覆面の敵
キンギン国の心臓にも譬ていいマイカ大要塞を望んで、怪しい敵の空襲部隊は、悠々と地上に舞下った。
その頃になって、キンギン国の防空砲火が、実は敵機に対し、何の損害も与えていないことが、はっきりした。まるで、防弾衣を着た敵兵に、ピストルの弾を、どんどん浴びせかけたようなものである。下から打ち上げた高射砲弾は、奇怪にもすべて敵の超重爆撃機の機体から跳ねかえされていたのであった。後で分ったことであるが、敵機にはいずれも強磁力を利用した鉄材反発装置というものが備えてあって、地上から舞上るキンギン国側の砲弾は、機体に近づくとすべて反発されてしまったのである。そうとは知らないラック大将以下は、ただ不思議なことだと、首をひねるばかりであった。
そのうちに、只一本、貴重な報告が入ってきた。それは、伝書鳩が持ってきたものだった。その報告文には、次のような文句があった。
“――本日十六時、本監視哨船の前方一哩のところに於て、海面に波立つや、突然海面下より大型潜水艦とおぼしき艦艇現われ艦首を波上より高く空に向けたと見たる刹那、該艦の両舷より、するすると金色の翼が伸び、瞬時にして爆音を発すると共に、空中に舞上りたり。その姿を、改めて望めば、それは既に潜水艦にあらで、超重爆撃機なり。潜水飛行艦と称すべきものと思わる。司令機と思わるる一機に引続き、海面より新に飛び出したる潜水飛行艦隊の数は、凡そ百六、七十台に及べり。本船は、これを無電にて、至急報告せんとせるも、空電俄に増加し本部との連絡不可能につき、已むなく鳩便を以て報告す”
潜水飛行艦隊!
ラック大将以下は、このおどろくべき報告に接して、さっと顔色をかえた。
この報告により、ラック大将の謎とした事情はようやく分りかけたのであった。
キンギン国の遠征潜水艦隊が途中において爆破撃沈されてのち、反って、敵の潜水艦隊数百隻が、キンギン国の領海に向けて攻めこんできたが、この潜水艦こそ、只の潜水艦ではなかったのだ。実は、おそるべき性能をもった潜水飛行艦だったのである。
監視哨からの無電報告が、一つとして、本部に届かなかったのは、鳩便がつたえてきたとおり敵軍が無電通信を妨害するため空中擾乱を起す電波を発明したのにちがいない。
ラック大将は、もうその場に居たたまらないという風に、椅子から立ち上った。
「こう易々と、敵軍のため、自国領土内へ侵入されるなんて、予想もしなかったことだ。わがスパイ局の連中は、一体なにをしていたのだろう。アカグマ国に、こうした優秀な艦艇がありそしてわがキンギン国へ攻めこむほどの積極作戦があるとは、これまでに一度も報告に接していない。全く、皆、なっていない!」
このとき、一人の参謀が、大将の前に、すすみ出て、
「閣下。監視哨からの電話報告が入りました。敵機は、いよいよ着陸を始めたそうであります。その地点は、八四二区です。その真下には、このマイカ大要塞の発電所があるのですが、敵は、それを考えに入れているのであるかどうか、判明しませんが、とにかく気がかりでなりません」
「なに、八四二区か。ふむ、それは本当に油断がならないぞ。敵機が着陸したら、直に毒瓦斯部隊で取り囲んで、敵を殲滅してしまえ」
「は」
ラック大将の命令一下、マイカ防衛兵団は、全力をあげて、かの大胆な侵入部隊に立ち向った。
毒瓦斯部隊が、もちろん先頭に出て、盛んに瓦斯弾を、敵のまわりに撃ちこんだ。また飛行機を飛ばして、空中からも、靡爛瓦斯を撒き散らした。こうすることによって、まるで、なめくじの上に、塩の山を築いたようなもので、敵は全く進退谷まり、そしてあと四、五分のうちに殲滅されてしまうものと思われ、キンギン国軍は、やっと愁眉をひらいたのであった。
ラック大将は、その後の快報を、待ち佗ていた。もう快報の到着する頃であると思うのに、前線からは、何の便りもなかった。大将は、一旦捨てた心配を、またまた取り戻さねばならぬようなこととなった。
それから間もなく、前線からは、戦況報告が入ってきた。待ちに待った報告であった。だがその報告の内容は、キンギン国にとって、あまり香しいものではなかった。
“――敵兵は、毒瓦斯に包まれつつ、平然として、陣地構築らしきことを継続しつつあり。尚敵兵は、いずれも堅固なる甲冑を着て居って、何れの国籍の兵なるや、判断しがたし”
「甲冑を着して居って、国籍不明? ふーむ、これは奇怪千万!」
ラック大将は、呻った。
大団円
潜水飛行艦隊は、キンギン国都マイカ市上の八四二区の地上に集結して、盛んに機械を組立てていた。
その機械というのは、ばらばらの部分に分けて、各艦が積んでいたもので今それを一つに組立てているのであった。見る見るうちに、それは大きな発電機のような形になっていった。
そこに立ち働いている兵士たちの姿をみれば、甲胃を着ているという報告があったとおり、いずれも重い深海の潜水服のようなものを着ていた。それは、アカグマ国の第一岬要塞へ攻めこんだあの謎の部隊と、全く同一の服装をしていたのである。
そういえば、彼等の乗って来た潜水飛行艦の胴には、骸骨のマークがついている。それは、第一岬要塞の戦闘がすんで、アカグマ国軍が敗退したとき要塞の上高く掲げられた敵軍の旗と同じマークのものであった。
一体この不思議なる軍隊は、何国に属しているのであろうか。
彼等は、毒瓦斯たちこめる原頭に立って、いささかもひるむところなく、例の大きな機械の組立を急いだ。
その機械は、間もなく組立てられ終ったものの如くであった。何が始まるか、この機械によって?
そのとき、きーんと高い音をたてて、機械の軸が廻りだした。その軸は、見る見るうちに地中深く伸びていった。この真下には、マイカ地下大要塞の心臓に相当する大発電所があるのであった。その発電所目懸けて、この怪しい長軸は、ぐんぐん伸びていくのであった。
ラック大将が、このおどろくべき事態に気がついたときは、例の長軸は、発電所の天井を、もう一息で刺し貫きそうなところまで迫っていたのである。
「た、たいへん。マイカ大要塞の、あらゆる動力が停止するぞ。交通も通信も換気も、戦闘も一切が停っちまうぞ! こんな莫迦げた話があるだろうか」
ラック大将は、恥も外聞も忘れて、大声で怒鳴りつつ部屋中を歩きまわった。
「そうだ、媾話だ。媾話を提議しろ。降服でもいいぞ、相手が承知をしないなら……。とにかく、ここで、発電所をやられてしまったら、たいへんだ。マイカ大要塞が、博覧会の見世物同然に落ちてしまうんだ。そうなると、太青洋の覇王どころのさわぎではない。キンギン国は四等国に下ってしまうぞ」
ラック大将は、自分の一存で、かの骸骨旗軍に、降服を申出でた。
すると、敵の司令官から、返書が来て“われは、貴軍の降服申出に応ずるであろう。依ってマイカ要塞の心臓は、只今より当方が監視するから、直に貴軍の兵員を、発電所より去らしめられたい”
と、本文が終って、そのうしろに、司令官の署名があった。その署名を一目見たラック大将は、あっと声をあげたまま、愕きのあまり、床に尻餠をついてしまったのであった。
その署名というのは!
“イネ建国軍キンギン派遣隊司令官カチグリ大佐!”
イネ建国軍! いつの間に、そんなものが出来たのであろうか。アカグマ国に亡ぼされた筈のイネ国軍がどこにどう、再起をはかっていたのであろうか。
その謎は、やがて解た。
イネ帝国が亡びると同時に、国軍の一部は、悲憤の涙をのんで、数隻の潜水艦に乗って、太青洋に彷徨い出たのであった。
その潜水艦は、太青洋の某無人島にある潜水艦根拠地に一旦落ちついたのであった。
それから後、この悲憤の戦士たちは、非常な欠乏に耐えつつも、心を一に合して、遠大なるイネ帝国の再建にとりかかったのであった。
彼等戦士の中には、軍人もあれば、国宝的技術者もいた。その合作によって三十年後の今日彼等はついに一大潜水飛行艦隊を持つことに成功したのであった。そして丁度二、〇〇〇年を迎えて、敢然立って、太青洋の制覇と、イネ帝国再建の戦を起したというわけだった。
三十年後の今日、彼等の根拠地は、もはや一無人島ではなかった。太青洋の丁度真ん中に近いひろびろとした海底の下に、どこからも窺うことの出来ない海底国があるが、これが今日のイネ帝国の首都であり、また軍事根拠地であった。
二つの遠征軍が編制された。その一つは、先に、アカグマ国イネ州と名づけられた元の祖国領地へ攻め入って、まず第一岬要塞を占領して旗をあげた。
もう一隊は、今こうして、東へ進み、キンギン国の咽喉輪を、しっかりつかんでしまったのである。
イネ帝国の再建、そして太青洋の制覇は、もう目前に追っているのだ。いま西方アカグマ国イネ州の首都オハン市は、炎々たる火災と轟々たる爆発に襲われ大混乱に陥っている。そして、かの傲岸なるスターベア大総督は、少数の幕僚と共に辛うじて一台の飛行機を手に入れ、一路本国さして遁走中だとのことである。大総督の、も一つの痛手は、彼の愛娘のトマト姫が、イネ建国軍のため、いつの間にか、トマト姫と同じ顔の人造人間に換えられていたことだった。さてこそ、彼の身辺の秘密が、ことごとく、イネ建国軍に知られていたのである。人造トマト姫は、マイクの役をしていたのであった。
ここで、海底から再び生れ出でたイネ帝国の万々歳を祝さねばなるまい。
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