたずねて来て、わたくしを連れて帰ってくれました。
 それでわたくしも辛い奉公が助かり、恋しい市野さんの家のそばへ帰ることも出来ると思って、一旦はよろこんでいたんですが、帰ってみるとどうでしょう。わたくしのいないあいだに市野さんは自分の家を出て、福岡とかの薬学校へはいってしまったということで、わたくしも実にがっかりしました。そんならせめて郵便の一本もよこして、こうこういうわけで遠方へ行くぐらいのことは知らしてくれてもいいじゃありませんか。ずいぶん薄情な人もあるものだと、わたくしも呆れてしまう程に腹が立ちました。なんぼこっちが小娘だからといって、あんまり人を馬鹿にしていると、ほんとうにくやしくってなりませんでした、ねえ、あなた、無理もないでしょう。」
 少女をもてあそんで、さらにそれをあいまい茶屋へ売り飛ばして、素知らぬ顔で遠いところへ立去ってしまうなどは、まったくしからぬことに相違ない。市野にそんな古疵のあることを僕は今までちっとも知らなかったが、彼の所業に対してこの女が憤慨するのは無理もないと思った。
「市野はそんなことをやったんですか、おどろきましたね。まったく不都合です。」と、僕も同感するように言った。
「わたくしもその時には実にくやしかったんです。けれども、うちへ帰って十日半月と落ち着いているうちにわたくしの気もだんだんに落ち着いて来て、あんな男にだまされたのは自分の浅慮あさはかから起ったことで、今更なんと思っても仕様がない。あんな男のことは思い切って、これから自分の家でおとなしく働きましょうと、すっかり料簡を入れかえて、以前の通りに店の手伝いをしていると、ある晩のことです。わたくしはまた怖い夢をみたんです。
 ちょうど去年の夢と同じように、白い着物をきて紫の袴をはいた官女がわたくしの枕もとへ来て、寝顔をじっとのぞいている。その夢がさめると汗びっしょりになっている。そのあしたは頭が重い。すべて前の時とおなじことで、自分でも不思議なくらいに市野さんが恋しくなりました。一旦思い切った人がどうしてまたそんなに恋しくなったのか、自分にもその理屈は判らないんですが、ただむやみに恋しくなって、もう矢も楯もたまらなくなってとうとう福岡まで市野さんをたずねて行く気になったんです。飛んだ朝顔ですね。そこで、あと先の分別もなしに町の停車場まで駈けつけましたが、さて気がついてみると汽車賃がない。今さら途方にくれてうろうろしていると、そこに居あわせた商人あきんど風の男がわたくしに馴れなれしく声をかけて、いろいろのことを親切そうに訊きますので、苦労はしてもまだ十五のわたくしですから、うっかり相手に釣り込まれて、これから福岡まで行きたいのだが汽車賃をわすれて来たという話をすると、その男はひどく気の毒そうな顔をして、それは定めてお困りだろう。実はわたしも福岡まで行くのだから、一緒に切符を買ってあげようといって、わたくしを汽車に乗せてくれました。
 わたくしは馬鹿ですからいい気になって連れられて行くと、汽車がある停車場に停まって、その男がここで降りるのだという。福岡にしては何だか近過ぎるようだと思いながら、そのまま一緒に汽車を出ると、男は人力車を呼んで来て、わたくしを町はずれの薄暗い料理屋へ連れ込みました。
 去年の覚えがあるので、あっと思いましたがもう仕方がありません。福岡というのは嘘で、福岡まではまだ半分も行かない途中の小さい町で、ここも案の通りのあいまい茶屋でした。おどろいて逃げ出そうとすると、そんなら汽車賃と車代を返して行けという。どうにもこうにも仕様がないので、とうとうまたここで辛い奉公をすることになってしまいました。それでもあんまり辛いので、三月ほど経ってから兄のところへ知らせてやると、兄がまたすぐに迎いに来てくれました。」
 女の話はなかなか長いが、おなじようなことを幾度も繰返すのもうるさいから、かいつまんでその筋道を紹介すると、女は再び故郷の村へ帰って、今度こそは辛抱する気で落ちついていると、また例の官女が枕もとへ出てくる。そうすると無暗に市野が恋しくなる。我慢が仕切れなくなってまた飛び出すと、途中でまた悪い奴に出逢って、暗い魔窟へ投げ込まれる。そういうことがたび重なって、しまいには兄の方でも尋ねて来ない。こっちからも便りをしない。音信不通で幾年を送るあいだに、女は流れ流れて門司の芸妓になった。
 あいまい茶屋の女が、ともかくも芸妓になったのだから、彼女としては幾らか浮かび上がったわけだが、そのうちに彼女は悪い病いにかかった。一種の軽い花柳病だと思っているうちに、だんだんにそれが重ってくるらしいので、抱え主もかれに勧め、彼女自身もそう思って、久しぶりで兄のところへ便りをすると、兄の良次はまた迎いに来てくれた。そうして抱え主も承知の上で、ひとまず実家へ帰って養生することになって、七月の十二日に六年ぶりで故郷に近い停車場に着いた。
 僕とおなじ馬車に乗込んだのはその時のことで、それは前にも言った通りだ。

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