友情
コーヒーをもってきてやった――と、ピート一等兵はいった。そして窓のところから、うまそうな湯気のたつコーヒーの器が見えた。
沖島は、腰かけから立って、窓のところへいった。
「コーヒーを、もってきてくれたのか。どうも、すまんなあ」
「すまんことはないよ。わしは、ここだけの話だが、お前に、感謝しているよ……」
「おい、ピート一等兵。ことばをつつしめ」
と、衛兵が、よこで、こわい顔をした。
「だまっていろ、お前には、わからないことだ」
とピートは、衛兵につっかかった。
「そのわけは、お前がいなければわしは、地底戦車の中で、腹ぺこの揚句、ひぼしになって死んでしまったことだろう。お前のおかげで、こうして、氷の上にも出られるし今も、たらふくビフテキを御馳走になったりして、まるで夢をみているような気がするのだ、これは、一杯のコーヒーだけれど、やっとごま化して、持ってきたのだよ。さあ、のんでくれ」
「や、ありがとう」
「ピート一等兵、待て。衛兵たるおれが、承知できないぞ。そういうことは、禁じられている」
衛兵が、苦情をいった。軍規上、それにちがいないのである。
「お前にゃ、わからんといっているのだ。お前、気をきかせて、ちょっと、向うをむいていろ。コーヒーをのむ間、その辺を散歩してこい」
そのへんを散歩してこいといっても、せまい氷の廊下が、ほんのちょっぴりついているだけである。散歩なんかできない。
「おい、衛兵。わしの腕の太いところをよく見てくれ」
ピート一等兵は、肘をはり、衛兵にのしかかるように、もたれかかった。
「ピート、分っているよ。いいから、おれが向うをむいている間に、早いところ、囚人にコーヒーをのませろ」
そういって、衛兵は、向うをむいた。
「ほう、やっと、気をきかせやがった。はじめから、そうすれば、世話はなかったんだ。ほら、黄いろい幽霊、コーヒーだぞ」
コーヒーのコップは、ようやく、窓の間から沖島の手にわたされた。
「やあ、どうも、すまん」
「わしとお前との仲だ。そう、いちいち礼をいうには、あたらない。さあ、これだ。これをとれ」
コーヒーだけかと思っていたら、ピート一等兵は、毛皮の外套の下から、ビフテキを紙につつんだやつを、すばやく沖島に手渡した。
「すまん」
「こら、なにもいうな。――ほら!」
「えっ」
酒の壜が一本。
沖島の眼が、涙にうるんだ。ピート一等兵のこのおもいがけない友情が、たいへんうれしかった。
酒壜を、うけとろうとしているとき、そこへとびこんできたのはパイ軍曹であった。
「おい、なにをしとるかッ!」
軍曹は、大喝一声、窓のところへ、手をつっこんで、酒壜をおさえた。
沖島と軍曹とが、一本の壜をつかんで、ひっぱりっこである。
「こら、放せ。こんなものを、やっちゃ、いかん。放さんか、うーん」
沖島は、だまっていた。そして壜を、ぐいぐい手もとにひっぱった。
「あっ、うーん」
パイ軍曹は、汗をかいている。沖島は、平気な顔で、その壜を、もぎとった。大力無双の沖島であった。
「いや、どうもありがとう」
復仇
そこへ、衛兵がかけつけてきたから、またさわぎが大きくなった。
人のいいピート一等兵は、パイ軍曹と衛兵との攻撃にあって、眼をしろくろしている。そして、監房の中の沖島に、早く喰ってのんでしまえと、あいずをした。
沖島は、もちろん、早いところ、監房の中でごちそうを大急行でいただいている。
ピート一等兵が、軍曹の一撃を喰って、そこに、目をまわしてしまうと、パイ軍曹は、衛兵に命じて、監房を開かせた。
軍曹は、ピストルをかまえて、監房の中へとびこんだ。
「けしからん奴じゃ、貴様は」
「いや、たいへん、ごちそうさまでした」
「貴様には、うんと、おかえしをするつもりじゃった。地底戦車の中で、よくも、ひどい目に、あわせたな。ゆるさんぞ」
「ゆるさんとは、どうするのですか」
「ここで、貴様が立っていられなくなるくらい、ぶん殴ってやるんだ。廻れ右。こら、うしろを向けい」
「うしろを向かなくとも、いいでしょう。私を殴るのなら正面から殴りなさい。遠慮はいりませんよ」
「廻れ右だ。ぐずぐずしていると、ピストルが、ものをいうぞ」
軍曹は、すっかりいきりたって、本当にピストルの引金をひきそうである。沖島は軍曹にとびついてやろうかと思ったが、軍曹との間はすこしはなれすぎている。これでは、仕方がない。沖島は、おとなしくうしろを向いた。
とたんに、沖島の腰へパイ軍曹のかたい靴の先が、ぽかりと、あたった。
「あッ。うーむ」
沖島は、痛さを、こらえる。
と、また一つ、腰骨のところを、ひどく蹴とばされた。沖島は、ひょろひょろとして膝をついた。
軍曹は、それをみると、いい気になってまたつづけさまに、沖島を、うしろから蹴とばした。
沖島のからだは、ついに、どっとその場にたおれて、長くのびた。
ひどいことをする軍曹である。
そのころ、氷上では、リント少将が、幕僚をひきつれ、地底戦車のまわりにあつまって、しきりに、会議をつづけていた。
「……敵ながら、あっぱれなものだ。三人でもって、よくまあ、この地底戦車を、ここまでうごかしてきたものだ」
「ではここで改めて、運転いたしましょうか」
「そうだ。うごかしてみろ」
「はい」
参謀の一人が、そこに列んでいた七名ばかりの下士官共に、それっと号令をかけた。
七名の将兵は、その中に入って、扉をとじた。
しかし、戦車は、いつまでたっても、うごかなかった。
「どうした。なぜ、うごかさんのか」
エンジンは、一向かからない。戦車長が、扉をあけて、とびだしてきた。そしておどおどしながら戦車の点検をはじめた。
リント少将は、にがい顔だ。
ちょうどそのとき、一同は、飛行機の爆音を耳にした。
「おや、飛行機だ。いや、相当の数だが、どうしたのだろう」
といっているうちに、とつぜん、氷山の彼方から、低空飛行でとびだして来た編隊の飛行機、その数は、およそ十四五機!
「へんだなあ。友軍機なら、この前になにかいってくるはずだ。これは、あやしい。おい、みんな、その場に散れ!」
と、リント少将は、号令をかけた。
とつぜん現れたこの怪飛行隊は、どこの飛行隊であろうか。
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