米連艦隊に遭遇――煙幕の中のクロクロ島
「……只今、艦隊の位置は、わが三角暗礁の東、約七十キロです」
オルガ姫は、すぐさま、米連艦隊の位置を報告した。電波が聞えれば、もうしめたもので、どの地点でその電波を出したかを、計器でちゃんと出すことが出来る。ただ、こうした海底の暗礁の中で、それをやるには、かなりいい受信機をもっていないと駄目である。
「ふーん、約七十キロ、東か。よし、じゃあ、すぐ出かけよう。オルガ姫、魚雷型快速潜水艇の入口をあけておけ」
「はい」
オルガ姫は小走りに、すっ飛ぶようにして、廊下を駈けだしていった。
私は出発にのぞみ、三角暗礁記と記された大きな帳面をひろげ、大急ぎで、いま三角暗礁をはなれるに至った事情と、その時刻とを書きこむことを忘れなかった。これは、後からくる者への引継ぎ上、どんなに急いでも、書き残しておく義務があったのである。
ペンを机のうえになげだすと、私はオルガ姫のあとを追って、廊下を走った。それから三分ののち、私たちは又あの狭くるしい魚雷型潜水艇の中に、横たわっていた。
「出発!」
「はい、出発します」
私は寝たまま、プリズム反射鏡をとおし、窓外にうつりゆく洞穴の景色にさよならをした。クロクロ島が、どういうことになっているのか判らないが、米連艦隊に見つかり、しかもそのすぐそばを漂流しているのだとすれば、救いだすのにとても骨が折れる。下手をやれば、こっちまで艦隊の砲撃目標になって、彼等を一層得意にさせることになろう。だから、三角暗礁も、これが見納めになるかもしれない。
エンジンの音が、高くなった。
艇は三角暗礁をぬけだして、海中をまっしぐらに走りだした。
さあ、いよいよ戦闘開始だ。
赤外線望遠鏡で、外をながめていると、ついに大型艦艇の船底が見えだした。
「おお、いるいる。一隻、二隻、三隻……ええと、これはたいへんだな。皆で二十五隻か。ふーん、これは、たしかに主力だ」
米連艦隊の主力が、大体北方にむけ進行中であることが分った。
私は、次に望遠鏡を廻転して、クロクロ島らしい漂流物の位置をもとめた。
「おお、やはりクロクロ島だ。浮きっ放しで漂流しているんだな。宇宙線ダイナモの故障らしい。なぜ予備発電機を使わないのであろうか」
私は、じれったくなった。
そのときであった。鈍い音響が、水中を伝わってきた。
「おや、なんだろう、あの音は……」
といっているとき、水中が急に明るくなった。一大火光が、ぱっと四方にひろがったと思うと、それが、つつッと上へのぼって、小さくなった。と、またつづいて、同じような火光が、つづけざまに……。
「そうか、わかった。あれは、砲弾だ。うむ。クロクロ島が、砲撃をうけているんだな。こいつは、よくないぞ」
クロクロ島は、無類丈夫にできている。しかしいくらクロクロ島でも、二十五隻から成る主力艦隊の巨砲の標的となっては、たまらない。こいつは、早く助けないといけない。
「煙幕放出用意。第一号から第五号まで、安全
抜け」
「はい」
オルガ姫は、忠実だ。
「はい。第一号から第五号まで、安全
抜きました」
「よろしい。上昇始め」
「はい、上昇始めます。深度八十、七十六、七十四、七十二……」
オルガ姫は、早口で深度を読む。
「……深度十二、十一、十、九、八……」
深度が五となったとき、私は煙幕放出を号令した。そして直ちに、逆に降下を命令した。
ぶすッ、しゅう、しゅう。
はち切れたような音だ。煙幕筒の第一号から第五号までが、海面で口を開いたのであった。これにより、おそらく十秒とたたないうちに、クロクロ島は、灰色の煙幕でもって、すっかり隠されてしまうはずであった。
わが潜水艇は、反転して、石のごとく、海底めがけておちていく。
私は耳をすましていた。米連艦隊の砲撃が、ぱったりと杜絶えたのを確認した。
(うまくいったらしい。とうとう、クロクロ島は、煙幕の中に、見えなくなったのにちがいない)
私はほっと一安心して、なおも海上の様子をうかがっていた。そのころ、艇は水平にもどって、同じ水深のところを、ぐるぐると環をかいてまわりだしたのである。
嗚呼、クロクロ島!――一発の水中榴弾
クロクロ島が煙の中に見えなくなったので、今ごろはさぞ米連艦隊の連中を、まごつかせているだろう。私は、そのように考えていた。
「オルガ姫。もう一度艇を上昇させて、煙幕の端の方から、テレスコープを出してみろ」
私は、命じた。
クロクロ島なら、いろいろと素晴らしい光学器械が備えつけてあるが、この魚雷艇は場所が狭いため、いくらもいいものが付いていない。
艇は上昇して、再び水深二メートル位へ上った。テレスコープが、そろそろとくりあげられる。――音はなんにも聞えない。もちろん、砲声も銃声も聞えない。林のごとく静かである。少し気味がわるくなった。
テレスコープが、波の上に頭を出した。とたんに、私の頭の中に入ってきた光景は、前方千メートル位のところに並んだ米連艦隊の偉容であった。クロクロ島を中心にして、ぐるっと取り巻いている様子である。なんというものものしい光景であろうか。
感嘆の心は、まもなく、はげしい憤りに変った。
だだん。どうん、どうん。
とつぜん、また砲撃が始まった。猛烈な砲撃である。今度は主砲を撃ちだしたものと思われる。クロクロ島付近に集る夥しい砲弾の雨! 海上も海底も、ひっくりかえるような騒ぎである。
「どうしたのかな。せっかく煙幕を張って、クロクロ島を保護してやったものなのに……」
と、私は意外の感にとらわれた。
クロクロ島は、やはり煙幕にとりまかれていた。しかるに、その上に、米連艦隊の砲弾は集中しているのであった。煙幕はあれど、さっぱり役に立っていないことが、明らかになった。すると、米連艦隊は、煙幕をとおして、標的の実体を見分ける特殊な測距儀をもっているのであろう。
「しまった!」
私は、歯ぎしりを噛んだ。だが、もう遅かった。
私は潜水艇を再び沈降させ、水中を見廻したが、赤外線望遠鏡の奥に、クロクロ島が、巨体を傾斜したまま、横すべりに沈没していくのが見えた。
「ああっ、タンクをやられたな。海水が、やっつけられたタンクの中に、どんどん浸入しているらしい」
沈没速度は、見る見るうちにはげしくなり、そしてクロクロ島は、ついに、海底に突きこんだ。乾泥が、高速度映画のように、海水の中に、緩かな土煙をたてる。千切れた海草が、ふらふらと舞い上っていくのが、爆風で跳ねあげられた人間のように見える。
クロクロ島の中にいる筈の久慈たちは、一体なにをしているのであろうか。その前、クロクロ島は、巡航中の米連艦隊の鼻の先を、悠々と漂流していたという。それは、正気の沙汰ではない。久慈たちは、なぜその前に、救助信号を出さなかったのであろうか。そう考えてくると、久慈たちは、既にクロクロ島の中で、死んでしまっているのではあるまいか。なぜ、そんな重大な事態を惹き起したのであろうか――と、私は頭脳の中を、いろいろな考えが、走馬灯のようにぐるぐると駈けまわる。
ああ遂に、超潜水艦は、沈没し去ったのだ。南半球において重大使命を果すはずのクロクロ島が、その機能を失ってしまったのだ。作戦は、一大くいちがいを起した。祖国日本にとっては、事態はまた更に一歩、険悪化した。クロクロ島の設計者であり、そして、つい先頃までは、その中に起伏していた私としては、こんなに残念なことが又とあろうか。私は、クロクロ島のまわりを、張りさけるような胸をおさえつつ、一周した。
そのときであった。
赤外線望遠鏡の中に、突如として、怪影を認めた。
「ああ、潜水艦だ!」
潜水艦が一隻、こっちへやってくる。正しくそれは、米連艦隊に属する潜水艦である。それは多分、クロクロ島の最期をたしかめに来たのであろう。いや、クロクロ島の正体を、調べに来たのかもしれない。これは、たいへんである。折角作りあげた秘密艦クロクロ島のことを、知られてしまってなるものか。
「よし、あの潜水艦を、このまま帰さないことにしよう」
私は咄嗟の間に、決戦の覚悟をきめた。折柄、クロクロ島の沈没しているあたりは、煙のような乾泥がたちこめ、咫尺を弁じなかった。私はその暗黒海底を巧みに利用して、その物陰から、敵の潜水艦に向って、一発の水中榴弾を撃ちだしたのであった。命中するか、それとも外れるか。もし外れるようなことがあれば、敵に勘づかれて、私は非常な不利な状態に落ちこまなければならない。私は、水中榴弾の炸裂するのを、じっと待った。
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