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霊魂第十号の秘密(れいこんだいじゅうごうのひみつ)
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聖者の声
この奇怪なる出来事の間、場内は墓場のようにしずまりかえっていた。 また、治明博士は、この間、目は見え、耳は聞えるが、ふしぎに声が出ず、五体は金しばりになったように、舞台の上の肘かけ椅子の上に密着していて、動くとができなかった。ただ、その間に、博士は天の一角からふしぎな声を聞いた。 「……汝の願いは、今やとげられた。汝の子の肉体から、呪われたる霊魂は追放せられ、汝の子の霊魂がそれにかわって入り、すべて元のとおりになった。これで汝は満足したはずである。さらば……」 その声! その声こそ、聖者アクチニオ四十五世の声にちがいなかった。 「ははあ。かたじけなし」 と治明博士は心の中に感謝を爆発させて、アクチニオ四十五世の名をたたえた。そのときに、高き空間を飛び行く聖者の姿が見えた。聖者は白い衣を長く引き、金色の光に包まれていた。その右側に、やせこけた色の黒い人物がつき従っていた。それは殉教者ロザレにまぎれもなかった。聖者アクチニオ四十五世の左手は、ふわふわとした絹わたのようなものを掴んでぶら下げていた。よく見ると、その絹わたのようなものの中には、二つの眼のようなものが、苦しそうにぐるぐる動いていた。それこそ、永らく隆夫やその両親や友人たちにわずらいをあたえていた所謂霊魂第十号にちがいなかった。 大会堂をゆるがすほどの大拍手が起った。そのさわぎに、治明博士は吾れにかえった。アクチニオ四十五世も、ロザレや霊魂第十号の幻影も、同時にかき消すように消え失せた。 大感激の拍手は、しばらく鳴りやまなかった。来会者の中には、拍手をしながら席を立って舞台の下へ駈けだして来る者もあった。 治明博士は、呆然としていた。 この場の推移を見ていて、どうにもじっとしていられなくなった司会者が、楽屋からとび出して来て、治明博士の前に進んだ。またもや割れるような満場の拍手だった。 「先生。来会者たちは大感激しています。そして、姿を消した聖者レザールをもう一度聖台へ出してほしいと、熱心に申入れて来ます。どうしましょうか。とりあえず、先生はあの壇の前へ行って、立って下さいまし」 司会者は、早口ながら、半ば歎願し、半ば命令するようにいった。 「私が万事心得ています」 治明博士は、ようやく口を開いた。そしてよろよろと立上ると、舞台を歩いて、聖者レザールを座らせてあった壇の方へ行った。そこで博士は、当然のこととして、壇の前に倒れている若い男の身体に行きあたった。博士の靴の先が、その男の身体にふれると、その男はむくむくと起き上った。そして博士の顔を凝視すると、 「おお、お父さん」 と叫んで、治明博士に抱きついた。 博士はふらふらとして倒れそうになったが、やっと踏みこたえた。そして口の中で、アクチニオ四十五世の名をくりかえし、となえた。 「お父さん。ぼくは元の身体に帰ることができましたよ。よろこんで下さい」 「ほんとにお前は元の身体へ帰って来たのか」 「ほんとですとも。よく見て下さい。何でも聞いてみて下さい」 「ほんとらしいね。アクチニオ四十五世にお前も感謝の祈りをささげなさい」 舞台の上で親子が抱きあって、わめいたり涙を流しているので、来会者には何のことだかわけが分らなかったが、やはり感動させられたものと見えて、またもや大拍手が起った。 治明博士は、その拍手を聞くと、身ぶるいして、正面に向き直った。 「来会者の皆さま。私は本日、全く予期せざる心霊現象にぶつかりました。それは信じられないほど神秘であり、またおどろくべき明確なる現象であります。ここに並んで立っています者は、私の伜でありますが、この伜は永い間、自分の肉体を、あやしい霊魂に奪われて居りましたが、さっき皆さんが見ておいでになる前で、伜の霊魂は、元の肉体へ復帰したのであります。こう申しただけでは、何のことかお分りになりますまいが、これから詳しくお話しいたしましょう……」 とて、博士は改めて、隆夫に関する心霊事件の真相について、初めからの話を語り出したのである。 その夜の来会者は、十二分に満足を得て、散会していった。そして誰もが、心霊というものについて、もっともっと真剣に考え、そして本格的な実験を積みかさねていく必要があると痛感したことであった。
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