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のろのろ砲弾の驚異(のろのろほうだんのきょうい)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 15:55:05  点击:  切换到繁體中文


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 金博士秘蔵ひぞうの潜水軍艦弩竜号どりゅうごう客員きゃくいんとなって、中国大陸の某所ぼうしょを離れたのは、それから、約一ヶ月の後だった。
 もちろんロッセ氏も、共に博士の客であった。
 弩竜号は、おどろくべき精鋭せいえいなる武装船ぶそうせんであった。総トン数は、一万トンに近かったが、潜水も出来るし、浮かべばちょっとした貨物船に見えた。弩竜号に関しては、ぜひ報告したい驚異がいろいろあるが、本件の筋にはあまり関係がないから、ここには記さない。
 弩竜号は、大陸を離れて五日目には、灼熱しゃくねつ印度洋インドように抜けていた。その日のうちに、セイロン島の南方二百カイリのところを通過し、翌六日には、早やアラビア海に入っていた。
「ソコトラ島とクリアムリア群島との、丁度ちょうど中間ちゅうかんのところへ浮き上るつもりです」
 と、金博士が、地図の上を指でおさえながらいった。
「博士、もっと、例の反重力弾はんじゅうりょくだんのことについて、話をしていただきましょう」
「ああ、あなた方を愕かしたあのものをいう、のろのろ砲弾のからくりのことかね。印度洋へ入ったら、いう約束だったから、それでは話をしようかね。からくりをぶちまければ、他愛たあいもないことなのさ。砲弾が、ものをいったのは、砲弾の中に、小型の受信機じゅしんきがついていて、わしの声を放送したんだ」
「それは、もう分っています。それよりも、なぜ、あのように低速で飛ぶのですか。落ちそうで、一向いっこう落ちないのが、ふしぎだ」
「それは、大したからくりではない。重力を打消うちけ仕掛しかけが、あの砲弾の中にあるのだ。これはわしの発明ではなく、もう十年も前になるが、アメリカの学者が、ピエゾ水晶片すいしょうへんを振動させて、油の中に超音波ちょうおんぱを伝えたのだ。すると重力が打消され、油の中に放りこんだ金属の棒が、いつまでたっても、下に沈んでこないのであった。その話は、知っているだろう」
「ええ、その話なら、知っています」
「そのアメリカ人の着想ちゃくそうもとづいて、わしが低速砲弾に応用したんだ。つまり、砲弾の中に、それと似た重力打消装置じゅうりょくうちけしそうちがある。もし重力を完全に打消すことができたら、砲弾は、地球と同じ速さで、地球の廻転と反対の方向に飛び去るわけだが、それはわかるだろう」
「なるほど、なるほど」
 と、私も前へのり出した。
「しかし、重力をそれほど完全に打消さず、或る程度打消せば、それに相当した速度が得られる。低速砲弾においては、ほんのわずか重力をうち消してあるばかりだ。それでも、途中で地面に落ちるようなことはない」
「それはいいが、砲弾の飛ぶ方向は、どうするのですか」
 ロッセ氏が、息をはずませてく。
「それは飛行機や艦船かんせんと同じだ。かじというか帆というか、そんなものをつけて置けば、いいのだ。操縦は遠くから電波でやってもいいし、砲弾の中に、時計仕掛とけいじかけ運動制御器うんどうせいぎょきをつけておいてもいい。――それはまあ大したことがないが、わしの自慢したいのは、この砲弾は、はじめに目標を示したら、その目標がどっちへ曲ろうが、どこまでもその目標を追いかけていくことだ。だから、百発百中だ」
「ほう、おどろきましたな。目標を必ず追いかけて、はずさないなんて、そんなことが出来ますか」
「くわしいことは、ちょっといえないが、軍艦でも人間でも、目標物には特殊な固有振動数こゆうしんどうすうというものがあって、これは皆違っている。最初にそれをはかっておいて、それから砲弾の方を合わせて置けば、砲弾は、どこまでも、目標を追いかける。先夜せんや、あなたがたを追いかけていったのも、その仕掛けのせいだ。もっとも、君たちに会えば、用がないから、わしのところへ戻ってくるように調整しておいたのだ。これはわしの自慢にしているからくりじゃ」
「なるほど。そんなことになりますかな」
 と、感心しているとき、監視部かんしぶから電話がかかってきた。敵艦隊が遂に現れたというのである。博士は、すぐさま弩竜号に、浮揚ふようを命じた。
「二百発の低速砲弾を、敵の四せき巡洋戦艦じゅんようせんかんに集中する。一艦につき五十発ずつだ。五十発の命中弾をくらえば、どんな甲鈑かんぱんでも、はちの巣になるじゃろう。しかも、第一発が命中した個所かしょを、次の第二弾が又同じ個所をねらって命中するのだから、まるで、きりでボール紙の函に穴をあけるようなものじゃ。まあ、見ていたまえ」
 博士は、テレビジョンの映幕スクリーンを見ながら、八もんの四十センチ砲の射撃を命じたのであった。二百発の砲弾は、まるでいたずら小僧こぞうむれを襲う熊蜂くまばちの群のように、敵艦にとびついていったが、まことにふしぎな、そして奇怪な光景であった。それから十五分ほどたって、四隻がてんでに舷側げんそくから火をふきながら、仲よく揃って、ぶくぶくと波間なみまに沈み去ったその壮観そうかんたるや、とても私の筆紙ひっしつくし得るものではなかった。
 ロッセ氏は、映幕スクリーンの前に、金博士の手を握り、子供のように慟哭どうこくした。余程よほどうれしかったものと見える。無理もない、それは確実に、印度民族奮起ふんきの輝かしき序幕を闘いとったことになるのであったから。
 しかしその日の新聞電報は、地中海から廻航中かいこうちゅうの英艦隊が、例によってドイツ潜水艦のため、多少の損傷そんしょうこうむったとだけ報ぜられ、四隻とも即時そくじ撃沈げきちんされたことにも、また金博士の弩竜号が活躍したことについても、全然れていなかったのは、どうしたわけか、私には一向分らないところである。





底本:「海野十三全集 第10巻」三一書房
   1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1941(昭和16)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:まや
2005年5月15日作成
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