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地球発狂事件(ちきゅうはっきょうじけん)

作者:未知  来源:青空文库   更新:2006-8-25 6:34:21  点击:  切换到繁體中文


  後退の努力

 水戸記者は、よっぽどその場に躍出し、ホーテンス記者を奪還しようかと思った。だがそれを決行する一歩手前で思い停った。ホーテンスが、あの怪しい海底の城塞みたいなものの中へ俘囚(ふしゅう)として連込まれるのを見るに忍びなかったけれど、もし今起出せば、水戸自身もやっぱり俘囚の仲間入りをするに決っていた。だから忍び難いことだがここは一旦怺(こら)えなければならないと思ったのである。
 海底城塞の掛橋みたいなものは、ぎいっと怪音を発して、軟泥の嵐をまき起しながら大きく動いて、やがて元のようにぴったり閉った。そしてそのあたりは再び暗黒の世界に戻った。
 例の飾窓みたいな所だけは依然として灯がついていて、無気味な赤味がかった光を外に投射している。水戸はその影線を選びつつ、しずかに匍出(はいだ)した。彼は観測器械の据付けてあるところまで後退しようと考えた。
 飾窓みたいなところから投射する光に捉えられないために、彼は海底を大まわりしなければならなかった。それはかなり苦しい匍匐(ほふく)だった。彼は海によったような気がしながら、泥を掻いて後退して行った。
 一つの丘があって、昆布の叢がゆれていた。その向側へ滑り落ちるようにして匐い込んだとき、彼はようやく安心感を得た。それまでは、いつ背後から怪光線をあびせかけられるかと、気が気でなかった。
 彼は始めて上半身を起して中腰になった。中腰といってもぎこちない空気服を着ているので事実は寝ているようなものだった。そしてまた後退をつづけた。
 と、彼はすぐ傍の岩の蔭に空気服を着た一人の隊員が倒れているのを発見して、たいへん愕いた。
(誰だろう?)
 水戸記者はその方へ歩み寄った。相手は倒れたまま動かない。死んでいるのかなと心配しながら、ようやく傍へ寄って相手の身体を抱えて起してみた。
「おお、ワーナー博士だ」
 博士であった。博士もまた既に怪人団のために搬び去られたものとばかり思っていた水戸は非常に意外にも感じ、そして大きな拾い物をしたことを悦んだ、だが博士はぐったりしている。気をうしなっているのか、それとも既に事切れているのか。
「博士。ワーナー博士、しっかりして下さい」
 水戸は、博士の身体を空気服の上から強くゆすぶった。が、反応はない。こんどは潜水兜の上から、とんとんと叩いてみた、それでも博士は気がつかない。
(死んでしまったのかもしれない。もしそうなら、なんという大きな損失だろう)
 水戸はやむなく博士の遺骸を背負って後退をつづけることに決めた。彼は博士の一方の腕を持って、博士の大きな身体を背中にかついだ。重かった。水戸の肩は裂(さ)けそうに痛んだ。四五歩前進したとき、彼の足の下に軟体動物を踏付けたらしく、あっと思う間もなく足を滑べらせ、とたんに身体の重心を取られて、博士を背負ったまま派手に顛倒した。
「ううっッ」
 何が幸いになるか分らないもので、博士の身体は背負投げを食ったように大きく半回転して海底に叩きつけられたが、そのはげしい衝撃によって今まで喪っていた意識を恢復した。
 博士の身体が動き出したのを、水戸記者はすぐに見て取った。彼は喜びの声をあげて、博士に抱きついた。
「ワーナー博士。気がつきましたか。僕は水戸です。お怪我はありませんか」
「ああ、水戸君か。ここ……ここは何処なのかね」
「もうすぐ観測器具を置いてある根拠地ですが……」
「ああ、そうか。やっぱり海底だね。皆はどうした、隊員たちは……」
 水戸は、それについてすぐ応えるべきことばを知らなかった。それを聞けば博士はどんなに嘆くことであろうか。

  宿命の第一頁(ページ)

 水戸記者は、苦しさを怺(こら)えながら、博士に一伍一什(いちごいちじゅう)を物語った。博士は、大きな溜息をくりかえしながら、部下たちの落ちこんでいった恐ろしい運命に耳を傾けた。
「まあ、こんなわけですが、博士はどうお考えになりますか、あの海底に棲む怪物団の正体を……」
 と、水戸記者は、報告のあとで彼の一刻も早く知りたいと思っていることをワーナー博士に質問した。
 これに対し博士はしばらく沈黙を以てうなづいた。そしてそのあとで呟(つぶや)くようにいった。
「アメリカ・インディアンは、コロンブスの船が着く以前において、この世の中に白人というものが存在することを知らなかった。インディアンとしては、それは無理もないことだと思う。当時のインディアンは驚愕と茫然自失の外に、途がなかったのだ。しかしわれわれの場合はどうであろうか」
「なんといわれます?」
 水戸は問い返さないでいられなかった。
「新しいコロンブスは、地球の外から到着したのだ。遂に到着したのだ。われわれは、昔のインディアンと同じような驚愕と困惑にぶつかった。だがわれわれは昔のインディアンの場合とは違い、実は新しいコロンブスのやがて到来するだろうということを予想し得る能力を備えていたのだ。それにも拘らず、われわれはその用意がなかったのだ。私はある天文学者が遙か以前においてそれに関する警告を発したことを憶えている。しかしわれわれはその可能性を肯定したけれど、まさかそれが、われわれの時代に実現するとは思わなかった。だから、新しいコロンブスを迎える用意は全然していなかったのだ」
「新しいコロンブスというのは何者ですか」
「ああ、それは……」博士は呻(うな)り声をあげ
「それは何者であるか、不幸にして私は知らない。しかしこれだけは分っている。その新しいコロンブスたちは、地球以外の惑星に生を受けた生物であること、それからその生物たちは多分われわれ地球人類よりもずっと知能が勝れているということ――これだけは確かだといえよう」
「すると、さっき私たちの見たのは、あれは火星人だったのでしょうか」
 水戸がせきこむようにして訊(き)いた。
「火星人? さあ、どうかなあ」博士はすぐには肯定しなかった。
「火星人かもしれないし、そうでないかもしれない」
「ですが、火星は、わが地球に一番よく似ていて、そこには植物が繁り生物が棲息していることは前からいわれていたではありませんか。ですから、地球の外から到来する可能性のある者といえば、火星人なんじゃありませんか」
「さあね。もしあれが火星人だとしたら、まだ問題は軽い方だ」
「問題は軽い方だ? すると博士は、彼らが火星人でなく、他の生物だとおっしゃるのですか。そういう可能性もあるのですか。一体彼らはどこから来た生物だとお考えなんですか」
「水戸君。生物が棲息し得る惑星というものは、何も火星だけに限らないのだよ。なるほどわが太陽系においては、生物の棲息し得る惑星、わが地球と火星とをおいて、その外には見当らないかもしれない。だが大宇宙は広大だ。そこには二百億個以上の恒星が眩しく輝いているのだ。つまりその二百億個以上の恒星や太陽の中には、地球や火星の如き生物棲息に都合のよい大気圧や気温や環境を具備した惑星を率いているものが相当にあると考えられるではないか、いわんやわが太陽の如きは、恒星の中でも極く小さい方だ。それでいて、ちゃんと生物棲息の条件を備えた二個の惑星を持っている。それなら、他の太陽の中には、もっと夥しい数の、かかる惑星を抱えていると考えられる。つまり大宇宙には、本当に数え切れないほど無数の生物があると思っていいのだ」
「なるほど、それは気味のわるいことですねえ」
「気味のわるい以上のものだよ。そういう生物は、われら地球人類と同等の知能を持っていると考えるだけでは正しくない。彼らの中にはわれら地球人類以来の歴史たる二万年よりももっともっと夥しい年代を経ているものも少くないであろう。従ってその知能や文化程度においては、とてもわが地球人類の及びもつかない程、高級の生物たちであると推定して差支(さしつか)えないと思う。恰も猿対人間、いやそれ以上に知能の差があるのではないか。さあ、そういう場合、劣等なるわれら地球人類は一体何をなし得るだろうか」
「何という淋しいことでしょう」
 水戸記者は大きく溜息をついた。
「絶対無抵抗の外(ほか)なしだ。絶対服従だ。わが地球全土は、われら地球人類もひっくるめて、彼らの意のままに従わなければならないのだ」
「ああ、何という恐しいことでしょう。僕はそういう局面にめぐり合いたくない」
「が、それが、やがてわれら地球人類の迎えなければならない運命なんだ。好むと好まざるとに拘(かかわ)らず……」
「博士。ちょっと待って下さい。博士が今おっしゃっていることは予想です。それは夢です。われら[#「われら」は底本では「わられ」、67-上段-18]はまだ、何も現実に彼らによって征服されたわけでない。新しいコロンブスの船らしいものが今この海底に来ていることは来ているようですが、彼らはまだほんのちょっぴりの交渉を持っているだけです」
「だが、それは、疑問に包まれた恐ろしき運命の第一頁が開かれたることを意味する」
「でも、先生。われらのやり方一つで、その新しいコロンブスと平和的な交際を取結ぶことが出来るんではないかと思うんですがね」
「それはねえ水戸君。それは希望的観測というもんだよ。われわれは優れた者の持つ力の働く範囲と程度とを冷静に観測し、そして最悪の場合を予想して置かねばならない。何しろわれわれ地球人類の間には、地球外の生物を迎えるための用意が少しもなされていない事実に、深く思いをせねばならない」
「そうでもありましょうが、われわれは努力によって好転させる可能性があるように思うんですがね。地球の全人類が共に血のつづいた同胞である如く、全宇宙の生物の間にも、当代同胞としての自覚が樹てられる筈、だから仲よく手を握りあえないことはないと思うんですがねえ」
「それはそうだが……」
「全宇宙のどこの隅にも不幸な者があってはならないのです。そういう不幸な一部があるということは、所詮宇宙の不幸なんですからねえ。この理屈は、如何なる時代にも、如何なる相手にも納得されることだと思うんですがねえ」
「水戸君。君のその信念は正しいと思う。そして君の熱情が、われわれが今怯えている影を吹き払って、われわれを不幸から救ってくれることを祈る」
「ええ、こうなったら、僕は一身を投げて、この問題の解決に努力しますよ」
 水戸記者は、始めて晴々とした気持になって、そういい切った。
「ワーナー先生。船へ帰りましょう。さあ、僕の背に乗って下さい」
「うむ。すまないねえ、水戸君」
「元気を出して下さいよ。船へあがるまでは……」
 繭玉が二つ、もつれ合ったような恰好で、博士を背に水戸は深海軟泥につまづきながら蹌踉(そうろう)と歩みはじめた。

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