恫喝代行――人間でなければ彼は何者ぞ?
“ピース提督、改めて聞こう。欧弗同盟軍に対し砲門を開くかどうか”
X大使の、膝づめの談判だった。
「うむ。黒馬博士が、もうこれ以上、わが艦隊に害を加えないと約束されるなら、余は、欧弗同盟軍を攻撃するであろう」
“約束とは、何だ。約束とは、対等の位置の者に対していうべきだ。今、われは勝利者だ。貴官は、降服者だ。それを忘れてどうするのか”
「うむ――」
“貴官が「わが艦隊をこれ以上傷つけないように」と希望するならば、それも遂げられるであろう。但し、それがためには、貴官は、今言明したことを、早速実行のうえに示さなくてはならぬ”
「ええっ――」
“今、欧弗同盟の空軍の一部は、アフリカ東岸の基地を出発して、極東へ向っているが、あと十数分のうちに、貴艦隊の左舷前方から現われるであろう。よって貴艦隊は、これに対し、直ちに高角砲をもって砲撃せよ。よろしいか。そうすることを約束するなら、私は一時、退席しよう”
「やむを得ん。たしかに、余はその約束をまもるであろう」
“約束をまもらないときは、貴艦隊はどんなことになるか犠牲戦艦オレンジ号の例によって、よく考えておくがいい”
「ああ、黒馬博士。オレンジ号を、かえしてもらいたい」
“いや、それは聴かれない。全艦隊が没収されなかったことを、せめてもの拾いものだと思うがよろしい”
X大使は、そこで、私の耳に囁いていうには、
“さあ、もうこのへんで、君は引込むのがいいだろう。では元の場所へかえしてあげよう”
そういったかと思うと、私は又、きつい目まいに襲われた。そして数秒後、その目まいが去ったとき、私は再び元の三角暗礁内の一室に戻っていたが、目の前には例の怪しい姿をしたX大使が、厳然と立っているではないか。
私は、はっと夢から覚めたように感じた。
「黒馬博士。どうも、ご苦労だった。君は、なかなかうまくやってくれたので、わしは悦んでいる」
「いやあ、ご挨拶、いたみ入る」
と、私は、くすぐったい返事をした。
実をいうと、私はあまりいい気持ではなかった。虎の威をかる狐という悪口があるが、それと同じ事をやってきたのだ。まことにやむを得ないことではあったけれど。
「X大使、これから、どうなるのかね」
「どうなるって、君の心配しているのは、米連主力艦隊のことであろう。うむ、いよいよ米連側は、高角砲をもって火蓋を切りだしたよ。おお、三千機の超重爆機から成る欧弗同盟のアフリカ第四空軍は、今、異常なる混乱に陥った。おお、空中衝突だ。不意うちをくって、空軍の損害はなかなか大きいぞ。いや、陣形がかわってきた。いよいよ敵意がはっきりしたようだ。これはますますやるぞ」
X大使は、じっと直立したまま、うわごとのように観戦光景を喋った。
「すると、不測の戦闘が起ったというわけですね」
「そうじゃ。これが、開戦のきっかけじゃ。たとえ間違いから起っても、これだけの戦闘が開始されると、ついに全面的大戦争に追いこまれる筈なんだ。……いや、米連主力艦隊が苦戦だ。あっけなくやっつけられては、こっちの計算に反する。どりゃ、ちょっと、向うへいって来る」
「また、向うへいくのかね、X大使」
「そうだ。わしは、これから出掛ける。じゃあ失敬。そのうちに、また会おうよ」
「うむ。まあ、気をつけていきたまえ」
「なに、気をつけていけって。あははは。人間じゃあるまいし、心配することなんか、何もありはしないよ。あははは」
X大使は、奇怪なる放言をのこして、かき消すようにその姿は見えなくなった。
“人間じゃない!”
かねて私は、X大使の身の上に、疑いをもっていた。彼は人間ではなさそうだと思っていたが、今彼は、わざとそういったのか、それとも不用意にいったかはしらないが、ともかく、
“人間じゃあるまいし……”と放言して、姿を消した。
人間でなければ、彼は何者ぞ?
四次元世界の生物?
或いは、四次元世界へ跳躍することを会得した超人であるかもしれない。
しかし、今のところ、彼はわれわれ日本の側に立って力を貸しているが、それが、私にとって最も合点のいかないところであった。
東京湾いずこ――空前の大激戦
世界情勢は、三転した。
米連対欧弗の戦争勃発が伝えられ、それが再転して、両国の握手となり、極東に対して共同作戦をとると見えたが、今また三転して、再び米連と欧弗とは、険悪なる関係に投げこまれ、すでに両軍の間には、激戦が展開されているようであった。
この間に立って、私は、何をしたらいいのであろうか。
私は、しばし静思をしたが、そのとき忽然として、脳底にうかび上ったのは、祖国日本の安否であった。
さきに、祖国との通信は、とつぜん杜絶してしまったのであった。あれほど、自分と堅い約束をした鬼塚元帥さえ私の電波に応じて、答えようとはしなくなった。しかも祖国から発せられる各種の電波信号は、悉く何者かによって、妨害されていた。だから、言葉をかえていえば、祖国日本は、いま行方不明であるともいえる。私は、この際、なにはおいても、祖国の安否を知るため、急行で引返すのがいいと思った。
(うむ、祖国へ帰ろう。ついでに、元帥に会って、親しくX大使の事件を報告しておく必要がある。もしも祖国へ予告もなしにX大使があらわれるようなことがあったとして、誰か取扱い方をあやまるようなことでもあれば、一大事だ。折角の味方が、敵になっては困る。しかも敵といっても、大敵なんだから……)
私は決意した。
「オルガ姫、快速潜水艇の修理は、出来あがっているのか」
私は久しぶりに、オルガ姫の名を呼んだ。
「はい。修理はすみました。いつでも、出動できます」
「そうか。では、すぐ出かけよう。日本へ急行するのだ」
「はい」
私は、「三角暗礁の日記」に、簡単に祖国への出発の次第を記して、この重宝な基地を、また立ち出でた。私たちは、また、狭くるしい魚雷型潜水艇の中に、横になった。
「出発します」
洞窟の壁がうごきだした。窓の外を、鱶がさっと通りすぎた。間もなく窓外は、まっくらとなった。三角暗礁を出たのである。
「全速力だ。そして、いつものところへつけるのだ。東京港の潜水洞へ!」
艇は、おいおいと速度をあげていった。海流にぶつかり加速度が不意に落ちると、ずきずきと頭痛が始まった。この潜水艇による大渡洋は、なかなか骨が折れる。
暫くいくと、水中聴音器から、気味のわるい振動音が聴えてきた。それは、いけばいくほど激しくなってきた。
「爆雷のようだが……」
私は、透過式の電子望遠鏡をひきよせて、はるかに音のする海底を見やった。
「ああ、爆撃だな、すると、あそこは、米連主力艦隊の位置であろう」
私は、電子望遠鏡を調整して、海面から上を覗いた。
「おう、やっているな。これは、空前の大激戦だ!」
なんたる壮観! 空中には、何千機とも知れず、さまざまの形をした飛行機が、入り乱れて闘っていた。そのあたり一帯は、無数の小さい雲の塊のようなものがとんでいる。それは、真下にあえいでいる米連主力艦隊が、必死となって撃ちあげている角砲の硝煙であった。
米連側は、艦載の快速戦闘機をもって、対抗しているらしいが、見たところ、欧弗同盟軍の方が優勢らしい。米連の艦隊は、煙幕の中に隠れているが、その半数は爆撃のため損傷をうけ、傾いている。惨状は、目を蔽いたいくらいだ。その中に、旗艦ユーダ号が、なおもひらひらと司令長官旗を掲げ、陣頭に立っているのは、むしろ悲壮な感じがした。この様子では、ピース提督も、間もなくユーダ号とともに、海底に沈んでしまうことであろう。
私は、両軍の大死闘をもっと見ていたかったが、それよりも祖国のことが心配になるので、興味あるその戦場を、ほんの十数秒の間にすりぬけてしまった。
それから一時間ばかり経った。もうそろそろ、東京港のシグナルが聞える筈であった。が、一向に、それが聞えない。そのうちに、潜水艇が急に速度をおとしてしまった。
「どうした、オルガ姫」
「たいへんです。東京港の潜水洞があった場所まで来ましたが、肝腎の潜水洞が見えません」
「場所がちがっているのではないか、よく探してみろ」
「いいえ、間ちがいなく此処なんです」
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