日本人同士
(こいつ、なにをするんだろう)
太刀川は、クイクイの神様が、指さきで、腕をこするので気味わるく思ったが、ふと、
(おや、なにか字を書いているようだぞ!)
気がついた。よく見ると、それは日本の片仮名だった。
「アナタハ、ニッポンジンカ。ワタクシモ、ニッポンジンダ」
「ほほう、……」
と、太刀川はおどろいて、クイクイの神を見なおした。
「僕は日本人で、太刀川時夫というんだ。君は誰だ」
「ああ、やっぱりあなたも日本人!」
クイクイの神様は、いきなり太刀川にすがりついた。
「うれしい。こんなところで日本人に会うなんて、まったく夢のようです。ダン艇長が、あなたのことタツコウとよぶので、フィリピン人かと思っていたんです。よかった。わたしも日本人、三浦須美吉という者です」
「え、三浦須美吉」
こんどは太刀川の方が、おどろいた。
「じゃ、君が三浦須美吉君か」
「そうです。あなたはどうしてわたしの名前を……」
「知っているとも、僕は、君が海中へ流した空缶の中の手紙によって、はるばる大海魔を探しに来たのだ。それにしても君はよく生きていたね」
二人の日本人は、手に手をとって、うれしなきだ。さっきからいぶかしそうに見ていたダン艇長と酋長ロロも、それと気がついて、ふしぎなめぐり合いにおどろいた。
太刀川は、今までのことを手みじかに話した上、このおそるべき海底要塞の日本攻略準備がなった以上、これを一刻も早く日本へ知らせなければならぬと語った。
「よく、おあかし下さいました。私も、死んだつもりで、祖国日本のために働きます」
三浦須美吉は、体をふるわせて、太刀川の前にちかったが、足もとの鉄の鎖に気がつくと、ダン艇長、酋長ロロに、
「早く」
というように目くばせして、鉄の鎖を、ぐいとひっぱった。鎖が、がちゃりとなった。
銃声
廊下にいた衛兵が、それに気がついた。
「おや」
と思ってのぞくと、この有様だからぴりぴりぴりと、警笛をならした。
酋長ロロは、腰をぬかし、三浦は、立ちすくんだ。ダン艇長は、腰におびていたピストルを手にとって、身がまえる。
とたんに、轟然たる銃声がひびいた。
「うーん」
と、さけんだのは、ダン艇長だった。彼の体は、後にのけぞって、どすんと床にころがった。衛兵が、真先にねらい撃ったのである。
「ひゃー」
と、酋長ロロは、こんどは腰がはいったのか、ぴーんととびあがった。
そこをまた、だーんと一発!
ぎゃっという妙な悲鳴、酋長ロロも、そこへたおれてしまった。そのつぎは、三浦須美吉と、太刀川時夫だ。
衛兵は、銃口を三浦の方へむけた。
「あっ、あぶない。三浦君、そこへ伏せ」
太刀川は、さけんだ。
ところが三捕は、伏せをするどころか、衛兵の方をみて、げらげらと笑いだしたのである。
衛兵はびっくりして鉄砲をひいた。よく見ると、黄いろい顔をした妙な風体の男が、長いひげをひっぱりながら、こっちをむいてあはははと笑うのである。
三浦は、気が変になったわけではない。例のクイクイの神様に、ちょっと早がわりをしただけのことである。神様になると、妙に気がおちつくのであった。
「待て、ポーリン」
という声とともに、入口に、どやどやと足音がきこえたが、いきなりとびこんできたのは、衛兵長であった。
クイクイの神は、すばやく両手をあげて、降参の意をしめした。
「生き残ったのは、こいつだけか」
と衛兵長は、いって、
「おい、ポーリン。しばっちまえ」
と、命令した。
三浦がしばられている間に、部下の衛兵たちは、ぞくぞくあつまってきた。
「こいつら、一たいどこからまぎれこんだのだろう。それとも、前から、この要塞の中にいたのかな。どうもふしぎだ」
衛兵長は、つぶやいて、
「とにかく司令官のところへ、こいつを引立てよう。さあ、歩け。この長ひげめ!」
三浦は、衛兵長に腰をけられて、いやいやながら歩きだしたが、その時、とつぜん、妙な節まわしで、唄をうたいだした。
「いまにイ、たすけるかーら、たんきを、だアすナ」
それは三浦のとくいな磯節だった。
太刀川は、それをきくと、三浦の方に向かって、自分の足を指さし、
「君をけとばした奴が、鍵をもっている!」
といった。日本語だから誰にも分かるはずがない。うまくいったら、鍵をとってくれというのだが、すこぶる無理な注文である。
三浦が、引立てられていったところは、司令官室であった。
しかし一同は、衝立のかげで、しばらく待っていなければならなかった。
というのは、奥で、しきりにケレンコ司令官のあらあらしい声が聞えているからであった。
「……日本攻略の日は、明朝にせまっているのに、貴様は、酒ばかりのんでいる。少しつつしみがたりないではないか」
その声は、三浦に聞えたが、ロシア語だからその意味を知ることはできなかった。もし太刀川が、これをきいたとしたら、どんなにおどろいたろう。一たいあの恐竜型潜水艦に勝てるような防禦兵器が、わが日本にあるのだろうか。
危機は、もう目と鼻との間にせまっているのだ。
「うーい。日本攻略は攻略、戦争は戦争。酒は酒ですぞ。リーロフは、戦闘にかけちゃ、ふん、お前さんたあ、第一この腕がちがうよ」
そういっている相手は、やっぱり副司令のリーロフ大佐だった。
「無礼なことをいうな。よし、ただ今かぎり、貴様の副司令の職を免ずる」
「なに、副司令の職を免ずる」
酔った勢いも手つだって、リーロフも負けていない。
とつぜん椅子がたおれ、靴ががたがたとなる音がきこえた。司令官ケレンコとリーロフ大佐とが、日本攻略を前に、大喧嘩をはじめたのだった。
鍵を掏る神
クイクイの神様こと三浦須美吉を引きたててきた衛兵長は、司令官の前で、工合のわるいことになった。
ケレンコ司令官とリーロフ大佐が、扉の向こうでつかみあいを始めたからである。室内に入るに入れず、そうかといって、このままひきかえすわけにもいかない。
「えッへん」
衛兵長は、わざと大きな咳ばらいをした。
「ええ、司令官閣下、ただ今わが海底要塞に怪人物が三人、しのびこんでいるのを発見しましたぞ。私が引っとらえて、ここへつれてきましたが、ものすごい奴であります」
衛兵長じまんの、大声がケレンコの耳に入らないはずはなかった。
「おい、リーロフ。しずかにしろ」
司令官は、リーロフ大佐になぐられた頤を、いたそうにさすりながら、大佐に目くばせした。
(われわれ二人の格闘は一時休戦だぞ――)
「な、なにを、……」
リーロフ大佐は、床にたおれたまま歯をむきだして、どなった。たった今、ケレンコ司令官から、副司令の職をはぎとられたことが、大いに不平でならないのだ。
だが、喧嘩はとにかく一時おさまったらしいので、衛兵長は、室内へはいった。
「司令官閣下。この男です、監禁室にあてた倉庫の中から、とびだしてきた奴は」
そういって、クイクイの神様の背中を、どんと前についた。
「ほう、この髭もじゃか」と、ケレンコは目をみはって、
「ところで衛兵長、お前は、三人のあやしい男を発見したとかいったが、あとの二人はどうしたのか」
「はい、二人はその場で、鉄砲でうちたおしてあります。ご安心ください」
「おお、そうか」
と、司令官はうなずき、クイクイの神様の方にむいて、
「おい、髭もじゃ。貴様は、何者だ。又どうして、こんなところへはいりこんだのか」
クイクイの神様である三浦須美吉には、ことばは通じなかった。彼は、そんなことはかまわず、
「ああ、ゼウスの神よ、奇蹟をもたらせたまえ」
妙な言葉をとなえて、上目づかいに天井をみあげた。
「ああ神よ、床にはうこの牛男が、奇蹟をもたらすといいたまうか」
牛男というのは、酔っぱらいのリーロフ大佐のことだった。クイクイの神様は、つと手をのばして、リーロフの服にさわったかと思うと、ぎゃっとさけんで、掌のうちに一箇の鶏卵をぬきとった。
「おお、牛男は、卵を生んだ」
クイクイの神様は、あきれ顔のリーロフ大佐の掌に、いま彼の服からぬきとった卵をのせてやった。
「あれ、この髭もじゃ先生、おれの体から卵を、ぬきだしやがったぜ。これは、ふしぎだ」
リーロフは、目をまるくして、掌のうえにのっている卵をみていたが、
「おお、ほんとうの卵だ。この海底要塞の中で、卵にお目にかかるなんて、たいへんな御馳走にありついたものじゃ」
ケレンコ司令官をはじめ、その場にいあわせた将校や兵士も、クイクイの神様の手なみにあっけにとられている。
「ああ神よ。次なる奇蹟は、こっちのいかめしき鮭男から、下したまえ」
クイクイの神様は、こんどはくるりと後へむいて、手を衛兵長の腰のあたりにさしのばした。
「これ、そばへよるな」
衛兵長が、たじたじとなる刹那、
「ええい!」
クイクイの神様は、衛兵長の腰のあたりから、また一箇の鶏卵をぬきだして、その掌のうえにのせてやった。
「おお、神の力は、広大無辺である」
「あれ、いやだねえ。とうとうわしは卵を生むようになったか」
衛兵長は、掌にのせられた卵を、気味わるそうにながめつつ、大まじめでいった。
そばに立っていた将校や兵士が、くすくすと笑った。
クイクイの神様になりすました三浦須美吉は、してやったりと、心の中でにやりと笑った。こんなことはなんでもない。ほんのちょっとした手品にすぎない。卵は、島で仕入れ、服の下にかくしておいたものである。
「こら、さわぐな」
ケレンコ司令官が、にがにがしそうにどなった。
「子供だましの魔術をつかうあやしい男だ。だが明日の行動について、これから幕僚会議をひらくから、この男のとりしらべは後まわしだ。向こうへつれていって監禁しておけ」
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