探偵団の結成
とうとう怪事件を、ひきおこしてしまった。いわないことじゃない。それだから、時計屋敷には手をつけるなと、昔からいいつたえられているのに、ばかなことをしたもんだ。
時計屋敷におそろしいのろいのかかっているのを信じている左内村の老人たちは、北岸の治作さんほか六人の若者たちが、われからそのような悪い運命におちこんだのを悲しみ、そしてなげいた。
「も、誰も時計屋敷に近づけるんじゃないよ」
「あの屋敷に一足ふみこめば、地獄の血の池地獄までさかおとしじゃ」
そういうことばが、合言葉のように、左内村の中を何十ぺんとなく往復した。
この行方不明事件は、警察署へも報告された。しかし二名の警察官が自転車にのって、村長のところへ様子を聞きに来ただけで、警官は時計屋敷には足を入れず、そのまま帰ってしまった。
「おまわりさんだって、いやだよなあ。あんな幽霊屋敷にはいって、二度と外へ出てこられなくなるのはなあ」
村人は、そういって警官に同情した。
だが、この村にも、こんなおそろしがりやばかりではなかった。
「ねえ、時計屋敷の中で、北岸のおじさんなんかが、幽霊につかまって、捕虜になってしまったというけれど、おかしいじゃないか。そんなことが信じられるかい」
そういったのは、村の小学校の金棒の下に集まった少年たちの中の一人だった。いや、この少年こそ、この物語のはじめに出て来た八木音松少年だった。
音松は、おばあさんから時計屋敷の昔ばなしを聞いて、あの怪物屋敷にたいへん興味をおぼえるようになった。それ以来、彼は時計屋敷についてのいろいろな話に聞き耳をたてていたのである。音松は、はじめは時計屋敷がおそろしくてたまらなかったが、だんだん話を聞いて、その一つ一つのことを冷静に自分の頭で、ほんとうかどうかと判断して行くうちに、彼は時計屋敷がそんなにおそろしくなくなった。そして時計屋敷の秘密と取組んでやろうと決心したのである。
「幽霊なんて、話に聞いただけで、見たことがないから、信じられないや」
と六条君がいった。
「ぼくも信じないよ、幽霊だのお化けだの、そんなものが今の世の中にいてたまるかい」
五井少年が、力んでいった。
「ぼくたち人間の科学知識は、まだ発達の途中にあるんだから、もっと先になって、幽霊やお化けがあるってことが証明される日が来るかもしれない」と四本君がとくいのむずかしいことをいい出した。「しかしだ、たとえ幽霊やお化けが今実在するにしてもだ、その幽霊やお化けは、かならずぼくらの習っている物象の原理にしたがうものでなくてはならない」
「四本君のいうことはむずかしくて、わからないや」
と、二宮少年が手をふった。
「いや、ぼくのいっていることはちっともむずかしくないよ。つまりここに一人の幽霊がまっすぐに立っているとなると、その幽霊は、やはり重力の作用を受けているにちがいないし、また空気の中に立っているんだから、幽霊の体積にひとしい空気の重さだけ幽霊のからだが軽くなっているはずだ。つまり浮力に関するアルキメデスの原理は、この幽霊にもあてはめられなくてはならない」
「おもしろいことをいうね、ははは」
音松は、腹をゆすって笑った。
「ちっともおもしろくないよ、幽霊の力学の話なんか、北岸のおじさんなんかの、行方不明事件のほうはどうするんだい」
と、二宮少年が、顔を赤くして叫んだ。
「二宮は、ぼくのいうことをしまいまで聞かないで怒るから困るよ、つまりね――」
「つまり――はもうたくさんだよ、四本君」
「いいや。ここはどうしてもつまりといわなくちゃね、つまりぼくのいいたいことは、幽霊でもお化けでもすこしもこわいことはない。奴らも、物象学にしたがわなくてはならないのだから、物象学をよく勉強しているぼくたちは、少しもこわいことはない。すなわち幽霊にあったら、幽霊の浮力を観察すればいいんだし、鬼火が出れば、それは空中から酸素をとって燃えているにちがいないんだし、こういう風に、おちついて幽霊をだんだん観察していくと、幽霊がどんなことをする能力があるかが分る」
「むずかしいね」
二宮少年は顔をしかめる。
「むずかしいことはないさ、そういうわけだから、ぼくたちは幽霊をおそれずに、時計屋敷の幽霊に会って、はたして幽霊が北岸のおじさんたちをかくしたかどうか、それを推理すればいいじゃないか。さあ、みんなで、時計屋敷へ行こう」
「さんせい!」
「ぼくも、行くよ」
「なあんだ、行くなら行くと、それを先にいえば、ぼくは文句なんかいやしなかったんだ」
二宮少年はむずかし屋の四本君が、自分と同じく時計屋敷探険を強く主張していることを知って、そういって笑いだした。
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