火の海
とつぜん、眼がくらくらするような大閃光が起った。
つづいて大地は、地震のごとく揺らいだ。どどどッと、つづけさまの大爆音だった。それまでは、闇の中に沈んでいた第一岬要塞の附近は、まるで白昼のように明るくなり、何十条ともしれない大火柱が、すさまじい音響をたててたてつづけに立ちのぼった。
「あっ、空襲だ!」
カモシカ中尉は、塹壕の中へ吹きとばされながら、ようやく事態を悟った。
鎧を着ていなかったら、彼は、コンクリートの塹壕に叩きつけられ、早速死んだことだろう。
暗い夜空から降ってきた爆弾の総量は、すくなくとも百四、五十トンはあったであろうと、中尉は生死の間にも沈着に見当をつけた。全く、ものすごい爆弾投下であった。
爆撃は、たった四、五分で終了した。
火柱も閃光も、ともに消え去ったが、あちらこちらから、濛々たる火煙が起った。重油やガソリンが燃えだしたのである。
中尉が、塹壕の中で起き上ろうとしていたとき、上からするすると、すべり降りてきた者があった。
「ああ、カモシカ中尉どのですね」
そういったのは、鎧に描いたマークで、それと知れる一等下士だった。彼は、隊中で一等元気な、そしてよく訓練せられた軍人であった。
「おお、モグラ下士か、どうした、お前は」
「はい、今、落ちてきたのはロケット爆弾だということを知りました。それで、そのことを本営へ報告しようと思うのですが、通信兵が見つかりません」
「通信兵なら、さっきまで、おれの傍にいたんだが……」
と、燃えあがる火光をたよりに、あたりを見廻したが、通信兵の姿は、見えなかった。
「中尉どの、仕方がありませんから私が連絡所まで行ってまいります」
「よし、行ってこい」
と、カモシカ中尉は、言下にいったが、
「おい、ちょっと待て、今のがロケット爆弾だということを、お前はどうして知ったのか」
「いや、それは、ちゃんとこの眼で、見たんです。あそこへいけば、まだ残っているはずですが、後の方になって、眼の前へどーんと一つ落ちてきた奴が、不発弾でしてね、トーチカの斜面を、ごろごろと転がりおちてきましたよ。それではっきり見たんです。なにしろ、あの奇妙な形ですから、ははあロケット爆弾だなと、すぐ気がつきました」
「ふん、じゃあ、たしかだな」
「たしかもたしかも、大たしかです。しかし、いくら敵の爆弾にしろ、不発弾があるなんて、みっともないですね」
「ばかをいえ。不発弾でなかったら、お前の生命は、とっくの昔になくなっているわけじゃないか。不発弾であったのが、どのくらい倖だか、わかりゃしない」
「そういえば、そうですな。とにかく、この上に、まだ転がっていますから、なんならちょっとごらんなすって。私は、すぐ連絡所へ一走りいってまいります」
そういって、モグラ軍曹は、そのまま匐うようにして、塹壕の中を向うへいってしまった。
その後で、カモシカ中尉は、よろよろと立ち上った。そして痛む脚を引き摺ながら、塹壕の斜面についた階段を、くるしそうに登っていった。
トーチカの真下のところには、味方の兵士の屍が、累々と転がっていた。よくまあ、こうも一遍にやられたものだと、感心させられた。そのあたりは、墓場そのものであった。生きている兵士などは、只の一人も見当らなかった。中尉自身が生命をとりとめたことは奇蹟としか思えない。
中尉は、溜息をつきながら、屍のうえを匐っていった。モグラ下士のいったロケット爆弾を一眼見たいと思ったからであった。
くの字形になったベトンの角を一つ曲ると、次の塹壕の突きあたりのところに、なるほどモグラ下士のいったロケット爆弾らしいものが、緑色の巨体を横たえていた。
「ははあ、あれだな」
と、中尉が、その方に向って、また匐い出そうとしたとき、そのロケット爆弾が、ほんのすこしであったが、ごろんと動いたようであった。
「おやッ」
中尉は、思わず足をとめて、その場にがばと伏せをした。
なぜだろう。そのロケット爆弾が、動いたのは?
すると、爆弾の胴中に、ぽこんと四角な穴が明いた。そして、その穴の中から、潜水服のようなものを着た怪人物が姿をあらわし、爆弾から立ち出でると、のっそりと戦友の屍を踏まえて、突っ立った。
これを見たカモシカ中尉の愕きは、なににたとえたらいいか、とにかくびっくりして、心臓の鼓動が、ぴたりと停ってしまった。
偵察
緑色のロケット爆弾の巨体から、のっそりと立ち現われた怪人物は、一人ではなかった。
カモシカ中尉とモグラ一等下士とのおどろきを尻目に、不発爆弾の中から出てくるは出てくるは、あとからあとへと立ち現われて、しまいには、かれこれ十四五人の頭数になった。いずれも、その全身が蛍のような光を放っていて、気味がわるくてならない。
一等はじめに出てきた怪人が、どうやら、この一隊の怪物の隊長らしく、しきりに青く光る腕をうごかして、なにやら命令をつたえているらしい。が、なにを命令しているものやら、さっぱり分らない。その隊長らしい怪人だけは、胸のところの三本の光の縞が、ネオン灯のように、赤く光っていた。
カモシカ中尉は、塹壕の斜面に、伏せをしたまま化石のようになっていたが、やっと気をとりなおし、やはり傍に伏せをしているモグラ一等下士を、防毒衣のうえから叩いて、(おい、こっちへ寄ってこい)
と、合図をした。
モグラ下士は、その合図を諒解して、相手の怪人たちに知られないように、おそるおそる、中尉の方へ匐っていった。
「なに、御用ですか、中尉どの」
と、防毒面に装置されているマイクによって低い声でいった。
「おう、モグラ下士。もっと低い声で喋れ。相手は、おれたちを死骸だと思っているんだぞ。生きていると知られりゃ、ことだ。なるべく小さい声でしろ」
カモシカ中尉は、極度に、注意ぶかく、部下をたしなめた。
「は、はい」
「ふん、まだ声が大きいぞ」と、中尉は、下士の手をぎゅうと引張った。
「中尉どの。わしのマイクの調整釦が、変になっていて、これ以上、小さい声が出ないのであります。もう喋るのを、よして、退却しましょうか」
「こら、にげちゃいかん。もっと、こっちへよれ」
と、カモシカ中尉は、モグラ下士を、一層傍へひきよせ、
「おい、見たか、あれを」
「見ました。あの潜水夫の幽霊隊みたいな奴どものことでしょう」
「彼奴らは、一体、何者じゃろうか」
「ゆ、幽霊じゃないのですかなあ。第一岬の沖合で、外国船がたくさん沈没していますが、その船員どもの幽的ではないでしょうか」
「ばかなことをいうな。彼奴らは、ちゃんとしっかりした足どりで歩いている。幽霊なら、もっと、ゆっくり歩くはずだ」
「そうです、そうです。自分もいつか、芝居で見ました」
「くだらんことをいうな。ところで、われわれが今見ている敵情を、至急司令部へ報告しなければならないが、附近に、通信兵はいないか」
「見えませんねえ。警笛を鳴らしてみましょうか」
「ばかな。そんなことをすれば、あの怪物どもに、すぐ感付かれてしまう。仕方がない、お前の携帯用無電機を使って、秘密電話を司令部へ打て」
「はあ、司令部へ打電しますか。救援隊は、どのくらい、こっちへ急派してもらえばいいでしょうか」
「救援部隊などを請求しろとは、おれはまだいわんぞ。要するにわれわれが今見ている敵情をなるべく詳しく、要領よく、至急司令部へ打電しろ」
「はあ。わかりました」
そこで、モグラ下士は、腹匐ったまま、背中にとりつけてある小さい無電機のスイッチを入れた。すると、彼の耳朶のうしろに貼りつけてある顕微検音器が、低くぶーんと呻りだして、秘密電波が、彼の無電機から流れだしたことを知らせた。
モグラ下士は、指先をこまかく働かせながら、しきりに司令部を呼びつづけた。
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