黄いろい煙――怖るべし超溶解弾
久慈が、ワシントンの監察隊によって襲撃されたのだ!
汎米連邦からは、一人の外国人も余さず追放されたのに、久慈は、大胆にも、ひそかにワシントンの或る場所に、停っていたのである。私の無電通信が、運わるく、警備軍のために発見されてしまった。彼は果して、無事に逃げ終せるであろうか。私は、胸に新たな痛みをおぼえた。
高声器が、がくがくと、ひどい雑音をたてた。
「おや、まだ、向うのマイクは、生きているな!」
と、私は、思わず目をみはった。
とたんに、高声器の中から、久慈ではない別人の声がとびだした。
「おや、誰もいない。たしかに、この部屋の中に怪しい奴がいたんだが……」
「おかしいなあ。逃げられるわけはないのですがねえ」
と、これは、また別のこえだった。
久慈は、監察隊の眼から、のがれているらしい。どこにひそんでいるのか、それともうまく逃げ終せたのか。
「もっと探せ。おや、その書棚のうしろが、おかしいぞ。黄いろい煙が出ている。やっ、くさい!」
「書棚のうしろですか。よろしい、書棚をのけてみましょう」
二人のこえが、遠のいた。
数秒後、二人の驚いたこえが、再び高声器の中に入ってきた。
「あっ、ここから逃げたんだ。鉄筋コンクリートの壁に、こんな大きな穴が開いている。これは、今開けた穴だ。それにしては、この黄いろい煙がへんだ。合点がいかない」
「わかったわかった。もっと奥の方の壁に、穴を開けているんだ。よオし、二人して、とび込もう」
「待て! とびこむのは、あぶない。この穴の開け方は尋常でない。相手はたいへん強力な利器をもっているぞ。とびこんではあぶない」
「だが、もう一息というところだ。では、自分が入る!」
「よせ、あぶないぞ」
「なあに、これしきのこと!」
「あっ、とびこんでしまった!」
と、穴の開き方に、疑いをもらしていた一人の監察隊員は、絶望の叫びをあげた。
それから、更に数分後――
「おっ、この煙は何だ。やや彼奴の声らしい。ただならぬ声だ。さては、やられたか。――おお、そこに足が見える。待て、今、ひっぱり出してやる。うーんと……」
残った隊員は、力を入れて、同僚の足をとって、穴から曳きだす様子!
「ややッこれは……。首が、とけてしまった! やっぱりそうだ。これはたいへん。噂にきいた超溶解弾を使っているらしい。これは危い、すぐ本隊へ知らせなくては……」
隊員の声が、引込むと、とたんに、高声器が割れたかと思うほどの、ひどい雑音がとび出し、そのまま高声器は鳴らなくなってしまった。
私は、深い溜息をついた。
(久慈の奴、ついに超溶解弾を使ったか。使ったのはいいが、一切の証拠を、あそこに残してこなければいいが……)
私は、心配であった。
だが、いくらこっちで、心配をしてみても、向うのことが、どうなるものでもなかった。私は、一切をあきらめるしかなかった。
私は、スイッチを切った。そしてまた階段をのぼって、夜空の下に立った。
美しい夜だ。
星明りばかりで、他に、なんの灯火も見えない。視界のうちには、人工的な一切の光が、存在しないのであった。そしてこのクロクロ島のうえでは、自然はかくも美しいのであった。
光ばかりではない。音さえない。
浪の音さえ、聞えないのである。この島では、打ちよせる浪の音は、たくみに、補助動力に使われ、そして音を消してあった。だから、時折、頬のあたりをかすめる微風が、蜜蜂の囁くような音をたてるばかりだった。――この島では、光と音と、そして電磁波とが、すこぶる鋭敏に検出されるようになっていた。――
かく物語る私とは、何者であろうか?
名乗るべきほどの人物でもないが、もう暫く、読者の想像に委せておこう。
哨戒艦隊――テレビジョンに映った影
時間は流れた。
クロクロ島の夜は、いたく更け過ぎて、夜光時計は、今や二十一時を指している。
待っている第三回目の怪放送は、まだアンテナに引懸らないらしい。オルガ姫は、ずっと下に入りきりで報告に上ってこないのであった。
いつもなら、もう疾くの昔にベッドに入る頃だが、今宵は、なかなか睡られそうもない。
久慈から聞いた遂に汎米連邦に動員令が出たとの飛報は、私を強く興奮させてしまった。なかなかベッドに入るどころではない。首を巡らせば、今オリオン星座が、水平線下に没しつつある。私は、暫く、星の世界の俘虜となっていた。
階段を駈けあがってくる足音が聞えた。
オルガ姫だ。
(さては、遂に、第三回目の怪放送が、キャッチされたか)
と、私は、古びた籐椅子から、体を起した。
やっぱり、それはオルガ姫だった。
「大至急、下へお下りになってください。この方面へ、怪しい艦艇が近づいてまいります」
「なに、怪しい艦艇が……」
このクロクロ島のあるところは、各種の航路をさけた安全地帯なのである。ところが今、怪しい艦艇が近づきつつありと、オルガ姫は、報告してきたのであった。
怪しい艦艇とは、いずくの国のものぞ。
その詮議はあとまわしだ。今は、なには兎もあれ、待避しなければならない。私は、椅子から腰をあげた。
「姫、籐椅子を、下にもってきてくれ」
「はあ」
「それから、後を頼むぞ」
「はい」
私は階段を、駈け下った。
つづいて、オルガ姫が椅子を持って、階段を駈け下りてきたと思うと、彼女はその足ですぐ配電盤のところへ、とんでいった。
複雑なスイッチが、つぎつぎに入れられた。赤や白や緑やの、色とりどりのパイロット・ランプが、点いたり消えたりした。防音壁をとおして、隣室の機械室に廻っている廻転機のスピード・アップ音が、かすかに聞える。
私たちの体は、なんの衝動も感じなかったけれど、深度計の指針は、ぐんぐん右へ廻りだした。
室内の空気の臭いが、すっかりちがってきた、薬品くさい。もちろん、それは濾過層を一杯にうずめている薬品の臭いであった。
「三隻よりなる哨戒艦隊、東四十度、三万メートル!」
オルガ姫は、すきとおる声で、近づく艦艇を測量した結果を、報告した。
「どこの国の艦だか分らないか」
「艦籍不明!」
と、オルガ姫は、すぐに応えた。
「艦籍不明か。どうせ汎米連邦の艦隊だろうが、なんの用があって、こっちへ出動したのかな」
まさか、このクロクロ島が見つかったためではあるまい。
だが、先刻、久慈は、私に向って警告した。
(この調子では、そっちへも、監察隊が重爆撃機に乗って急行するかもしれませんよ!)
という意味のことを云った。今、近づいてくるのは、哨戒艦であって、重爆撃機ではないから、話はちとちがう。といって、もちろん、安心はならない。
「二万メートル!」
と、オルガ姫が叫んだ。私は、哨戒艦との距離二万メートルの声を待っていたのだ。
「おお、そうか。では――テレビジョン、点け! 吸音器開け!」
私は、命令した。
壁間に、ぽッと四角な窓があいた。窓ではない、テレビジョンの映写幕である。静かな海面、すこし弯曲した水平線、そして、そのうえに、ぽつぽつと浮かぶ三つの黒点――それこそ、近づく三隻の哨戒艦であった。このテレビジョンは、赤外線を受けているので、映写された夜景は、まるで昼間の景色と同様に明るく見えるのだった。
その横では、吸音器が、はたらきだした。ざざざーッと、いそがしそうに鳴るのは、全速力の哨戒艦が、後へ曳く波浪のざわめきであろう。
映写幕のうえの艦影は、刻々に大きくなってくる。
その三点の黒影は、ぽつぽつぽつと並んでいたと思うと、しばらくすると、どっちからともなく寄って一緒になってしまう。そしてまた暫くすると、離れる。そのとき、一番艦が、左から右へ移り替る。――艦隊は、ジクザク行進をつづけているのだ。
私は、この様子を、じっと眺めていたが、艦隊が、わがクロクロ島の方位を、完全におさえていることを知った。一体、どこで、うまく見当をつけられてしまったのであろうか。
「こいつは、油断がならないぞ!」
私は、万一の用意をした。
そのうちに、艦影は、映写幕一杯になった。4と記した赤灯が、ふっと消えて、その隣りの3と書いた赤灯が点いた。映写幕上の艦影は、とたんに小さくなった。
が、こんどは、艦影は、どんどん大きくなっていった。赤灯は2が点き、遂に1が点いた。そのころ吸音器から、ぼそぼそと、人の話ごえが聞えてきた。
「一番艦の艦橋のこえを採れ!」
私は、号令をかけた。
オルガ姫は、どこの国の機関部員にも負けない敏捷さでもって、しきりに目盛を合わせた。――吸音器からのこえが、急に大きく、明瞭になってきた。
「司令、たしかにこの方位にちがいないのですがなあ」
と、アメリカ訛りのある英語が!
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