意外なる敵!
「どうだ。太――いや、リーロフ大佐」
アメリカの艦艇が、さかだちとなって、ゆらゆらと水中に、しずみはじめるごとに、司令官ケレンコは、太刀川にむかいほこらしげにいった。
だが、太刀川は、わざと、
「相当ですが、私の理想からいえば、まだやり方がにぶいですね」
という。
「なに、あれでまだにぶい?」ケレンコはにやりとして、
「うふん、だが、あれが日本艦隊だったら、もっと、こっぴどくやっつけるんだが、なにをいっても友邦アメリカだから、遠慮してあのくらいにとどめておくのだよ。うふふふ」
ケレンコは、鬼のように笑った。
その時、とつぜん、潜水兜が、ぴんぴんと、異様な音をたててなった。
とたんに、たんたん、じゅじゅというひびきがつづいて起り、急に上から、おさえつけられるような重くるしさを感じた。
「あ、あぶない。運転士、すぐ左旋回で、うしろへひっかえせ!」
ケレンコが、さけんだ。
「は、はい」
「はやくハンドルをまわせ。ぐずぐずしていると、みんなこっぱみじんになるぞ。敵の爆弾が、近くの海面におちはじめたんだ!」
「は、はい!」
運転士は、力一ぱいハンドルをまわした。
だが、そんなことで爆弾からにげさることはできなかった。すぐ頭のうえに、ものすごいやつが落ちてぱっと爆発した。あっと思う間もなく、三人ののった水中快速艇は、まるで石ころのように、海底をごろごろところがって、はねとばされた。もちろん三人が三人とも、しばらくは気がとおくなって、どうすることもできなかった。
「うーむ」とうなりながら、ケレンコが気がついたときは、彼ののっていた快速艇は、みにくくうちくだかれ、頭を海底の泥の中につきこんでいた。
あたりを見まわしても、太刀川の姿が、見えない。
(逃げたかな)と思った、ケレンコは、
「運転士」とよんだ。
すると、かすかなうなり声が、運転台からきこえた。
「司令官閣下もうだめです。快速艇は、うごかなくなりました。どうしたらよいでしょう」
「心配しないでもよい。今に他の艦が通りかかるだろう。――それより、あれはどうした。太――いや、リーロフ大佐は?」
「リーロフ大佐は、さっき艇から下り、前へまわって、故障をしらべていたようですが」
司令官ケレンコは、座席から立ちあがって、艇をでた。さいわい艇についている照明灯一つが、消えのこっているので、あたりは見える。
「おお司令官閣下」
とつぜん、ケレンコは、うしろからよびかけられた。
ふりかえってみると、リーロフ大佐の潜水服をきた太刀川が立っている。
「お、お前は無事じゃったか」
「はい。ごらんのとおり、だが、この艇はもうだめです。ただ今、無電をもって、別の艇をよんでおきました」
「ほう、それは手まわしのいいことだ」
とケレンコはうなずき、
「お前のいったとおり、こんな目にあうと知ったら、酒を用意してくるんだったね」
「いや、どうもお気の毒さまで……」
といっているとき、後方から、一隻の大きな潜水艦がやってきた。
それをみて、太刀川は、「おや」と思った。
「これは恐竜型潜水艦じゃないか。快速艇をたのんだつもりだったのに……」
潜水艦は、やがてケレンコたちのすぐそばへきて、とまった。すると艦橋から、大きな声がした。水中超音波の電話で、艦内からよびかけているのだ。
「司令官閣下。おむかえにまいりました。おめでとうございます。恐竜第六十戦隊が、三十数隻のアメリカ艦艇を撃沈して、全艦無事いま凱旋してくるというしらせがありました」
「うむ、そうか。三十数隻では、十分とはいえないが、とにかく恐竜万歳だ。祝杯をあげよう」
「祝いの酒は、本艦内にたくさん用意してまいりました。さあすぐおのり下さい。いま潜水扉をあけます」
「うむ」ケレンコは、なにか、ひとりでうなずきつつ、太刀川をうながして、迎えの潜水艦の胴中についている潜水扉から、艦内へはいった。
太刀川もケレンコにつづいて艦内へはいったが、とたんに通路のむこうから、こっちを見てにやにや笑っている体の大きい士官の顔!
あ、リーロフ大佐だ! 本もののリーロフ大佐だ!
万事休す
「あ、リーロフ大佐だ!」
太刀川時夫は、潜水着の中で、おもわずさけんだ。
無理もない。リーロフの潜水着をきて、リーロフになりすましているところへ、本もののリーロフ大佐があらわれたのである。
(錨にしばりつけたはずのあのリーロフが?)
そんなことを考えてみる余裕さえなかった。
太刀川時夫の運命は、きまった。太平洋魔城の大秘密を、ことごとく見てしまった以上、生きて日本へかえされるはずはない。
逃げるか?
とっさに考えて、あたりを見まわしたが、潜水扉は、すでに水兵の手で、ぴたりととじられてしまい、その前に、二人のたくましい哨兵が、こっちへ逃げてきてもだめだぞといわんばかりに、けわしい目つきで、はり番をしているのだった。
リーロフ大佐は、大股でつかつかと歩みよって、いった。
「おい、太刀川。おれの潜水服の着心地はどうだったかよ」
だが太刀川は無言のままだ。
「おれのいうことが聞えないらしい。はてさて、こまったものだ」
と、わざとらしくいって、
「ふん、さっきは貴様のおかげで、もうすこしで古錨をかついだまま亡霊になりはてるところだった。運よくケレンコ閣下が通りかからなければ、すくなくとも今ごろは、冷たい海底にごろ寝の最中だったろう」
リーロフ大佐は、そういって、太刀川をにらみつけると、コップ酒を、うまそうにごくりとのんだ。
「おい、なんとかいえ。おればかりにしゃべらせないで。いや、待て待て。その兜をぬがせてやろう。どんな顔をしているかな」
リーロフ大佐は、コップを水兵に渡して、太刀川の方へ、すりよってきた。その手に、太いスパナー(鉄の螺旋まわし)が握られていた。
太刀川は、それでも無言で、つっ立っている。
「おい、水兵ども。おれの潜水服をぬがせてしまえ」
そういうと、水兵たちは、どっと太刀川にとびかかって潜水服をぬがせた。
兜の下から青白くこわばった太刀川の顔があらわれた。
「あっはっはっは。こわい顔をしているな。おい、太刀川。さっきから、こうなるのを待っていたんだ。積り重る恨のほどを、今、思い知らせてやるぞ」
リーロフ大佐は、酔った勢いも手つだって、鋼鉄製のスパナーを、目よりも高くふりあげた。
たくましい水兵たちは、太刀川をおさえつけて、さあ、やりなさいといわんばかりに、リーロフの方へつきだした。
ケレンコの腹の中
太刀川は、声もたてず、しずかに瞼をとじていた。
リーロフが、満身の力をこめて、スパナーをふりおろそうとした時、うしろから、その腕を、むずとつかんだ者がある。
「あ、誰だ。……」
リーロフは、まっ赤になってどなった。
「リーロフ。なにをばかなまねをする。わしのつれてきた珍客を、お前は、どうするつもりだ」
司令官ケレンコだった。
ケレンコは、奥へいって、艦長から報告をきくと、すぐ引返して来たのだ。
「はなしてください、ケレンコ司令官。この太刀川こそ、わが海底要塞にとって、たたき殺してもあきたりない人物じゃないですか」
「そんなことは、よく知っているよ。しかしお前は、あんがい頭が悪いね。太刀川と知りつつ、海底要塞を案内したり、恐竜型潜水艦の威力を見せてやったりしたのは、一たい何のためか、それぐらいのことがわからないで、副司令の大役がつとまるか」
ケレンコは、リーロフを小っぴどくとっちめた。だが、リーロフはひるまなかった。
「でも、ケレンコ閣下、太刀川みたいなあぶない奴は、早く殺しておかないとあとで、とんだことになりますぜ」
「それだから、お前はだめだというんだ。太刀川は、日本進攻の際の、このうえないいい水先案内なんだ。お前には、それが分からないのか」
「え?」
「この男は、海洋学の大家だぞ。ことに、日本近海のことなら、なんでも知っているはずだ。この知識をわれらの目的につかうまでは、太刀川は大事な人間なんだ。おい太刀川。貴様にも、はじめてわけが分かったろう。生かすも殺すも、わしの勝手だ。だが、わしの命令にしたがえば、恩賞はのぞみ次第だ」
太刀川は、
(何を、ばかな)
と思ったが、それには答えず、何事を考えたのか、にやりと笑った。
「おい、衛兵長。それまでこの太刀川を監禁しておけ」
「は。どこへ放りこみますか」
「あいている部屋ならどこでもよい。それから、上等の食事に、酒をつけてな」
「は。たいへんな御馳走ですな」
「余計なことをいうな。しかし、逃げないように。もし逃がしたら、お前をはじめ衛兵隊全員、銃殺にするぞ」
「は、はっ」
衛兵長とよばれた下士官は、それきり一言もなかった。太刀川は、引立てられた。
リーロフ大佐は、それでもあきらめかねたか、酔眼をこすりながら、太刀川のそばに近づくと、たくましい腕をふりあげて、太刀川をなぐりつけようとした。
司令官ケレンコは、それをたしなめるようににらみつけると、衛兵たちにむかって、
「早くつれていけ!」
と命令した。
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