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月世界探険記(つきのせかいたんけんき)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 12:45:56  点击:  切换到繁體中文


   奇蹟中の奇蹟


 進少年と佐々さっさ記者が、蜂谷艇長の指揮する宇宙艇よりも一日早く、無事に地球に到着したといったら、読者は信じるだろうか。いや全くの奇蹟中きせきちゅうの奇蹟だった。わけを聞かないでは、誰も信じられないだろう。艇外は漠々ばくばくたる宇宙だ。死なない者なんてあるだろうか。
 ところがこの幸運の二人の場合は、そのきわめてまれな場合だったのである。二人が飛び出したところは、丁度例の無引力空間だったのである。その空間では身体が上へも下へも落ちはしない。ただほうりだされたときのいきおいで、無引力空間をユラリユラリと流れるばかりだった。もちろん後から飛びでた佐々記者は進少年のところへ追いついた。
 二人が手を取り合って、最後の覚悟を語りあっているところへ、横合から漂然ひょうぜんと流れて来た一個の巨船きょせん――それこそ意外中の意外、というべき猿田飛行士が乗り逃げをしたはずの新宇宙号だった。
 二人は夢かとばかりおどろいた。なぜこんなところに新宇宙号がプカプカ浮んでいるのだろう。辿たどりついてよく見れば、噴射瓦斯ふんしゃガスへ通ずる電線の入ったパイプが何物かに当ったと見え断線だんせんしていた。これでは瓦斯が止ってしまうのも無理はない。それにしても、空中でよほど硬い大きな物体に衝突しなければならない筈……。
 進少年はハタと膝をうった。
「こう考えればいいのだ。――最初犬吠が乗り逃げした宇宙艇は、あやまってこの無引力空間におちいって、ここをただよっていたのだ。そこへまた今度、猿田の操縦した新宇宙艇が通りかかって、はからずもドーンと衝突した。そのときパイプがけて、動かなくなり、そのままこの無引力空間に漂い始めたんだ。一方、旧型きゅうがたの宇宙艇はこの衝突で跳ねとばされて、その勢いで月世界へ墜落ついらくしていったものだろう」
「実にうまく出来ている。悪人の末路まつろは皆こんなものだ」
 と佐々さっさ合槌あいづちをうった。
 そこで二人は艇内をこじあけて工具をとり出し、パイプと電線とを外から修理して接ぎあわせ、そして新宇宙艇を再び操縦して地球へ急いだが、快速のため、蜂谷艇長の一行よりも早く帰りついたのだった。
 猿田は艇内でピストル自殺をしていた。器械が動かなくなったので、観念したのだろうと思う。
 全国の新聞やラジオは、進少年や密航記者佐々砲弾さっさほうだんの愕くべき奇蹟を大々的だいだいてきに報道した。すると祝電と見舞の電報とが、山のように二人の机上きじょうに集った。それは日本ばかりではなく、遠くベルリンやローマから、またロンドンやニューヨークからのものがあった。その大きな同情は、いま月世界にむ進君の父六角博士をぜひ救い出さねばならぬという声にかわっていった。この分では老博士救助の新ロケットが飛びだす日もそう遠くはあるまい。





底本:「海野十三全集 第8巻 火星兵団」三一書房
   1989(平成元)年12月31日第1版第1刷発行
初出:不詳
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2005年11月23日作成
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