武勇伝
地底戦車中から、はいだして、今、三人は、氷上に整列している。
前には、天幕が、四つ五つ張られてある。あたりは、一面のひろびろとした氷原であった。
「一番から、官姓名を名のれ」
三人の前には、一団の防寒服を身にまとった軍人が、立ち並んで、三人をじっと睨んでいる。その中の一人が、このように号令をかけた。
「陸軍戦車軍曹ジョン・パイ」
「陸軍戦車一等兵アール・ピート」
「……」
一同の視線が、三人目の沖島のうえに、集中された。
「おい、なぜ、黙っとる。早く官姓名を名のらんか」
「……」
「おい、お前は聞えないのか」
「こいつは」
と、パイ軍曹が、いおうとするのを、沖島は、皆までいわせず、
「地底戦車長、黄いろい幽霊」
「なに、もう一度、いってみろ」
「この地底戦車長の黄いろい幽霊だ」
「黄いろい幽霊! ふざけるな」
すると、パイ軍曹が、さっと前へ出て来て、沖島をするどく指し、
「こいつは、中国人――いや、日本人の密偵にちがいありません。この戦車の中に、しのびこんでいたので、自分が捕虜となしたものであります」
「え、日本人? そいつは、たいへんだ。それ、取りおさえろ」
「別に、逃げかくれはせん。逃げたって、この氷原を、どこへ逃げられるだろうか。アメリカ兵は、思いの外あわて者が多い」
「なに! かまわん、しばれ」
「いや、待て!」
前に進んだ一団の中で、どうやら一番えらそうに見える人物が、こえをかけた。
「は」
「その、黄いろい幽霊がいうとおり、こんなところで、逃げだしても、食糧がないから、生命がないことが分っている。だから、ことさら取りおさえる必要はない」
「しかし、閣下……」
「なに、かまわん。余に、思うところがある。そのままにしておけ」
その人物は、悠々としていた。
パイ軍曹は、けげんな顔だ。
彼は、そっと、号令をかけた将校のところへ近づいて、たずねた。
「みなさんがたは、南極派遣軍だということは、さっき戦車の天蓋を叩いて信号したときに、承知しましたが、あそこにいられるえらい方は、一体だれですか」
「あの方か。あの方を知らんか。リント少将閣下だ」
「えっ、リント少将閣下」
「そうさ、南極派遣軍の司令官だ」
「ええっ、すると、ここはリント少将のいられる基地だったんですね」
「ふん、そんなことが、今になって分ったか」
パイ軍曹は、叱られている。
リント少将は、沖島速夫の前へ歩みより、
「黄いろい幽霊君。パイ軍曹のいうことに間違いはないか」
と、しずかなことばで、たずねた。しかし少将の眼は、鷹の眼のように、光っていた。
「閣下。すこし話がちがうようです。正直者のピート一等兵に、おたずね下さい」
と、沖島は、ピートを指した。
「それでは、ピート一等兵。どうじゃ」
ピート一等兵は、さっきパイ軍曹が喋っているときから、しきりに拳をかためたり口をもぐもぐさせて、いらだっていたが、
「はい、リント大将閣下」
と、リント少将を大将にしてしまい、
「正直なところを申上げますと、すみませんが、パイ軍曹どののいうことは、すべて嘘っ八でありまして、ソノ……」
「嘘か。それで、どうした」
「ソノ、つまりこの地底戦車が、遭難船の船底をぬけおちまして、海底ふかく沈没しましたときから、自分は敢然、先頭に立って、この戦車を操縦しつづけたのであります。ぜひともこの大困難を克服しまして、この貴重なる地底戦車を閣下のおられるところまで、持ってこなければならんと大決心しまして、パイ軍曹どのと、この幽霊どのをはげましながら、ついにかくのとおり閣下のまえまで乗りつけることに成功しましたわけで、その勇敢なる行動については吾れながら……」
と、ピート一等兵は、はなはだ正直でないことをべらべら喋りだして、止めようもない。
投獄
リント少将は、さすがに、南極へ派遣されるほどの名将だけあって、早くも、わけを察した。
少将は、幕僚の参謀たちをふりかえり、
「どうだ、事情は、のみこめたろう。要するに、パイ軍曹とピート一等兵とは、この地底戦車の中にとじこめられ、蒼くなっていた。そのとき、戦車の中にかくれて、密航していたこの黄いろい幽霊と名のる男が、二人をはげまして、ともかくも、地底戦車を、ここまで、のりあげてきたのだ。そうではないか」
参謀たちも、このリント少将のことばに、うなずいた。
少将は、なおも、ことばをついで、
「地底戦車は、一台のこらず、海底にしずんでしまったことと思っていたが、こうして一台でも助かったのは、わがアメリカ陸軍のため、よろこばしいことだ。われわれは、この一台を、できるだけうまく使って南極におけるわれわれの仕事を、やりとげなければならない」
参謀たちは、また大きくうなずいた。
「ところで、この黄いろい幽霊の始末だがどうしたものであろう」
参謀たちは、顔を見合せたが、
「軍司令官閣下。こいつは、地底戦車の秘密を知った奴ですから、今すぐに、銃殺してしまうべきであります」
「自分も、同じことを考えます。こいつは日本のスパイに、ちがいありませんから、殺してしまうのが、よろしい。このまま、生かしておくと、またどんなことをするかもしれません。日本人という奴は、大胆なことをやるですからなあ」
みんな、沖島を早く銃殺せよというのだ。
少将は、そこで顔を、沖島の方へむけなおして、大胆不敵な彼の面を、しばらくじっとみつめていたが、
「おい、黄いろい幽霊。本官が、日本の将校なら、君の勇敢な行動を大いにほめてやるところだが、余はアメリカの軍司令官だから、そうはいかんぞ。只今から、君は、監房につながれることになった。もうあきらめて、おとなしくしているように」
沖島速夫に、ついに、きびしい刑罰が、きまったのであった。しかし彼は、べつに顔色をかえるでもなし、にこにこして、リント少将のことばを、きいていた。
それから沖島は衛兵にまもられて、監房につれていかれた。
監房は、氷の中にあった。つまり、氷を下へ掘って、氷の地下室が出来ている。そこに、氷の監房がつくられてあった。
監房の扉は、木でこしらえてあった。のぞき窓も、やはり木で、くみたててあった。氷と木材との合作になる監房であった。
沖島速夫は、このふしぎな監房の中に、押しこめられたのであった。
なかは、いたって、せまい、やっと、二メートル平方ぐらいであった。
空気ぬき兼明りとりの天窓が、天井に空いていた。
この監房は、ふしぎに寒くない。氷の中にとじこめられているのだから、冷蔵庫の中に入っているようなもので、さぞ寒かろうと思ったのに、かえって温い感じがしたのである。
沖島は、缶詰をいれてきたらしい箱のうえに、腰をおろした。彼はべつに悲しんでいる様子もなかった。
「さあ、ここですこしねむるかな」
彼は、腰をかけたままいねむりをはじめた。どこまで大胆な男であろう。
しばらくねむった。そのうちに、彼をよぶものがあった。
「おい、黄いろい幽霊!」
はて――と、眼をさますと、窓のところに二つの顔が、沖島の方をのぞいていた。
一つは、衛兵の顔、もう一つの顔は、ピート一等兵の大きな顔であった。
「おい、コーヒーをもってきてやったよ」
ピートがいった。
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