海野十三全集 第7巻 地球要塞 |
三一書房 |
1990(平成2)年4月30日 |
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷 |
1990(平成2)年4月30日第1版第1刷 |
怪放送――お化け地球事件とは?
西暦一九七〇年の夏――
折から私は、助手のオルガ姫をつれて、絶海の孤島クロクロ島にいた。
クロクロ島――というのは、いくら地図をさがしても、決して見つからないであろう。
クロクロ島の名を知っている者は、この広い世界中に、まず五人といないであろう。クロクロ島は、その当時、西経三十三度、南緯三十一度のところに、静かに横たわっていた。
そこは、地図のうえでみて、ざっと、南米ブラジルの首都リオを、南東へ一千三百キロほどいったところだった。
「その当時……横たわっていた」といういい方は、どうもへんないい方だ、と読者は思われるであろうが、決してへんないい方ではない。そのわけは、いずれだんだんと、おわかりになることであろう。
さて私は今、そのクロクロ島のことについて、自慢らしく読者に吹聴しようというのではない。私が今、ぜひとも、ここに記しておかなければならないと思うのは、或る夜、島のアンテナに感じた奇怪きわまる放送についてである。
その夜、私は例によって、只ひとり食事をすませると、古めかしい籐椅子を、崖のうえにうつした。
海原を越えてくる涼風は、熱っぽい膚のうえを吹いて、寒いほどであった。仰げば、夜空は気持よく晴れわたり、南十字星は、ダイヤモンドのようにうつくしく輝いて、わが頭上にあった。
私は、いささかわびしい気もちであった。
その気もちを、ぶち破ったのは、オルガ姫の疳高い悲鳴だった。
「あッ、大変、大変よ」
疳高い叫び声と同時にオルガ姫は、とぶように駈けてきた。
「どうした、オルガ姫!」
「怪放送がきこえていますのよ。六万MCのところなんですの」
姫は流暢な日本語で、早口に喋る。
「六万MC、するとこの間も、ちょっと聴えた怪放送だね。――録音器は、廻っているだろうね」
「ええ、始めから廻っています」
「ああ、よろしい。では、五分ほどたって、そっちへいく」
姫は、にっこりとうなずいて、地下室へつづく階段の下り口の方へ、戻っていった。
六万MCの怪放送!
この怪放送をうまくとらえたのは、これで二度目だ。前回は、惜しくも目盛盤を合わせているうちに、消え去った。いずれそのうちまた放送されるものと思い、このたびは、自動調整に直しておき怪放送が入ると同時に、オルガ姫が活躍するようにしておいたのである。
さて今夜は、録音器が、どんな放送を捕えたであろうか。
私は、階段を下りていった。
オルガ姫は、録音テープを捲きとって、発声装置にかけているところであった。
私は、すぐ始めるように命じた。
モートルが動きだすと、壁の中にはめこんだ高声器から声がとびだした。
「――器械が捕えたものであって、時は西暦一九九九年九月九日十九標準時、発信者は、金星に棲むブブ博士……」
そこまでは、明瞭にきき取れたが、そのあとが、空電とおぼしきはげしい雑音のため、全く意味がとれなくなってしまった。私は、舌打をせずにいられなかった。
しかし聴取不能の時間は、わずか三十秒で終り、それから先は、またはっきり聴えだした。
「……ところが、昨夜の観測によると、地球の表面は一変してしまった。なによりも驚かされたことは、陸地の形がすっかり違ってしまったことである。
地球に特有な逆三角形の陸地の形は、どこにも見られなくなり、それから、こまかな海岸線も全く消失し、只有るのは、掴えどころのない、のっぺりした曲線で区切られた海岸線が見えるだけである。ことに、記憶すべきは、陸地の面積が、わが金星から見える範囲内でも、約五分の一消失してしまった。
まことにふしぎな地球の異変現象であるといわなければならない。この現象を、一括して吾れブブ博士の感じをいいあらわすならば、地球は、この三十年の間を、化けてしまった。すなわち『お化け地球事件』と呼びたい。
なぜ、地球はかくもふしぎな化け方をしたのであろうか。それは今後の研究に俟って、明らかになるであろう――これがブブ博士の報告である。
西暦一九九九年といえば、今から約三十年後のことである。果してわが地球は、そのころ、左様な異変を起すであろうか。もしそのような異変を起すものとせば、その原因は、如何なることであろうか。
金星のブブ博士でなくとも、われわれこの地球に棲んでいる者として、たいへん気になることである。もしやそれは、例の大陰謀……」
というところで、放送者の声は、惜しくもまた空電に遮られてしまった。その後は、ついに、聴くことができないでしまった。空電が消えたときには、その怪放送も、空間から消えていた。
汎米連邦――いよいよ第三次世界大戦か?
「お化け地球事件」をつたえた怪放送の謎!
私は、只ひとり苛々し、呻吟した。
その怪放送者は、何処の何者であるかわからないが、たしかに、この地球のうえの、どこかに棲んでいる者にちがいない。彼は、どうして、その「お化け地球事件」のことを知ったのであろうか。
いや、それは兎も角としても、もしその放送が、真実をつたえているものであるとしたら、地球は、今から三十年後に、たいへんな変り方をするわけである。
なぜ、そんなことが起るのであろうか。なぜ地球は、そんな風に化けるのであろうか。
これを報告したのは、金星のブブ博士であるという。博士は、三十年後に、地球の表面にあのような変化がおこることを予言したのである。
いや、予言ではない。博士は三十年後の、そのお化け地球を、はっきり見たというのである。
電信の文句の始めが、空電のため、邪魔をされて、文意がはっきりしないが、兎に角、三十年後のことがよく分る器械があるらしい。
察するところ、それは、ウェルズという科学小説家が空想したことのある「時間器械」というような種類のものであるかもしれない。これは油断のならぬ世の中になったものである。
私は、こうして考えているうちに、なんだかその怪放送者が、私の敵であるように思われて仕方がなかった。
つまり、その怪放送者は、自分のところにある「時間器械」らしいものを、ひけらかせ、そのうえ、われわれが現にこうして棲んでいる地球が、三十年後には、不思議なる変り方をするんだぞと、われわれを嚇しているのだ。
全く、夢のようにふしぎな話だ。「三十年先が分る器械」のことにしろ、「お化け地球」のことにしろ、どっちも、われわれの想像を越えた話である。
そういう話をもちだして放送するとは、われわれを嚇すことを目当てにやったものに、ちがいない。いよいよ油断ならないのは、その怪放送者である。
私は、沈思黙考すること一時間あまり、ついに肚をきめるに至った。
(よオし、たとえいかなる犠牲を払おうとも、怪放送者の正体をつきとめないではおかないぞ!)
私は、オルガ姫に命じて、再び怪放送を自動的に受信する装置を、仕掛けておくように命じた。
それがすむと、私は、自ら秘密中継送信機の前に立ってまず真空管に火を点じた。
その大きな硝子球は、器械囲いの中で、ぼーっと明るくなった。異状なしである。私は、送信機全体に、スイッチを入れた。そして、マイクを手にとったのである。
「やあ、久慈君か。こっちは私だが、なにか変った話はないか」
「おお、お待ち申していました。たいへんなことを、聞きこんだのです。いよいよ汎米連邦は戦争を決意したそうです。連邦の最高委員長ワイベルト大統領は、今から一時間ほど前に、極秘のうちに、動員令に署名を終ったそうです」
「そうか。とうとう、開戦か」
「そうです。またまた世界戦争にまで発展することは、火をみるより明らかです。ああ、今度はじまれば、実に第三次の世界大戦ですからね」
と、久慈のこえは、興奮のあまり、慄えを帯びている。
「一体、汎米連邦には、一切の戦備ができ上っているのかね」
と、私はたずねた。
「もちろんですとも。この二十幾年、汎米連邦は、ばかばかしいほど大仕掛けの戦備をととのえているのです。
近来汎米人以外のいかなる外国人も、入国を許可しませんから従って、どんなに大仕掛けの戦備ができているか、あまり外へは、洩れないのです。しかし、こうして、国内に居る者には、たえず目にふれています。全くばかばかしいの一語につきますよ。
旧北米合衆国のワシントン州のごときは州全体が、一つの要塞のように見えるのです。欧弗同盟国にとっては、相当手強い敵ですよ」
大西洋をはさんで、東に欧弗同盟国、西に汎米連邦――この二つの国家群は、二十余年以来睨み合いをつづけているのであった。
「そうか。今度は、いよいよ本当に始まるのか」
私は、眩暈に似たものを感じた。いよいよ大戦争だ。そして、待ちに待っていた機会は、ついに来たのである。
「おお、今、知らせが入りました。――ああ、いけません。この通信が、軍の方向探知隊によって発見されたらしいです。うむ、たしかにこの家を狙っているのだ。監察隊が、サイレンを鳴らしつつ、オートバイに乗って、表通りへ練りこんできました。いや、裏通りにも、サイレンが鳴っている。さあ、たいへんだ……」
私は、おどろいた。心臓がとまったかと思った。ぐずぐずはしていられない。
「おい、久慈、最後の始末をして、すぐ地下道へ逃げろ」
「はい。――おや、地下道もだめです。機銃と毒瓦斯弾をもった監察隊員が、テレビジョンの送像器の前を、うろうろしています。ああ、困った。仕方がない、あれを使います」
「あれを使うか。――いよいよ仕方がなくなったときにつかえ。できるなら、使うな」
「そっちは、大丈夫ですか。この調子では、そっちへも、監察隊が、重爆撃機にのって、急行するかもしれませんですよ」
「こっちのことは、心配するな」
「あッ、来ました。もうだめだ。どうか気をつけてくださいッ!」
久慈の、悲痛なる叫びごえは、そこではたと杜絶えた。通信機の前を彼が離れたのであった。
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