怪! 四次元振動――博士の勲功
オルガ姫の解読はつづく。
「――故に、わが日本は、急ぎ金星に対して、防禦手段を講ずるの必要に迫られたるものにして、強烈なる磁力と、混迷せる電波とをもって巧みなる空間迷彩を施し、その迷彩下において、極秘の要塞化をなしたるものにして、今やわが日本は、空中より見るも、その所在を明らかにせず、また水中よりうかがうも、その地形を察知すること能わず、もし強いて四次元振動をもって、ベトンに穿孔せんとすれば、侵入者は反って激烈なる反撥をうけ、遂には侵入者の身体は自爆粉砕すべし。かくして、今や日本は、金星超人の襲来を恐れず、日本要塞は完成したるなり」
「ふうん、そうだったか。日本全体が、一つの要塞となったわけだな。オルガ姫、それからどうした?」
「――さりながら、黒馬博士に対して、余、鬼塚元帥は、そぞろ同情を禁じ得ざるものなり。以上述べたるところにより明らかなる如く、日本要塞は、外部より何者といえども、絶対に侵入するを許さざる建前により、戒厳令中は、たとえ黒馬博士なりとも、ベトンを越えて日本要塞内に入ることを許されず。すなわち、黒馬博士は、戒厳令中、日本要塞より締め出されたる状態にあり、乞う諒解せよ」
「なんだ、私は、祖国日本から、締め出しをくったのか。こいつは、けしからん」
オルガ姫は、先を読みつづける。
「――されど黒馬博士よ。貴下の勲功は偉大なり、貴下は、救国の勇士なり」
「えっ、私が救国の勇士だというか」
「――貴下は、或いはクロクロ島を操縦し、或いはまた三角暗礁に赴き、或いは魚雷型潜水艇を駆って東西の大洋を疾駆し、そのあいだ、巧みに金星超人X大使を牽制し、X大使の注意を建設進行中わが日本要塞の方に向けしめざりし殊勲は、けだし測り知るべからざる程大なり。もし貴下がX大使を牽制せざれば、X大使は、必ずわが本土に近づきたるべし。わが本土に近づけば、未完成のベトンを浸透して、国内に侵入し、わが要塞建設を察知すべく、よって直ちに金星へ通信し、金星大軍は、時を移さず、わが本土内に攻め入り、ひいては地球の大敗北を誘致するに到りたるものと想像し得らるるなり。黒馬博士の殊勲に対し、余鬼塚元帥は、深甚なる謝意と敬意とを捧ぐるものなり」
「ああ、そうだったか。あのX大使というのは、金星超人だったか。なるほど、それでこそ、四次元振動を起して、風の如く鉄扉を越えて闖入してきたり、それから、私に四次元振動をかけて、ユーダ号へ連れていったり、魔術のようにふしぎなことを、やってみせたのだな」
四次元振動は、一種の魔術だ。米連艦隊の主力艦オレンジ号が、いきなり宙吊りになったり、それから、艦体の半分が見えなくなったりしたのも、四次元振動を使って、人間を、あっと愕かすのが目的だったのだ。
それを諒解するには、こんなことを考えてみるがいい。
平面の世界――いわゆる二次元世界に住んでいる生物があったとする。つまり、一枚の紙の上が、彼等の世界であったとする。今、彼等より一次元上の生物、たとえば人間の如き三次元生物が、傍へやってきて、その一枚の紙を手にとり、それを、いきなり二つに折り畳んだとしよう。すると、紙の両端だと思っていたところが、一瞬間に、互いに重り合うだろう。両端どころか、同一点となってしまうのだ。
二次元生物には、紙が二つに折られたというような三次元的現象を想像する力がない。だから、人間から見れば、紙を二つに折るなどということは、すこぶる簡単なことなのであるが、二次元生物にとっては、これが魔術としか思われないのだ。
オレンジ号が、いきなり宙吊りになったことや、また艦体の半分が見えなくなったことなども、それと同様の説明がつく。つまり、金星超人の手によって、オレンジ号は、四次元的に扱われたのである。われわれ三次元生物から見れば、魔術としか思われないその現象も、彼等金星超人より見れば、何の苦もなき他愛のない悪戯にすぎないのであろう。
鬼塚元帥の電文によると、わが日本においても、世界に魁けて、すでに、四次元振動現象の研究がすすめられていたということで、たいへん結構なことであるが、金星においては、更にそれよりももっと以前から、その研究が完成しており、四次元振動を自由に使いこなしていたのである。金星超人が、地球人間よりも、はるかに智能においてすぐれていることは、これでよく分った。
鬼塚元帥は、私を日本要塞より締め出しておきながらも、しきりに私の殊勲をほめてくれる。しかしどう考えても、締め出しは、恐れ入るの外ない。
それと同時に、私は、これまで知らないこととはいいながら、よくもまあかの恐るべき金星超人X大使と対等に張り合っていたものである。もし事前に、X大使の正体を知っていたとしたら、私はああまで、彼に対し、強硬なる態度を維持していることができなかったであろう。盲人蛇に怖じずという諺があるが、私のX大使に対する場合も、それに近いものであった。
さて、私は、これからどうすべきであろうか。日本要塞から締め出しをくった私は、一体いずこへ赴くべきであろうか。
オルガ姫は、最後の節を読みあげた。
「――黒馬博士よ。余鬼塚元帥は、貴下が、このベトンの上を去り、クロクロ島に帰還せらるることを薦めるものである。クロクロ島は沈没したるも、貴下の手によって、修理し得られるものと信ず。クロクロ島が、貴下の手によって建造せられたるとき、余は博士に祝意を表するため、磁石砲という機械を贈呈し、島内に据付けしめたることを、博士は記憶せらるるや。その折、博士に対しては、かの磁石砲の一般的使用法のみを伝授し置きたるが、実は、かの磁石砲は、或る特別の使用法によって、更に愕くべき偉力を発揮するものなり。博士よ、クロクロ島に赴きて、磁石砲の操縦器を改めて調べられよ。中央に見ゆる三基のスイッチを、三基とも、停止の位置より逆に百八十度廻転せられよ。かくすることにより、磁石砲は、四次元振動反撥砲に変ぜらるべし。よって、その偉力を試みられよ。今日まで、かかる特殊の使用法あるを伝授せざりしは、わが日本要塞が未完成状態にありしを以て、それを伝授することは、機密漏洩の虞あり、金星超人に乗ぜらるる心配ありしをもって、その伝授を只今まで、控えしものなり。さらば黒馬博士、クロクロ島へ帰れ。而して、余よりの新しき命令を待て。余鬼塚元帥は重ねて博士に対し、深甚なる敬意を表す。――これで、元帥からの電文は、おしまいですわ」
と、オルガ姫は、終りを告げた。
「おお、そうか。なるほど、なるほど。では、オルガ姫、太平洋の海底に沈んだクロクロ島を探し求めて、そこへ帰ることにしよう。出発!」
私は元気よく、そう命令した。
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