海野十三全集 第6巻 太平洋魔城 |
三一書房 |
1989(平成元)年9月15日 |
1989(平成元)年9月15日第1版第1刷 |
1989(平成元)年9月15日第1版第1刷 |
この物語は、西暦一千九百五十年に、はじまる。
すると、昭和の年号でいって、昭和二十五年にあたるわけである。
今年は、昭和十五年だから今から、丁度十年後のことだ、と思っていただきたい。 作者しるす
極南へ
アメリカの貨物船アーク号は、大難航をつづけていた。
船は、あと一日で、目的の極地へつくはずになっていたが、あいにく今になって、猛烈な吹雪に見舞われ、船脚は、急にがたりとおちてしまった。この分では、とても、あと一日で、めざす極地の新フリスコ港に入るのはむずかしくなった。
なにしろ、極寒の地帯における吹雪ときたら、そのものすごいことは、ちょっと形容のことばが見つからないくらいだ。
時は今、極地一帯は、白夜といって、夜になっても太陽が沈まないで、ぼんやり明るい光がさしているのであったが、とつぜん一陣の風とともに、空は、墨をながしたように、まっくらになり、とたんに天から白いものがおちだしたかと思うと、まもなくあたりは白壁の中にぬりこめられたようになって、すぐ前にいる水夫の姿が、全く見えなくなり、階段がどこにあったか、ロープがどこに積んであったか、わけがわからなくなる。
帆ばしらは、今にも折れそうに、ぎちぎち鳴りだすし、舷を、小さく砕かれた流氷がまるで工場の蒸気ハンマーのように、はげしい音をたてて叩きつづけるのであった。
船長フリーマンは、船橋で、一等運転士のケリーと、顔を見合せた。
「おい、一等運転士。これは一体、どうするね」
「は、船長。風向きは幸い北西ですから、当分このままに流されていったら、どうでしょうか」
「まあ、そんなところだろうな。だが、新フリスコ港につくのがいつになるやら、見当がつかなくなった。とにかく、今すぐに、無電で新フリスコ港へ連絡してみなさい」
「は、リント少将を、呼びだしますか」
「それがいいだろう。少将は、明日この船が到着することを、いくども念を押していたから、すこしは叱られるかもしれないぞ」
「はい、やってみましょう、ともかくも……」
無電は、新フリスコ港にこの船を出迎えに来ているリント少将につながれた。
「なに、船がおくれる。こっちへ到着するのは、二日のちか三日のちか、見当がつかないって。冗談じゃないよ。それじゃ万事、めちゃくちゃだ。どうするつもりだ」
「さあ、よわりましたな」
と、一等運転士は返事をしたが、少将のつよい語気に、すこしむっとした。本船は今、難破もしかねないような吹雪の中に、やむをえず、ぐんぐん流されていくのだ。ひとの気にもなってみないで、いうことばかりいうと、むかむかしてくるのを、やっとおさえ、
「なにしろ、ひどい吹雪で、人力では、どうにもなりません。先が見えないのですから、いつ流氷に舳をくだかれるか、わかったもんではないのです」
「困ったなあ。汽船なんか、旧時代の遺物だね。潜水艦などは、大吹雪も平気で、どんどんこっちへついているんだ。君では、話にならない。船長をよんでくれたまえ」
「はあ、船長ですね」
船長が代って、電話をきいた。
「一等運転士のいうとおりですよ、全くどうにもなりません」
「船長の見込みでは、アーク号は、いつ到着するのかね」
「全く、わかりません。天の神様にでも、うかがってみなくてはなりません」
「おい、子供にお伽噺をしているんじゃないよ。はっきりしてくれたまえ、はっきり。こっちは、アメリカ連邦の興廃について、責任を感じているんだからな」
「でも、こればかりはどうも」
「では、仕方がない。こっちから、別の汽船か軍艦を迎えにやることにしよう」
「それは、どうも。迎えていただいても、貨物の積みかえにはどうにもなりませんよ」
「そうだ、その船につんでいる貨物が、明日中にこっちへ到着しないと、せっかく二年間を準備に費した大計画が、水の泡になってしまうのだ」
少将の声は、気の毒なほど、悄気ていた。一体リント少将は、アーク号の積荷の、どんな品物を待ちわびているのであろうか。
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