氷上の怪人
「ええっ、国のない国の飛行機!」
国のない国って、どんな国のことだろう。
丁坊は、まるでなぞなぞの問題をだされたように思った。
そのうちに、空魔艦はにわかに高度を、ぐっとさげはじめた。
じつに上手な操縦ぶりだ。
たちまち白い地上は、すぐ近くにもりあがってきた。
下は氷でおおわれている。どうみても極地の風景であった。
その広々とした氷の上に、ばらばらと黒い点があらわれた。よく見ると、人間らしい。
空魔艦はエンジンの爆音もたからかに、どしんと氷上についた。
どこかでブーブーと、サイレンがなりひびいている。
長い滑走をしたあげく、やがて空魔艦の停ったところは、小山のような氷山の前であった。
チンセイはあわてて部屋をとびだしていった。
丁坊は、窓のところに顔を出して、ものめずらしげに、あたりの氷山風景をながめまわした。
よくみると氷山の下がくりぬいてあって、大きな穴ができている。その穴が格納庫になっているらしく、空魔艦と同じ形の飛行機がおさまっている。穴の中からは、毛皮をきた人間が、ぞろぞろ出て来て、こっちへかけつけてくる。どうやらここは飛行港らしい。
どうなることかと、丁坊は片唾をのんで窓の外の、人のゆききをながめている。
するとそのとき、少年のうしろの扉があらあらしく開いた。
はっとうしろをふりかえると、防毒面に防毒衣をつけた人相のわからない者が、二人ばかり入ってきた。
なにか分らぬ言葉で叫ぶと一人が逞しい両腕をのばして、丁坊をむずとつかまえた。
「な、なにをするんだ」
丁坊は、力のかぎりはねまわった。が、とても大人の力に及ばない。そのうちにもう一人がもってきた袋のようなものの中に、丁坊のからだはすぽりと入れられてしまった。その袋は丁坊の首のところでぎゅーとバンドがしまるようになっていた。
二人の怪しい男は、防毒面の硝子ごしに、にやりと笑ったようである。
それから二人は、丁坊を入れた毛皮の袋を両方からかついで、飛行機の外にはこびだした。
一体どうなることだろう。
丁坊の運命はいまや、あやしいみちをとおっている。
やがて丁坊の入った袋は氷上にどしんとおかれた。
すると左右から、いずれも怪しい服をつけた人間が十四五人あつまってきて、丁坊をまんなかにぐるりとまわりをとりまいてしまった。
危き一命
毛皮の袋の中に入れられ、首だけちょこんと外に出している丁坊を、ぐるりと取巻いた十四五名の防毒面の怪漢たちは、丁坊を指しながらなにごとか分らぬ国のことばで、べちゃくちゃと喋っていた。
「なんだ。なにを騒いでいるのだろう。ははあ! 僕をどう始末しようかと相談しているらしいぞ」
丁坊は、怪漢たちの心の中をそういう風に察した。
そして、どうなるのだろうと成ゆきをみていた。はたして、しばらくすると、その中の一名が、ほかの人をおしのけて、丁坊のまえにつかつかと出てきた。そしていきなり丁坊の鼻のさきへ、ピストルの銃口をむけた。
「あッ、僕を殺そうというんだな。殺されてたまるものか。うぬッ――」
と、丁坊は、かなわないまでも、その怪人にくいつこうと思って、一生懸命に立ちあがろうとしたが、どうして立ちあがれるものか。なにしろ丁坊は、首だけ外にだして袋の中に入っているんだから、まったく自由がきかない。くやしいが、ついにこんな見もしらぬ氷原の上で、防毒面の怪人に殺されるかと思い、丁坊は非常に無念であった。
すると、そのとき別の人がつかつかと出てきて、ピストルを持つ人の手をおさえた。ピストルを持っていた人は怒ったらしい。二人が争うのを見ていた残りの人も、結局ピストルをうとうとした人をおし止めた。
「なんだ! 生命は助かったのか」
丁坊は弱味を見せまいとしたが、さすがに嬉しかった。
しかしはたして、それは嬉しがることであったろうか。いや、丁坊は知らないけれど、彼の一命を助けた人というのは、この氷上の怪人団の智恵袋といわれている人物であって、やがてこの丁坊を、死よりも、もっとつらい仕事に使おうとしているとは、神ならぬ身の丁坊は知るよしもなかった。
やがて中国人チンセイがよばれた。
チンセイは丁坊の張番を命ぜられたのだ。十四五人の怪人は、もう用がすんだという顔つきで、大空魔艦の格納庫の方へすたすたと歩いていった。
「チンセイさん。僕のことを、あの人たちはどういってたの?」
と、丁坊はチンセイに話しかけた。
「うむ、何にも知らん」
チンセイはかぶりを振った。知っていても喋ると叱られるのが、こわいという気もちらしかった。
「ねえ、チンセイさん、云っておくれよ。僕はどうせこんな風に捕虜になっていて、逃げようにもなんにも出来ない身体なんだよ。すこしぐらい、僕の知りたいと思っていることを教えてくれたっていいじゃないか」
丁坊は、ここを先途と、チンセイの心をうごかすことにつとめた。
チンセイはもともとお人よしであるらしく、丁坊の言葉にだんだん動かされてきた。
「じゃあ、話をしてやるが、黙っているんだぞ。こういうわけなんだ――」
チンセイは、怪人たちに気取られぬよう、そっぽを向いて早口で語りだした。はたして彼はどんなことを口にして、丁坊の心をおどろかそうとするか?
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