海野十三全集 第12巻 超人間X号 |
三一書房 |
1990(平成2)年8月15日 |
1990(平成2)年8月15日第1版第1刷 |
銀座の焼跡
すばらしき一坪館!
一坪館て何だろうか。
何がそんなにすばらしいのか。
早くそれを御話ししたいのであるが、待って下さいよ、よく考えて見るとやっぱり一坪館のお誕生のところから、このものがたりを始めた方がいいようだ。
さて、その始まりの話であるが、ここは銀座である。ただし、あのにぎやかな銀座の姿はどこにもみられない。みわたすかぎり焼野原である。
灰と瓦と、まだぷすぷすとくすぶっている焼け棒くいの銀座である。あまりにもかわりはてた無残な銀座。じつは、昨夜この銀座は焼夷弾の雨をうけて、たちまち紅蓮の焔でひとなめになめられてしまって、この有様であった。
人通りは、さっぱりない。みんな遠くへ逃げさってしまったのだ。
交番も焼けてしまって、わずかに残ったのは立番所の箱小屋の外がわだけで中にはお巡りさんの姿もない。焼けた電話機の鈴とマグネットが下にころがっている。
そのとき珍らしく、そのあたりにエンジンの音が聞えだしたと思ったら、それがだんだん近づいてこの交番の焼跡の前に停った。それはオート三輪車というもので、前にオートバイがあり、うしろが荷物をのせる箱車になっているあれだ。
前にまたがって運転をしているのは一六、七歳の少年で風よけ眼鏡をつけている。頬ぺたはまっ黒。少年の右腕は、三角巾でぐるぐるしばり、上に血がにじんでいる。
「矢口家のおかみさん。交番もこの通り焼けていますよ。お宅はこの横丁だが、入ってみますか」
少年は元気な声で、うしろをふりかえった。箱車の上に、蒲団を何枚も重ね、その上に防空頭巾をかぶって、箱にしがみついている老婦人があった。
「ああ、入ってみておくれな、源ちゃん。せっかくここまで来たんだもの、せめて焼灰でもみておかないと、わたしゃ御先祖さまに申しわけないからね」
「ええ、ようがす。おかみさん、上から電線がたれていますから、頭をさげて下さい」
「あいよ、わたしゃ大丈夫だよ。源ちゃん、お前気をおつけよ」
車は、交番跡から銀座横丁へすべりこんだ。そしてすぐ停った。そこはすぐ裏通りの四つ辻だった。
「おかみさん、そこがお宅のあとですよ」
「まあ、きれいさっぱり焼けたこと」
声は元気だったが、老婦人の小さな目にきらりと涙が光った。
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