地底機関車
「三吉、大事件だ。お前も働かせてやる」
とグリグリ眼の男はイキナリ言った。
「大変威張ってたね、大辻老」
と三吉少年は天井を指さして笑った。天井から下りて来ていたのは、この事務所の応接室を覗く潜望鏡のような眼鏡と、その話をききとる電話とだった。客が来ているときは猫の眼が青く光る仕掛だ。
「こいつがこいつが」と老人らしくもないがグリグリ眼の大辻小父さんは、三吉の頸を締めるような恰好をした。「しかし大事件を頼んでいったよ。芝浦の大東京倉庫の社長さんが来たんだ。昨日の夕刻、沖合から荷を積んでダルマ船が桟橋の方へやって来るうち、中途で船がブクブク沈んでしまった。貴重な品物なので今朝早く潜水夫を下してみたところ、チャンと船は海底に沈んでいた。しかし調べているうちに、大変なことを発見した」
「面白いね」と三吉少年は手をうった。
「なにが面白いものか」と眼をグリグリとさせて「荷物の一部がなくなっているんだ。しかも一番急ぎの大切な荷物が」
「その荷物というのは、なーに?」
「地下鉄会社が買入れた独逸製の穴掘り機械だ。地底の機関車というやつだ。三噸もある重い機械が綺麗になくなってしまったんだ」
不思議も不思議!
ホラ探偵大辻又右衛門
「地底機関車というのは、素晴しく速力の速い穴掘り機械で、今日世界に一つしかないものだそうだ。何しろそれを造った独逸の工場でも、もう後を拵えるわけにゆかない」
「なぜ?」と三吉少年は訊ねた。
「それを作った技師が急死したからだ」と、ここで大辻老は得意の大眼玉をグリグリと動かした。「地下鉄では青くなっている。是非早く探してくれというんだ。それでわしのところへ頼みに来た。ヘッヘッヘッ」
「あんなこといってら。先生に頼みに来たんだよ。誰が大辻老なんかに……」
「ところが、ヘッヘッヘッ。――先生は今フランスへ出張中だ。先生が手を下されることは出来ないじゃないか。そうなれば、次席の名探偵大辻又右衛門先生が出馬せられるより外に途がないわけじゃないか。つまりわしが頼まれたことになるのじゃ。オホン」
大辻老はそこで大将のように反身になったが、テーブルの上の麦湯の壜をみると、忽ちだらしのない顔になり、ひきよせるなり、馬のような腹に波をうたせて、ガブガブと一滴のこらず呑んでしまった。
「ああ、うまい。ここの井戸は深いせいか、実によく冷えるなア」
三吉にはそれも耳に入らぬらしく、折悪しく帆村名探偵の海外出張中なのを慨いていた。
怪盗「岩」
「岩が帰ってくるそうじゃ」
そういったのは警視総監の千葉八雲閣下だった。
「なに、岩が、でございますか」
とバネじかけのように椅子から飛び上ったのは大江山捜査課長だった。それほど驚いたのも無理ではなかった。岩というのは、不死身といわれる恐しい強盗紳士だ。彼は下町の大きい機械工場に働いていた技師だが、いつからともなく強盗を稼ぐようになっていた。頭がいいので、やることにソツがなく、ことに得意な機械の知識を悪用して、身の毛もよだつ新しい犯罪を重ねていた。三年前に脱獄して行方不明になったまま、ひょっとすると死んだのだろうと噂されていた岩だったが……。
「ここに密告状が来ている」
総監は桐函の蓋をとって捜査課長の前に押しやった。その中には一通の角封筒と、その中から引出したらしい用箋とが入っていた。
「うーむ」と課長は函を覗きこんで呻った。「イワハ十三ニチフネデトウキョウニカエッテクルゾ。――おお、差出人の名が書いてない。十三日! あッ、今日だッ」
非常警備につけ!
十三日というと、帆村探偵事務所へ、芝浦沖に沈んだ地底機関車が行方不明になった事件を頼みに来た丁度その日に当っていた。警視庁では「岩帰る」という密告状が舞いこんで、俄かに煮え返るような騒ぎになった。強盗紳士の手際に懲りているので、忽ち厳重な警戒の網が展げられた。
本庁の無線装置は気が変になったように電波を出した。東京と横浜との水上署の警官と刑事とは、直ちに非常招集されて港湾の警戒にあたった。陸上は陸上で、これ又、各署総動員の警戒だった。空には警備飛行機が飛び交い、水中には水上署が秘蔵している潜航艇が出動した。空、陸、海上、海底の四段構えで、それこそ針でついたほどの隙もなく二重三重に守られた。
大江山捜査課長は部下を率いて、横浜埠頭へ出張した。
「フネデトウキョウヘカエッテクルゾ……東京へ帰るというからには、芝浦へ着くのか、それとも横浜に着いて東京へ入るのか」
課長は大いに迷った。しかし愚図愚図することは許されない。係員を半分にわけ、一隊は芝浦港へ、一隊は横浜港へ。そして課長自身は信ずるところあって横浜へ――。
さて今や、当日たった一艘入港する外国帰りの汽船コレヤ丸が港外に巨影を現した。
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