驚異の技術
もともとこの記録は手記風に綴りたき考えであった。ところが書き始めてみると、やっぱりいつもの癖が出て小説体になってしまった。やむを得ず筆を停めて胡魔化した。今日こそは手記風に書きたく思う。
うるさき鳴海三郎は、いくら追払っても懲りる風を見せず、毎日のように押掛けてきては碌なことをいわない。全く困った友だ。
彼は、必ず決って私が両脚を売るつもりでいることを非難する。そして始めは、珠子のことを引合いに出して諫めたもんだが、私がそれをやっつけて、珠子がそれを望んでいることを明らかにしてやったら、それはもういわなくなった。その代りに、今度は珠子を非難し、君の脚を売ることを望むような女性は外面如菩薩内心如夜叉だといって罵倒した。そればかりか、近き将来、珠子さんはきっと君を裏切って離れて行くに違いないなどと、甚だ不吉な言辞を弄して、私を極度に不愉快にさせた。私は彼に対し、直ちに出ていってくれといったが、そんなことで立上るような彼鳴海ではなかった。そして今度は攻撃の目標を変え、和歌宮先生の手術にけちをつけるようなことを並べ出した。
「僕は和歌宮某がどんな手術名人か知らぬが、手術の痕はやはり醜く残るんだろう。つまり接いだ痕は赤くひきつれたりなんかして、醜怪な瘢痕を残すのだろうが……」
私は強く首を左右に振った。
「君は素人のくせに、和歌宮師の手術の手際にけちをつけるなんてよろしくないよ。この十年間に外科手術は大発達を遂げた。そしてその第一は、今までのような醜い痕跡残存が完全に跡を絶ったことだ。だから顔面整形手術の如きものが、どんどん行われるようになったのだ。しかも和歌宮師の手術は、この点では当代に並ぶものがない。実際僕は先生のところで何十人、いや何百人もの手術者を見たが、痕跡らしいものを見付けたことは只の一度もない」
「ふうん、そうかね。まあ、それならそれとしてだ、太い脚の代りに細い脚を接いだときはどうなるのか。継ぎ目の皮には痕跡が残らないとしても、太い脚に細い脚をつければ当然そこのところが段になるではないか。そうなるとやっぱり醜くないことはないね」
「君は非常識だよ。美観を一つの条件とする現代の外科手術において、そんな段になるような手際の悪いことをすると思うかね。手術の前には、回転写真撮影器による精密な測定が行われ、それからブラウン管による積算設計がなされて接合後の脚全体が資材範囲内で純正楕円函数又は双曲線函数曲線をなすように選定される。従って接合部切口における断面積も算出されるわけだから、これらの数値によって不要なる贅肉は揉み出して切開除去されるのだ。だから股と移植すべき脚との接合部はぴたりと合う。醜い段などは絶対に起り得ない。分ったかね」
「ふん、理屈は分った。しかし実際はどうかなあ。いや、君の言葉を信用しないわけではない。それにいくら外科手術が進歩した現代かは知らぬが、マネキン人形を接ぐわけじゃあるまいし、生きた肢体の接合をするんだから、相当むずかしい筈だ。例えば、血管と血管との連結はどうする。また神経細胞の連結はどうする。これはたいへん困難なことだぜ」
「一向困難な問題ではない。太股のところでずばりと切断されると、その切口は直ちに写真に撮られ、そして現像後は壁一杯に拡大されて映写される。それから、接ぐべき脚の切口も同様に撮影され、拡大映写される。この二つはもちろん同一ではないが、同じ人類のことゆえ相似である。しかし接合するためには相似の程度では困るので、是非とも同一でなければならぬ、つまり骨、血管、神経、筋肉、皮下脂肪、皮膚などの配列状態がねぇ。そこで相似から同一へと、配列の調整が設計される。もちろんこれはまず骨と骨とを一致せしめ、血管、神経などはその後に順番に配列座標が決定される。それから配列替えの手術だ。電気メスと帯電器具と諸電極とを使ってこの手術は僅か五分間にて完了する。そうなれば太股の切口も、これに接ぐべき脚の切口も、はんこを捺したように同一の配列、太さ、形をとるわけだ。だからあとは両者をぴたりと合わせて電気をかけ、瞬間癒着を行うのだ。残るは皮膚と皮膚の接合部に対する適切なる処理だ。これも済めば、全部の手術が終ったことになる。どうだ、これなら納得できるだろう。部品を組合わせてエンジンを組立てるのと同等の技術をもって、この手術は確実且つ容易に行われるのだ」
私はここで言葉を停めて、友の顔を見た。鳴海は軽く肯いていた。
「どうだ、鳴海。納得いったんだね」
「まあ、或る程度はね。それにしても、接がれた脚がすぐ脳髄の命ずるとおり働くだろうか」
彼はまだ追及をやめない。
「それはもちろん周倒な試験がなされる。特に神経反応は念入りに検べられる。血行状態は心臓カージオグラフによって完全に確かめられる。運動と筋肉の関係は有尺高速映画で撮影され、筋肉圧はブラウン管の光斑点の動きで検定するが、これは同時撮影されるから、もしも異状があれば、直に発見される。麻酔の解かれるのは、これらの試験が全部終了した上でのことだ」
「ふうん。君はなかなか詳しいね。それ位なら和歌宮師の助手が勤まるだろう」
と鳴海は皮肉をいう。私はそれに構わず言った。
「もはや現代の医術は天才的特技ではなくなった。それは普遍性ある機械的技術となり、機械力によりさえすれば誰にも取扱えるものとなりつつある。わが和歌宮先生の特技と称せらるるものも実は先生が把握した真理を大胆率直に機械的技術に移し、これを駆使するのに外ならない」
「そういっちまえば、君の崇拝する和歌宮師は、魔術師の一種だてぇことになる。とにかく君は即時即刻あのような人物との関係を清算せにゃならんのだ。切に忠告する」
「何をいうか。僕のことは僕が決めるんだ」
余計なおせっかいをする鳴海を、とうとう追出すようにして帰って貰い、私はそれからすぐさま迎春館へ行って両脚を売却した。こうしてしまえば、いくら鳴海だってもううるさいことはいえないのだ。なお私は両脚の代償として、予ねて珠子から望まれていたとおりの五ヶ年若き青春と代りの脚一組とを購い、その場で移植して貰った。
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