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○○獣(まるまるじゅう)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 6:34:01  点击:  切换到繁體中文


   不思議の音響


 敬二少年は、もうすっかり目がえてしまった。寝ていても無駄なことだと思ったので、彼は寝床から起き出して、冷々ひえびえした硝子ガラス窓に近づいた。月はいよいよあきらかに、中天ちゅうてんに光っていた。なぜ月は、あのように薄気味のわるい青い光を出すのだろう、どう考えたって、あれは墓場から抜け出して来たような色だ。さもなければ、爬虫類はちゅうるいの卵のようにも思える。敬二には、今夜の月がいつもとは違った、たいへん気味のわるいものに思えてくるのだった。
 そのときだった。
 ビビビーン。奇妙な音響が敬二の耳をうった。そう大きくない音だが、肉を切るような異様いように鋭い音だった。
「今時分、何の音だろう?」硝子窓の方に耳をちかづけてみると、その窓硝子がビビビーンと鳴っているのだった。
 なぜ窓硝子は鳴るのだろう、彼はこれまでにこの窓硝子の鳴ったのを一度も聞いたことがなかった。だからたいへん不思議なことだった。だが窓硝子はひとりで鳴るはずがない。必ず何処かに、この窓硝子を鳴らすための力がなければならぬ。その力の元は何であろうか。
「はて、何だろう?」敬二は窓越しに、深夜の地上を見やった。どの建物の屋根も壁も窓も、すっかり熟睡しているように見える。怪しき力の元は、どこにも見当らない――と思ったそのとき、ふと敬二の注意をひくものが……。
「おや、あれは何だろう」それはぼうッと、ほの赤い光であった。二百メートルほど先の、東京ビルの横腹を一面に照らしている一大火光いちだいかこうであった。はじめは火事だろうかと思った。火事ならたいへんだ。火は一階から四階の間に拡っているんだから、だが火事ではない。赤い光ではあるが、ぼんやりした薄い色なんだから。
 その大火光は、ときどき息をしていた。ビビビーン、ビビビーンと窓硝子の音が息をするのと同じ度数どすうで、その大火光もパパーッ、パパーッと息をした。だから敬二は、窓硝子の怪音と東京ビルの横腹よこばらを照らす火光とが同じ力の元からでていることを知った。さあ、こうなるとその火光がどうして見えるんだか、早く知りたくなった。
 敬二は、寝衣ねまきを着がえて、早速さっそくあの東京ビルの横にとんでいってみようかと思った。でも、すぐそうするには及ばなかった。というのは、その怪しき大火光の元が分るような、不思議な怪物が、敬二の視界のなかにお目見得したからである。それは丁度、東京ビルの横に、板囲いたがこいをされた広い空地あきちの中であった。そこには黄色くなった雑草がえしげっていて、いつもはスポンジ・ボールの野球をやるのに、近所の小供こども大供おおどもが使っているところだった。その平坦へいたんな草原の中央とおぼしきところの土が、どういうわけか分らないが、敬二の見ている前で、いきなりムクムクと下から持ちあがって来たから、さあ大変! 東京ビルの横腹を染めていた大火光は、その盛りあがった土塊どかいのなかから、照空灯しょうくうとうのようにパッとさし出ているのであった。地面の下からムクムクと頭をもちあげてきたものは、一体何だろう。


   深夜の探険


 敬二はもうじッとして居られなかった。
「――原庭先生のおっしゃったのは、これじゃないかなア。人間の知らない変な生物が、地面の下をもぐって出てきたのではなかろうか。ウン、そうだ。もっと近くへ行って、何が出てくるか、よく見てやろう」もう、敬二はおそふるえてばかりいなかった。何だか訳のわからぬ不思議なことが始まったと気づいた彼は、その怪奇の正体を一秒でも早くつきとめたいと思う心で一杯だった。
 敬二は寝衣ねまきをかなぐりすてると、金釦きんボタンのついた半ズボンの服――それはこの東京ビルの給仕きゅうじとしての制服だった――を素早すばやく着こんだ。そしてつっかけるようにあみあげくついて、階段をころがるように下りていった。彼の右手には、用心のたしにと思って、この夏富士登山をしたとき記念のために買ってきた一本の太い力杖ちからづえが握られていた。敬二が一生懸命にいそいで、例の空地のへいぎわに駈けつけたときには、空地の草原を下からムクムクと動かしていた怪物は、すでに半分以上も地上に姿を現わしていた。敬二はハアハア息をはずませながら、それを塀の節穴ふしあなから認めたのである。
「おおッ。あれは何だろう。――」土をねとばして、ムックリと姿をあらわしたのは、まるで機械水雷きかいすいらいのような大きな鋼鉄製らしい球であった。球の表面は、しきりにキラキラ光っていた。よく見るとそれは怪球の表面がゴムまり毯のようにすべすべしていないで、まるでうろこかさねたように、小さい鉄片らしいものにおおわれ、それが息をするようにピクピク動くと、それに月の光が当ってキラキラひらめくのであった。その怪球はグルグルと、相当の速さで廻っていたが、その上に一つのただよう眼のようなものがあった。それは人間の目と同じに、思う方向へ動くのであった。例の薄赤い火光も、その眼のような穴から出ている光だったのである。
「何だろう。あれは機械なのだろうか。それとも生物なのだろうか」片唾かたずをのんでいた敬二少年は、思わずこうつぶやいた。まった得態えたいのしれない怪球であった。鋼鉄ばりらしく堅く見えるところは機械のようであり、そして蛇の腹のように息をするところは生物のようでもあった。
 さあ、この怪球は、機械か生物か、一体どっちなんだろう?

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