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一坪館(ひとつぼかん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-26 6:20:50  点击:  切换到繁體中文

底本: 海野十三全集 第12巻 超人間X号
出版社: 三一書房
初版発行日: 1990(平成2)年8月15日
入力に使用: 1990(平成2)年8月15日第1版第1刷

 

 銀座の焼跡やけあと


 すばらしき一坪館ひとつぼかん
 一坪館て何だろうか。
 何がそんなにすばらしいのか。
 早くそれを御話ししたいのであるが、待って下さいよ、よく考えて見るとやっぱり一坪館のお誕生のところから、このものがたりを始めた方がいいようだ。
 さて、その始まりの話であるが、ここは銀座である。ただし、あのにぎやかな銀座の姿はどこにもみられない。みわたすかぎり焼野原やけのはらである。
 灰と瓦と、まだぷすぷすとくすぶっている焼け棒くいの銀座である。あまりにもかわりはてた無残むざんな銀座。じつは、昨夜この銀座は焼夷弾しょういだんの雨をうけて、たちまち紅蓮ぐれんほのおでひとなめになめられてしまって、この有様であった。
 人通りは、さっぱりない。みんな遠くへ逃げさってしまったのだ。
 交番も焼けてしまって、わずかに残ったのは立番所の箱小屋の外がわだけで中にはおまわりさんの姿もない。焼けた電話機の鈴とマグネットが下にころがっている。
 そのとき珍らしく、そのあたりにエンジンの音が聞えだしたと思ったら、それがだんだん近づいてこの交番の焼跡やけあとの前に停った。それはオート三輪車というもので、前にオートバイがあり、うしろが荷物をのせる箱車になっているあれだ。
 前にまたがって運転をしているのは一六、七歳の少年で風よけ眼鏡をつけている。ほっぺたはまっ黒。少年の右腕は、三角巾さんかくきんでぐるぐるしばり、上に血がにじんでいる。
矢口家やぐちやのおかみさん。交番もこの通り焼けていますよ。お宅はこの横丁よこちょうだが、入ってみますか」
 少年は元気な声で、うしろをふりかえった。箱車の上に、蒲団ふとんを何枚も重ね、その上に防空頭巾をかぶって、箱にしがみついている老婦人があった。
「ああ、入ってみておくれな、げんちゃん。せっかくここまで来たんだもの、せめて焼灰やけはいでもみておかないと、わたしゃ御先祖ごせんぞさまに申しわけないからね」
「ええ、ようがす。おかみさん、上から電線がたれていますから、頭をさげて下さい」
「あいよ、わたしゃ大丈夫だよ。源ちゃん、お前気をおつけよ」
 車は、交番跡から銀座横丁へすべりこんだ。そしてすぐ停った。そこはすぐ裏通りの四つ辻だった。
「おかみさん、そこがお宅のあとですよ」
「まあ、きれいさっぱり焼けたこと」
 声は元気だったが、老婦人の小さな目にきらりと涙が光った。

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