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金博士秘蔵の潜水軍艦弩竜号の客員となって、中国大陸の某所を離れたのは、それから、約一ヶ月の後だった。
もちろんロッセ氏も、共に博士の客であった。
弩竜号は、おどろくべき精鋭なる武装船であった。総トン数は、一万トンに近かったが、潜水も出来るし、浮かべばちょっとした貨物船に見えた。弩竜号に関しては、ぜひ報告したい驚異がいろいろあるが、本件の筋にはあまり関係がないから、ここには記さない。
弩竜号は、大陸を離れて五日目には、灼熱の印度洋に抜けていた。その日のうちに、セイロン島の南方二百浬のところを通過し、翌六日には、早やアラビア海に入っていた。
「ソコトラ島とクリアムリア群島との、丁度中間のところへ浮き上るつもりです」
と、金博士が、地図の上を指でおさえながらいった。
「博士、もっと、例の反重力弾のことについて、話をしていただきましょう」
「ああ、あなた方を愕かしたあのものをいう、のろのろ砲弾のからくりのことかね。印度洋へ入ったら、いう約束だったから、それでは話をしようかね。からくりをぶちまければ、他愛もないことなのさ。砲弾が、ものをいったのは、砲弾の中に、小型の受信機がついていて、わしの声を放送したんだ」
「それは、もう分っています。それよりも、なぜ、あのように低速で飛ぶのですか。落ちそうで、一向落ちないのが、ふしぎだ」
「それは、大したからくりではない。重力を打消す仕掛が、あの砲弾の中にあるのだ。これはわしの発明ではなく、もう十年も前になるが、アメリカの学者が、ピエゾ水晶片を振動させて、油の中に超音波を伝えたのだ。すると重力が打消され、油の中に放りこんだ金属の棒が、いつまでたっても、下に沈んでこないのであった。その話は、知っているだろう」
「ええ、その話なら、知っています」
「そのアメリカ人の着想に基いて、わしが低速砲弾に応用したんだ。つまり、砲弾の中に、それと似た重力打消装置がある。もし重力を完全に打消すことができたら、砲弾は、地球と同じ速さで、地球の廻転と反対の方向に飛び去るわけだが、それはわかるだろう」
「なるほど、なるほど」
と、私も前へのり出した。
「しかし、重力をそれほど完全に打消さず、或る程度打消せば、それに相当した速度が得られる。低速砲弾においては、ほんのわずか重力をうち消してあるばかりだ。それでも、途中で地面に落ちるようなことはない」
「それはいいが、砲弾の飛ぶ方向は、どうするのですか」
ロッセ氏が、息をはずませて訊く。
「それは飛行機や艦船と同じだ。舵というか帆というか、そんなものをつけて置けば、いいのだ。操縦は遠くから電波でやってもいいし、砲弾の中に、時計仕掛の運動制御器をつけておいてもいい。――それはまあ大したことがないが、わしの自慢したいのは、この砲弾は、はじめに目標を示したら、その目標がどっちへ曲ろうが、どこまでもその目標を追いかけていくことだ。だから、百発百中だ」
「ほう、おどろきましたな。目標を必ず追いかけて、外さないなんて、そんなことが出来ますか」
「くわしいことは、ちょっといえないが、軍艦でも人間でも、目標物には特殊な固有振動数というものがあって、これは皆違っている。最初にそれを測っておいて、それから砲弾の方を合わせて置けば、砲弾は、どこまでも、目標を追いかける。先夜、あなたがたを追いかけていったのも、その仕掛けのせいだ。尤も、君たちに会えば、用がないから、わしのところへ戻ってくるように調整しておいたのだ。これはわしの自慢にしているからくりじゃ」
「なるほど。そんなことになりますかな」
と、感心しているとき、監視部から電話がかかってきた。敵艦隊が遂に現れたというのである。博士は、すぐさま弩竜号に、浮揚を命じた。
「二百発の低速砲弾を、敵の四隻の巡洋戦艦に集中する。一艦につき五十発ずつだ。五十発の命中弾をくらえば、どんな甲鈑でも、蜂の巣になるじゃろう。しかも、第一発が命中した個所を、次の第二弾が又同じ個所を狙って命中するのだから、まるで、錐でボール紙の函に穴をあけるようなものじゃ。まあ、見ていたまえ」
博士は、テレビジョンの映幕を見ながら、八門の四十センチ砲の射撃を命じたのであった。二百発の砲弾は、まるでいたずら小僧の群を襲う熊蜂の群のように、敵艦にとびついていったが、まことにふしぎな、そして奇怪な光景であった。それから十五分ほどたって、四隻がてんでに舷側から火をふきながら、仲よく揃って、ぶくぶくと波間に沈み去ったその壮観たるや、とても私の筆紙に尽し得るものではなかった。
ロッセ氏は、映幕の前に、金博士の手を握り、子供のように慟哭した。余程嬉しかったものと見える。無理もない、それは確実に、印度民族奮起の輝かしき序幕を闘いとったことになるのであったから。
しかしその日の新聞電報は、地中海から廻航中の英艦隊が、例によってドイツ潜水艦のため、多少の損傷を蒙ったとだけ報ぜられ、四隻とも即時撃沈されたことにも、また金博士の弩竜号が活躍したことについても、全然触れていなかったのは、どうしたわけか、私には一向分らないところである。
●表記について
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