海野十三全集 第12巻 超人間X号 |
三一書房 |
1990(平成2)年8月15日 |
1990(平成2)年8月15日第1版第1刷 |
大雷雲(だいらいうん)
ねずみ色の雲が、ついに動きだした。
すごいうなり声をあげて、つめたい風が、吹きつけてきた。
ぐんぐんひろがる雲。
万年雪をいただいた連山の峰をめがけて、どどどッとおしよせてくる。
ぴかり。
黒雲の中、雷光(らいこう)が走る。青い竜がのたうちまわっているようだ。
雷雲はのびて、今や、最高峰の三角岳(さんかくだけ)を、一のみにしそうだ。
おりしも雷鳴(らいめい)がおこって、天地もくずれるほどのひびきが、山々を、谷々をゆりうごかす。三角岳の頂上に建っている谷博士(たにはかせ)の研究所の塔(とう)の上に、ぴかぴかと火柱(ひばしら)が立った。
つづいて、ごうごうと大雷鳴が、この山岳地帯の空気をひきさく。
黒雲はついに、全連峰をのみ、大烈風(だいれっぷう)は万年雪をひらひらと吹きとばし、山ばなから岩石をもぎとった。
このとき、谷博士は、研究所の塔の下部にある広い実験室のまん中に、仁王立(におうだ)ちになって、気がおかしくなったように叫んでいる。
「雷(らい)よ、もっと落ちよ。もっと鳴れ。稲妻(いなずま)よ。もっとはげしく光れ。この塔を、電撃でうちこわしてもいいぞ。もっとはげしく、もっと強く、この塔に落ちかかれ」
博士は、腕をふり、怒号(どごう)し、塔を見あげ、それから目を転じて、自分の前においてある大きなガラスの箱の中を見すえる。
その大きなガラスの箱は、すごく大きな絶縁碍子(ぜつえんがいし)の台の上にのっている。箱の中には、やはりガラスでできた架台(かだい)があって、その上に、やはりガラスの大皿がのっている。そしてその大皿の中には、ひとつかみの、ぶよぶよした灰色の塊(かたまり)がのっている。どこか人間の脳髄に似ている。海綿を灰色に染め、そしてもっとぶよぶよしたようにも見える。なんともいえない気味のわるい塊である。
しかもその灰色のぶよぶよした塊は、周期的に、ふくれたり、縮んだりしているのであった。まるでそれ自身が、一つの生物であって、しずかに呼吸をしているように見えた。
いったいその気味のわるい塊は、何者であったろうか。
ガラスの箱のまん中に、その気味のわるい塊があり、その塊を左右からはさむようにして、大きな銀の盤のようなものが直立して、この塊を包囲(ほうい)していた。その銀盤は、よく見ると、内がわの曲面いっぱいに、たくさんの光った針が生えていた。
その針と反対のがわには、銀色の棒があって、これが左右ともガラス箱の外につきでていた。そして、ガラス箱の真上十メートルばかりの天井の下の空中にぶらさがっている二つの大きな火花間隙(ひばなかんげき)の球(きゅう)と、それぞれ針金によって、つながれてあった。
この大じかけの装置こそ、谷博士が自分の一生を賭(か)け、すべての財産をかたむけ、三十年間にわたって研究をつづけている人造生物に霊魂(れいこん)をあたえる装置であった。そしてその装置を使って最後に霊魂をあたえるには、三千万ボルトの高圧電気を、外からこの装置に供給してやらねばならなかった。
ところが、三千万ボルトと口ではかんたんにいえるが、ほんとに三千万ボルトの高圧電気を作ることはむずかしかった。どんな発電機も変圧器も真空管も、この高圧電気を出す力はなかった。そこで最後のたのみは、雷を利用することだった。
雷は、空中に発生する高圧電気であって、だいたい一千万ボルト程度のものが多い。しかし、時には三千万ボルトを越える高圧のものも発生すると思われる。そこで谷博士は、その偶然の大雷の高圧電気を利用する計画をたてて、この三角岳の頂上に、研究所を建てたのであった。
博士は、そのまえに、人造生物を用意した。これは、博士が研究の結果、特別につくった人造細胞をよせあつめ、それを特別な配列にしてここに生物を作りあげたものであった。その生物は、たしかに生きていた。例のガラスの箱の中においた、ガラスの皿の上にうごめいているのが、その人造生物だった。たしかにその生物は呼吸をしている。また心臓と同じはたらきを持った内臓によって、血液を全身へ循環(じゅんかん)させている。
まだそのほかに、人間や他の動物にはない特殊な臓器をもっていた。それは博士が「電臓(でんぞう)」と名づけているものである。この電臓は、その生物の体内にあって、強烈なる電気を発生し、またその電気を体内で放電させる。つまり特殊の電気をあつかう内臓なのだ。
ところが、この電臓を作ることはできたが、しかし働いてくれないのだ。これを働かすには、さっきのべたとおり三千万ボルトの高圧を、電臓の中の二点間にとおすことが必要なのである。そしてそれが、この人造生物にたいする最後の仕上げなのであった。
「もし、それに成功して、電臓が動きだしたら、えらいことになるぞ」
と、谷博士は、大きな希望によろこびの色を浮かべるとともに、一面には、測り知られない不安におびやかされて、ときどき眉(まゆ)の間にしわをよせるのだった。
それは、もし、この電臓が働きだしたら、この人造生物は、一つの霊魂をしっかりと持つばかりではなく、その智能の力は人間よりもずっとすぐれた程度になるからだ。つまり、あの人造生物の電臓が働きだしたら、人間よりもえらい生物が、ここにできあがることになるのだ。
超人(ちょうじん)X号!
これこそ、谷博士が、試作生物にあたえた名まえであった。
「超人X号」は、今ちょうど気をうしなって人事不省(じんじふせい)になっているようなものであった。もしこの超人に活(かつ)をいれて、彼をさますことができたとしたら、「超人X号」は、ここに始めてこの世に誕生するわけになる。
もしこの超人を、三千万ボルトの電気によって覚醒(かくせい)させることができなかったら、それで谷博士の試作人造生物X号は、ついに失敗の作となるわけだ。
はたして生まれるか「超人X号」!
それとも、そのようなおそるべき生物は、ついに闇から闇へ葬(ほうむ)られるか?
その、どっちにきまるか。
頭上にごうごうどすんどすんと天地をゆすぶる雷鳴を聞きながら、腕組みをした悪鬼(あっき)のごとき形相(ぎょうそう)の谷博士が、まばたきもせず、ガラス箱の中の人造生物をみつめている光景のすさまじさ。さて、これからどうなるか。
研究塔下の怪奇
これまでに、谷博士は、このような実験に、たびたび失敗している。
七、八、九の三カ月は、とくに雷の多く来る季節である。しかしこの雷は、いつもこの研究所の塔の上を通って落雷してくれるとはかぎらない。また、これがおあつらえ向きに、研究所の上を通ってくれるときでも、それが博士の熱望している三千万ボルトを越す超高圧の雷でない場合ばかりであった。それで、これまでの実験はことごとく失敗に終ったのだ。
「この種の実験は、気ながに待たなくてはならない。急ぐな。あせるな」
博士は、自分自身に、そういって聞かせるのであった。それにしても、待つことのあまりに長すぎるため、博士はだんだんあせってくるのだった。
「きょうこそは。きょうこそは。三千万ボルトを越える雷よ。わが塔上に落ちよ」
博士のとなえることばが、呪文(じゅもん)のようにひびく。
もし待望の三千万ボルトを越える超高圧の空中電気がこの塔に落ちたら、この研究所の大広間の天井につってある二つの大きな球形(きゅうけい)の放電間隙(ほうでんかんげき)に、ぴちりと火花がとぶはずであった。
雷鳴は、いよいよはげしくなる。
塔は、大地震にあったように揺(ゆ)れる。
そのときだった。
ぴちん。ぴちぴちん。
空気を破るするどい音。ああ、ついに火花間隙に電光がとんだ。
いよいよ超高圧の雷雲が、塔の上へおしよせたのだ。
「今だ」
博士は、足もとに出ているペタル式の開閉器を力いっぱい踏みつけた。
と、その瞬間に、ガラス箱の中が、紫の色目もあざやかな光芒(こうぼう)でみたされた。皿の上の人造生物を、左右両脇より包んでいるように見える曲面盤(きょくめんばん)の無数の針の先からは、ちかちかと目に痛いほどの輝いた細い光りが出て、それが上下左右にふるえながら、皿の上の人造生物をつきさすように見えた。
すると皿の上の例のぶよぶよした人造生物は、ぷうッとふくらみはじめた。みるみる球(きゅう)のようにふくれあがり、そしてそれが両がわの曲面盤のとがった針にふれたかと見えたとき、とつぜんぴかりと一大閃光(いちだいせんこう)が出て、この大広間を太陽のそばに追いやったほどの明かるさ、まぶしさに照らしつけた。
「あッ」
博士は、思わず両手で目を蔽(おお)ったが、それはもうまにあわなかった。博士は一瞬間に目が見えなくなってしまった。そして異様(いよう)な痛みが博士の全長を包んだ。博士は、苦痛のうめき声とともに、その場にどんと倒れた。
そのあとに、ものすごい破壊音(はかいおん)がつづいた。破壊音のするたびに、何物かの破片(はへん)が、博士のところへとんできた。その合間に、砂のようなものが、滝のように降ってきた。博士ははげしい苦痛に、やっとたえながら、それらのことをおぼえていた。
だが、それはながくつづかなかった。
まもなく、第二のかなりの大きな爆発みたいなことが室内におこり、博士のからだは嵐の中の紙片(かみきれ)のように吹きとばされ、はてはどすんと何物かに突きあたり、そのときに頭のうしろをうちつけ、うんと一声発して、気絶(きぜつ)してしまった。
そのあとのことを、谷博士は知ることができなかった。
博士のほかに、人が住んでいないこの研究所は、それから無人のまま放置された。しかし博士の気絶のあと、この構内ではいろいろなものが動きだして、奇妙な光景をあらわしたのであった。
この大広間の二回にわたる爆発により、室内中には黄いろい煙がもうもうとたちこめていて、その中ではすべての物の形を見わけることができなかった。
だが、その黄いろい煙の中で、いろいろなものが動いていることは、怪(あや)しい音響によっても察することができたし、またときどき煙の中から異様なものが姿をあらわすので、それとわかった。その中でも、もっとも奇怪をきわめたものは、何者かが発する声であった。それはだれでも一度聞いたら、もう永遠に忘れることがないだろうと思われるほどの、気味のわるいしゃがれ声であった。それは、死体となって一度土中にうずめられた人間が、その後になってとつぜん生きかえり、自分で棺桶(かんおけ)だけはやぶりはしたものの、重い墓石をもちあげかねて、泣きうらんでいるような、それはそれはいやな声だった。
「ああ、寒い、寒い。寒くて、死にそうだ」
そのいやなしゃがれ声がつぶやいた。
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] ... 下一页 >> 尾页