再びドン助の行方
「おいおい、君は何をしとるのか。こんなところにいると危いじゃないか」
と、蟹寺博士がつかつかと敬二のところへやってきた。
「ああ博士。僕はドン助を探しているのです」
「ドン助? はて、そのドン助というのは、誰のことじゃ」
「ドン助というのは、僕の親友ですよ。コックなんです。すっかり酔払って、ここに積んであった空箱のなかに寝ていたはずなんですがねえ」
「なに、この空箱のなかに寝ていたというのかね」博士は目をぱちくりして「そしてドン助は見つかったかね」
「だから今も云ったとおり、そのドン助を探しているのですよ。ところがどこにも見つからないんです」
「ふむ、そうか」と博士は腕ぐみをして考えていたが、
「これはひょっとすると、たいへんなことになったかもしれないぞ」
「えッ、たいへんとは何です。早くいって下さい」
「実はな、さっき○○獣が、この空箱の山をカリカリ音をさせて喰いあらしたのじゃ。空箱はつぎからつぎへと下へ崩れおちてくる。そこをカリカリカリと○○獣は喰いつづけたのじゃ。ひょっとすると、そのドン助というのは、そのときこの○○獣に喰われてしまったかもしれないよ」
「ええっ、ドン助が○○獣に喰べられてしまいましたか」
それを聞くと、敬二は頭がぼーっとしてきた。人もあろうに、ドン助が○○獣に喰われてしまうなんて、なんということだろう。ドン助は喰われてしまって、どうなったであろうか。
「博士、○○獣に喰べられて、どうなっちまったんでしょうか」
「さあ、そこがどうも分らんので、いま研究中なのじゃ」
敬二は思いついて、博士に○○獣の写真を出してみせた。こいつは博士を興奮させたこと、非常なものであった。
「おお、これじゃ、これじゃ。儂の想像していたとおりじゃった。二つの球体が互いにぐるぐる廻っているのがよく分る。はて、こういうわけなら、○○獣を生擒に出来ないこともないぞ」
「○○獣を生擒にするんですか」
敬二は我をわすれて躍りあがった。○○獣の生擒なんて、いまのいままで考えていなかったことだ。もし生擒にできたなら、○○獣の謎の正体もはっきり分るだろう。
二人が○○獣の生擒の話で夢中になっているとき、二人の傍には、いつ何処から現れたかしらないが、例の黒眼鏡の断髪の外国婦人が忍びよって、そこらに散らかっている雪のように白い木屑を、せっせと掃きあつめてはメリケン粉袋にぎゅうぎゅうつめこんでいた。
陥穽
「おーい! 消防隊」
蟹寺博士は、すこぶる興奮のありさまで、向うに陣をしいている消防隊の方へ駈けだした。そして隊長らしいのをつかまえて、しきりに手真似入りで話をやっているのが見えた。すると消防隊は、にわかに活溌になった。大勢の隊員が、さらに呼びあつめられた。
「一体なにが始まるのかしら」敬二はそれが知りたくて仕方がなかった。それで傍へ近づいていった。
蟹寺博士は、地面に図を描いて、消防隊長に説明をしていた。
「いいかね。このとおりやってくれたまえ」
「ずいぶん大きな穴ですね。もっと人数を増さなきゃ駄目です」
と、隊長の一人がいった。
「要ると思うのなら、すぐ手配をして集めてきたまえ。○○獣の生擒がうまくゆかなければ、この事件の被害はますます大変なことになるのだ。井戸掘機械なりとなんなりと、要ると思うものはすぐ集めてきて、早くこのとおりの穴を掘ってくれたまえ」
蟹寺博士は気が気でないという風に、消防隊を激励した。
その甲斐があってか、まもなく東京ホテルを中心として、その周囲に深い穴がいくつとなく掘られていった。
「博士。こんなに穴をあけてどうするんですか」
「おう、敬二君か。これは陥穽なんだよ。○○獣をこの穴の中におとしこむんだよ」
「へえ、陥穽ですか。なるほど、ホテルの周囲にうんと穴を掘って置けば、どの穴かに○○獣が墜落するというわけなんですね」
「そのとおりそのとおり」
「博士、穴の中に落っこっただけでは駄目じゃありませんか。なぜって、穴の中で○○獣が暴れれば、穴がますます大きくなり、やがて東京市の地底に大穴が出来るだけのことじゃないんですか」
「うん、まあ見ていたまえ。儂の胸にはちゃんと生擒りの手が考えてある」蟹寺博士は、大いに自信のある顔つきであった。
そのうちに穴はどんどん掘りさげられていった。千五百人の人が働いて、五十六の大穴が掘れた。もうあとは、○○獣が外へ出てきて、陥穴におちるばかりであった。蟹寺博士はじめ大勢の見物人は、それがいつ始まるだろうかと、首を長くして○○獣の出てくるのを待ちわびた。
「おお、あそこから○○獣が出てきたっ!」敬二が突然大きな声で叫んで、ホテルの南側の窓下を指した。
女流記者
敬二の指した方を、大勢の人々は見てはっとした。
今やホテルの南側の窓下が、がりがりごりごりと盛んに噛られてゆき、見る見る大きな穴が明いてゆく。
「うわーッ、あれが○○獣だ」
「危いぞ。皆下がれ下がれ」
見物人は顔色をかえて、後へ尻込みをするのだった。
勇敢なのは、蟹寺博士だった。
博士はその前に、前かがみになって、じっと見つめている。
そのとき、敬二少年はドン助の行方が気になるので、しきりにそのあたりを探しまわってたが、何処を探してみてもいない。博士はドン助が木函ごと○○獣に噛られてしまったといったが、始めはそれが冗談と思っていたのに、だんだん冗談ではないことが敬二に分ってきた。
「もし、貴女はなぜその木屑をメリケン袋の中にぎゅうぎゅうつめこんでいるんですか」
と、黒眼鏡の外国婦人に声をかけた。
すると、かの外国婦人は、怒ったような顔を敬二の方に向けると、
「あなた、分りませんか。この木屑の中に、あなたの友達の身体が粉々になってありますのです。おお、可哀そうな人であります。わたくし、こうして置いて、後で手篤く葬ってやります。たいへんたいへん、気の毒な人です。みな、あの○○獣のせいです」
「すると、ドン助は○○獣に殺されて、身体はこの木屑と一緒に粉々になっているというのですか。本当ですか、それは――」
「本当です。わたくし、あなたたちのように嘘つきません」
「僕だって嘘なんかつきやしない」
と、敬二少年は腹を立ててみたが、とにかくもしそれが本当だとすると、この外国婦人は親切なひとだと思われる。
「貴女は一体どういう身分の方なんですか」
と、敬二は彼女に聞きたいと思っていたことを訊ねてみた。
「わたくしはメアリー・クリスという英国人です。タイムスという新聞社の特派員です。この○○獣の事件なかなか面白い、わたくし、本国へ通信をどんどん送っています。いや本国だけではない、世界中へ送っています」
「ははあ、女流新聞記者なのですか」
敬二は始めて合点がいったという顔をした。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 下一页 尾页