柿(かき)ガ岡病院(おかびょういん)
目が見えなくなったうえに、怪しい機械人間の出現(しゅつげん)で、すっかり神経をいためてしまった谷博士は、五人の少年の協力によって、警察署の保護をうけることになった。
三日ほどすると、すこし博士の気もしずまったので、かけつけた博士の友人たちのすすめもあって、博士は東京へ行くことになった。東京へいって、入院をして、目と神経(しんけい)とをなおすことになったのだ。
「わしの東京行きは、ぜったい秘密にしてくれたまえ。そうでないと、わしはこのうえ、どんな目にあうかもしれない。殺されるかもしれないのだ」
と、博士はひとりで恐怖(きょうふ)していた。
友人たちは、博士に、そのわけをたずねてみたが、博士はそのわけをしゃべらなかった。
「今は聞いてくれるな。しかし、わしは根(ね)も葉(は)もないことをおそれているのではない。わしを信じてくれ。そしてわしを完全に保護してくれたまえ」
博士は、からだをぶるぶるふるわせながら、そういって、同じことをくりかえし、いうのであった。友人たちもそれ以上、この病人からわけを聞きただすことをさしひかえた。
こうして博士は、東京の西郊(せいこう)にある柿ガ岡病院にはいった。ここは多摩川(たまがわ)に近い丘の上にあるしずかな病院であった。この病院は、土地が療養(りょうよう)にたいへんいい場所であるうえに、すぐれた物理療法(ぶつりりょうほう)の機械があって、東京において、もっとも進歩した病院の一つであった。
院長は大宮山博士(おおみややまはかせ)だった。
谷博士は、じつは大宮山博士をいつも攻撃していたし、大宮山博士もまた、谷博士には反対の態度をとっていた。ただし、それは学問の上のことだけであって、友人と友人とのあいだがらは、たいへんおだやかであり、たがいの人格も信用していた。だから、谷博士は、自分の視力(しりょく)がやられ、神経もいたんでいるとさとると、みずからすすんで大宮山博士が院長になって経営しているこの柿ガ岡病院にはいる決心をしたのであった。知らない人は、ふしぎなことに思ったにちがいない。
院長たちの手あつい治療によって、谷博士はだんだん快方(かいほう)に向かった。
しかしよくなるのは神経病の方だけであって、視力の方はまだ一向はっきりしなかった。博士はいつも繃帯(ほうたい)でもって、両の目をぐるぐる巻いていた。
「ぼくの目は、もうだめかね」
谷博士がたずねたことがある。
「いや、だめだとはきまっておらん。今の療法をもうすこしつづけたい。それが、効果がないとはっきり分かったら、また別の方法でやってみる」
「いよいよ目がだめなら、ぼくは人工眼(じんこうがん)をいれてみるつもりだ」
「人工眼か? 君の発明したものだね。まあ、それはずっと後のことにしてくれ。君はぼくの病院の患者なんだから、よけいな気をつかわないで、ぼくたちに治療(ちりょう)をまかしておいてくれるといい」
「うん、それは分かっているんだ」
谷博士は、そのあとでしばらく口をもごもごさせて、いいにくそうにしていたが、やがて低い声でつぶやいた。
「……あの恐ろしいやつの存在を、一日も早くつきとめたいのだ。ぐずぐずしていると、こっちが目が見えないのにつけこんで、あの恐ろしいやつが、わしを殺してしまうかもしれない」
この低きつぶやきの声も、院長たちの耳に聞こえた。院長は、聞こえても、聞こえないふりをしていた。それは谷博士の神経病がまだ完全によくなっていないと思ったからだ。病気から出ている恐怖心(きょうふしん)だと思っていたのだ。
院長の考えが正しいのか、それとも谷博士の戦慄(せんりつ)にほんとの根拠(こんきょ)があるのか。
その谷博士のところへ、ある日曜日の朝、にぎやかな面会人が来た。それは、例の五人の少年たちであった。
院長から許可が出たので、面会人の少年たちは、一人の看護婦にみちびかれて、谷博士がやすんでいる丘の上へ行った。博士は車のついた籐椅子(とういす)に乗って、すずしい木かげでやすんでいた。附添(つきそい)の看護婦が、博士のために、本を読んでいたようだ。少年たちは、繃帯を目のまわりに鉢巻(はちま)きのようにして巻いた、いたいたしい博士のまわりにあつまり、かわるがわるなぐさめのことばをのべた。
博士はたいへんよろこんで、いちいち少年の手をにぎって振った。
看護婦が少年たちに博士のことを頼んで向こうへ行ってしまうと、博士はあたりをはばかるような声で、少年たちにたずねた。
「もう例の事件がおこってから十三日めになるが、犯人はつかまったかね」
「いえ、まだです」
「いま、どこにいるんだか、分かっているの」
「国境(くにざかい)あたりまでは、追っていったんですが、そこで見うしなって、そのあと、どこへ行ったか、あの怪しい機械人間の行方は分からないのだそうです」
「それは困ったな。すると、ゆだんはならないぞ」
「ぼくたちも、なんとかしてあの怪物をつかまえたいと思って、五人集まって探偵をしているんですが、まだなんの手がかりもないです」
「それはけっこうなことだが、諸君はあの怪物とたたかうのはやめなさい。たいへん危険だからね」
「危険はかくごしています。とにかくあんな悪いやつは、そのままにしておけませんからねえ」
「だが、君たちは、とてもあの怪物とは太刀(たち)うちができないだろう。いや、君たち少年ばかりではない。どんなかしこい大人でも、あれには手こずるだろう。もしもわしの予感があたっていれば、あれは、超人間(ちょうにんげん)なんだ。超人間、つまり人間よりもずっとかしこい生物(せいぶつ)なのだ。わしは、あれのために、ひそかに名まえを用意しておいた。“超人間X号”というのがその名まえだ。超人間だから、君たちがいく人かかっていっても、あべこべにやっつけられる。だから、手をひいたがいい」
博士は、あの怪物が、どうやら超人間X号であるらしいことをものがたり、そして話したあとで、ぞッと身ぶるいした。
五人の少年たちも、この話を聞いて、急に不安な気持ちになった。
死刑台(しけいだい)の怪影(かいえい)
「先生。その超人間X号というのは、いったい何者かんですか、どうしてそんな怪物が、この世の中にすんでいるのですか」
戸山少年は、谷博士にたずねた。
「じつは、超人間X号をこしらえたのは、わしなんだ。わしが研究所で作りあげた人工の生物なんだ。それは電気臓器(でんきぞうき)を中心にして生きている、半斤(はんぎん)のパンほどの大きさのものなんだ。この電気臓器をつくることについて、わしは長いあいだ研究をかさねた。そして完成したのは、この春のことだった。あらゆる高等生物は、親のからだから生まれてくるが、超人間X号は、わしの手で作ったのだ。ちょうどラジオの受信機を組みたてるようにね。分かるね、わしの話が……」
博士のことばに、少年たちはたがいに顔を見あわせた。分かるようでもあり、あまりふしぎで、よく分かりかねるところもあった。そのことを博士にいうと、博士はうなずき、
「そうであろう。わしの話は、よほどの専門家にも分かりかねるところがあるんだ。だから君たちにも分からないのはむりでない。しかし、わしが生物を人造(じんそう)することに成功したということを、まず信じてくれれば、これで話の要点は分かったことになるんだ」と、博士は熱心に語った。
「さて、わしは、金属材料(きんぞくざいりょう)ではなく、人工細胞(じんこうさいぼう)を使って、電気臓器を作りあげた。これは脳髄(のうずい)だ。その他のあらゆる臓器を一つところに集め、そして人間の臓器よりもずっとよく働くように設計してある。それはうまくできあがった。しかし困ったことに、それは生きてはいたが、まるで気絶(きぜつ)している人間同様に、意識というものがなかった。それでは困る。せっかく作った電臓(てんぞう)が、いつまでも気絶状態をつづけていては役に立たない。そこで、どうしたら、この電臓の意識を呼びさますことができるか、それを考えたのだ。分かるかね、ここらの話が……」
博士は、見えない顔を左右に動かして、少年たちの様子をうかがうのであった。
「ぼんやり分かりますよ」
少年は、正直(しょうじき)に返答した。
「ほう。ぼんやりでも、分かってくれると、わしはうれしい。……そこでわしは、電臓に意識をつけるために電撃(でんげき)をあたえた。三角岳(さんかくだけ)へおしよせてくる大雷雲(だいらいうん)を利用して、あの電臓へ、つよい電気の刺戟(しげき)を加えたんだ。これが成功するか失敗するか、どっちとも分かっていなかった。しかしわしは、大胆(だいたん)にその実験をやってのけたのだ」
博士のことばは、だんだん熱して来た。
「ところが、意外にも、研究所の中に大爆発(だいばくはつ)が起こった。ひどい爆発だった。まったく予期(よき)しない爆発だ。わしは一大閃光(いちだいせんこう)のために、いきなり目をやられた。わしの脳は、千万本の針をつっこまれたように、きりきりきりと痛んだ。ああ……ううーむ」
ここまで語って来た博士は、いきなりその場にもだえて、椅子から下へころがり落ちた。
さあ、たいへんである。少年たちは、博士を助けおこす組と、医局へ走る組とに分かれて一生けんめいにやった。
大宮山院長がかけつけて、博士を担架(たんか)でしずかに病室へ移すよう命じた。そして当分のうち絶対(ぜったい)に面会謝絶(めんかいしゃぜつ)を申しわたした。
少年たちは、だからもうそれ以上博士から奇怪(きかい)な超人間X号の話を聞くことができなかった。そして割りきれない胸をいだいて、病院を引きあげたのであった。
いよいよ怪(あや)しいかぎりの超人間X号は、今いずこにひそんでいるのだろうか。ダム爆破(ばくは)以来、ここに十三日になるが、彼の所在(しょざい)はさっぱり知られていないのだった。
ところが、その日の夜、三角岳の南方四十キロばかりの地点にある九鬼刑務所(くきけいむしょ)で、死刑執行中(しけいしっこうちゅう)に、怪しい影がさしたという事件があった。
死刑は絞首台(こうしゅだい)を使うことになっていた。
死刑囚は、毒殺(どくさつ)で八人を殺したという罪状(ざいじょう)を持つ火辻軍平(ひつじぐんぺい)という三十歳の男であった。
この死刑に立ちあった者は、三人であった、一人は執行官、もう一人はその下でじっさいの仕事、つまり死刑囚の首に綱(つな)をかけたり、死んだあとは死骸(しがい)をひきおろしたりする執行補助官、もう一人は教誨師(きょうかいし)であった。
すでに用意は終り、死刑囚火辻は絞首台の上にのぼり、補助官によって首に綱の輪がかけられていた。それに向かって、十メートルはなれて、執行官と教誨師が並んで所定の席についていた。おりから東の空からのぼりはじめた月が明かるく、この死刑場を照らした。塀(へい)のそとにすだく虫の声も悲しく、凄惨(せいさん)な光景であった。
立ちあいの執行官は時計を見ながら、命令の時間になるのをまっていた。もう残すところ一分あまりであった。
執行官は、さっきから補助官の姿が見えないので、どこにいるのかと軽い疑問を持っていた。死刑の時刻は、あと三十秒ほどにせまった。
そのときであった。目かくしされ首に綱をつけ、しずかに塀をうしろにして、立っている死刑囚のそのうしろの塀に横あいから近づく一つの人影(ひとかげ)をうつした。
「あッ、あの人影は……」
教誨師が、低い声で叫んだ。
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