高い天井
「みんな、心をしっかりもっているんだよ」
先頭にすすむ五井が、うしろの連中に、最後の注意をあたえた。
「うん、大丈夫だよ」
「心配するな」
「ほんとに、おちついて、しっかりしてくれよ、どんなお化けが出たって、こわがってはだめだよ」
「こわがるくらいなら、ここまで来やしないよ」
「そうだ、そうだ」
みんな、いせいのいいことをいう。しかしみんなの声は、気のせいか、すこしふるえをおびていた。
五井が合図に、綱をひいて、それからむこうを向いて、せまい階段をのぼりだした。なにが、この時計台の上に待っているだろうか。
四少年の影法師が大きく壁にゆらぐ、みんなの足音が、気味わるく反響する。
ふいに、頭の上にばたばたと音がして、こっちへとびついて来たものがある。
「あッ」
「出たぞ」
大きな鷲のような影が、壁にうつった。
「コウモリだ。心配するな」
一番下にいる四本が、声をはげましていった。
「なんだ、コウモリか」
五井が持っていた竹の杖をぴゅうぴゅうふりまわす。すると、さわぎはさらに大きくなった。コウモリは一ぴきではないらしい、四五ひきはとんでいるようだ。
「コウモリがいるくらいなら、あとは大したものがいないだろう」
四本が、そういった。
「ほんと、きっと、外に何にもいないんだね」
四本の前の二宮が、ふりしぼったような声でたずねた。
「まあ、多分そうだろう。しかし五井君の方を注意していた方がいいよ」
「ああ、そうだ」
二宮の足は重いらしく、四本のすぐ前で立ち停りそうな足どりである。
「上まで来たよ、何にも出てこないや」
五井の声が、上の方で安心したような響きをつたえる。
「えッ、何にも出てこないか、ふーん」
二宮はほっとして、階段に腰を下ろしてしまった。すると四本がそばへよって来た。
「おい二宮君、このいきおいで、早く上まであがってしまおうよ。のぼりたまえ」
「え。いいじゃないか、上には何にもないと、五井君がいっているもの」
「じゃあ、君はここにいたまえ、ぼくは上までのぼる、ロープはといてしまうからね」
「う、待った。ロープをといちゃいけないよ、ぼくも上へのぼる」
四人はついに上までのぼった。
そこは、時計の機械のまうえになっていて、二メートル平方ほどの板の間になっている。上を見上げると、煙突の内側のようになって、まだ五六メートルの空間が少年たちの頭上にあった。電灯をその方へさしつけてみたが、天井のあることと、そのまん中あたりに、鎧でもぶら下げるためにつけてあるのか、大きな鈎が一つ見える。その他ははっきり見えない。
「あそこまでのぼってみるのが本当なんだけれど、どうする」
五井が、頭の上をさしていった。
「ぜひ、みたいものだ、しかし、下から長いはしごを持って来る必要があるね」
六条が、そういった。
「ぼくは、時計台の天井は調べる必要はないと思う。だって、あの上は建物の外へ出るだけだからね。それよりも、時計の機械を調べたいね。なぜ、そして、どうして、この時計は停ってしまったのか、それを知りたいね」
四本が、こういって、反対の説をもちだした。
「時計のことよりも、この屋敷へはいって行方不明になった北岸さんなんかの安否を調べるのが第一の目的なんだから、やっぱり時計台の天井までのぼって、そのへんに何か隠れ穴でもないか、調べた方がいいよ」
五井は、六条が同意したので、あくまで天井を調べたいといいはった。
「じゃあ、手分けをしてやればいいよ。君たち二人は天井を調べ、ぼくと二宮君は時計の機械を調べる」
「さんせい、ぼくは時計の方だ」
二宮が叫んだ。
そこで四人は、二手に分れることになったが、まだロープをとくところまでいかない前に、とつぜん意外なことが起こった。
「あ、地震らしいぞ」
「うん、これは大きな地震だ」
「あ、こんなところにいては、あぶないね」
がたがたと、四少年のいる板の間は大きくゆれだした。天井からは、土のようなものがばらばら落ちて来た。時計の金具が、ぎしぎしきしむ。四少年は、たがいに抱きあって、ゆれがおさまるのを待とうとしたが、そのとき板の間がめりめりと音をたてて、ぐらりと傾いた。
あっという間に、四少年は、傾いた板の間からすべり落ちて、下へ墜落していった。さっきはちゃんとしていた階段が方々ではずれていたので、少年たちはどこまでも下へ落ちていった。
地震が奇縁
そのままでは、少年たちは下で頭をぶっつけて死ぬか重傷を負うか、どっちかであったろう。
だが、幸運というのか何というか、途中で、階段が裏がえしになって、斜めに空間にひっかかっていたのにぶつかった。そしてそれにぶつかったはずみに、すぐ前の壁の穴の中へずるずると滑りこんだ。
「あッ」
身体の平衡をとりもどすひまもない。一同は、はずみのついたボールのように、もんどりうってくらがりの闇の中へ叩きつけられたが、幸いにもそこは身体にやわらかくあたった。
(畳がしいてあるな)
と気がついた。そしてぷーんと、かびくさい匂いが鼻をうった。
やっと気が落ちついて、口がきけるようになってみると、懐中電灯は四本のものの外、全部がなくなっていた。さっき落ちるとき手から放したのであろう。
そのただ一つの電灯で、四本はみんなの顔をてらした。
五井も六条も、顔にすり傷をこしらえ、土にまみれたまっくろな顔をしていたが、まず無事だった。二宮だけは、目をまわして、のびていた。
だが、ちょっと介抱すると、二宮も気がついた。大したことではなかったらしい。
「どうしたんだろう。ここはどこかな」
「居間の一つらしい、暗くてよく分らないが、あそこからあかりがもれる。雨戸か窓か、とにかくあれをあけてみよう」
五井が立ちあがったが、すぐぶったおれた、ロープが彼をひきとめたのだ。
「もうロープの用はない、とこうや」
「よし」
少年たちは、ロープをときにかかった。
「おや、なにか、あやしい音がしているよ、五井君、四本君、六条君、あれは何だろう」
二宮のおびえた声だ。
「あやしい音がするって」
「あれは時計の音だよ、さっきからしているんだ」
かった、かった、かった。
ゆっくりと同じ周期で同じ音がくりかえされている。たしかに時計らしい。
「時計は停っていたはずなのに……」
「さっきの地震のせいで、久しぶりに、動きだしたんだろう」
「ああ、そうか」
ロープをといた、それから五井は、さっき見かけたあかりのさしこむところまで、行ってみた。四本の電灯で、それをよく見ると、となりの部屋との間のすき間らしい。
だが、となりの部屋へは、かんたんに行けそうもなかった。それは、壁がしっかりしているばかりか、ひきあけるにも、何の穴もなかった。つまりここはこの部屋にいる者が、勝手にあけたてするところではなかったのだ。
五井たちはがっかりしたが、なおも希望を捨てずに、この部屋を探しまわった。この部屋は、がらんとしていて、何一つおいていない部屋だった。戸もなければ、襖もない、あるのは厚い壁ばかり、天井は太い木で組合わした格子天井いったいこの部屋はどこから出入りするのか分らない。
「あ、窓があるよ、あそこにある、空気ぬきかもしれない」
六条の目が、天井に近い隅っこに、鉄格子の小さい窓らしいものを見つけた。しかしこの窓からは、あかりがはいってこなかった。鉄格子の外に、窓をふたしているものがあるのだ。
「あれを、叩きやぶろうじゃないか、するとあかりがはいって来るかもしれないよ」
「よろしい。それでは、元の場所まで行って、階段のこわれたところから、材木でも見つけてこよう」
そのときだった。
とつぜん大きな音をたてて、鉦が鳴った。かーン。
「あ、なんだろう」
ぎりぎりと音がして、また、かーンとひびいた鉦の音。
四少年は思わず一つところにかけ集った。
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