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最初金博士は、三つのトランクを担いで飛行場へ駈けつけたが、直ちに断わられてしまった。
「まことにお気の毒ですが、こんな重い大きな荷物は、会社の飛行機には乗りませんので……」
「大きいけれど、そんなに重くはないよ」
「……それに御行先の方面は只今気流がたいへん悪うございましてエヤポケットがナ……それにもう一つ残念ながら御行先の方の定期航路は一昨日以来当分のうち休航ということになりましたので……それに……」
「ああ、もうよろしい」
金博士は、サービス係の言葉を押し止め、
「何かこう、古くて役に立たない飛行機があったら、一つ売って貰いたいものじゃが、どうじゃろう」
「古くて、役に立たない飛行機といいますと」
「つまり、翼が破れているとか、プロペラの端が欠けているとか、座席の下に穴が明いとるとか、そういうボロ飛行機でよいのじゃ。兎に角、見たところ飛行機の型をして居り、申訳でいいから、エンジンもついて居り、プロペラの恰好をしたものがついて居ればいいのだ」
「そういう飛行機をどうなさいますので……」
「なあに、わしが乗って、自分で飛ばすのじゃ」
「そんな飛行機が飛ぶ道理がありませんですよ」
「わしが乗れば、必ず飛ぶんだ。詳しいことを説明している暇はないがね、兎に角、そういう飛行機を売ってくれるか売ってくれないか、一体どっちだい」
「売ってさし上げても差支えはないのでございますが、生憎そんなボロ飛行機は只今ストックになって居りませんので……」
「無いのかい。そ、それを早くいえばいいんだ。この忙しいのに、だらだらとくそにもならん話をしてわしを引きつけて置いて……ほう、早く行かにゃ、大先生と約束の時間に、○○へ入市できないぞ」
博士は腕に嵌めた大きな時計を見、例の大きな三つのトランクを軽々と担ぐと、大急ぎで飛行場を出ていった。
後を見送ったサービス係は、長大息と共に小首をかしげ、
「でも力のある老人じゃなあ。あの大きいトランクを、軽々と担いでいくとは……」
金博士の姿は、こんどは埠頭に現れた。幸いに八千噸ばかりの濠洲汽船が今出帆しようとしていたところなので、博士はこれ幸いと、船員をつき突ばして、無理やりに乗船して、サロンの中へ陣取った。
「もしもし、どなたかしりませんが、もう船室がありませんので」
事務長がこわい顔をして博士のところへやって来た。
「船室? 船室はあるじゃないか。このとおり広い部屋があいているじゃないか」
「これはサロンでございまして、船室ではありません。御覧の通り、おやすみになるといたしましても、ベッドもありませんような次第です」
「いや、このソファの上に寝るから、心配しなさんな」
「それは困ります。では何とか船室を整理いたしまして、ベッドのある部屋を一つ作るでございましょう」
「何とでも勝手にしたまえ。わしは汽船に乗ったという名目さえつけばええのじゃ」
「え、名目と申しますと……」
「それは、こっちの話だ。ときにこの汽船は何時に○○港へ入る予定になっとるかね」
「はい、○○港入港は明後日の夕刻でございます」
「何じゃ明後日の夕刻? ずいぶん遅いじゃないか。わしは、そんなに待っとられん」
「待っとられないと仰有っても、今更予定の時間をどうすることも出来ません」
「ああもうよろしい。わしは明朝には○○港着と決めたから、もう何もいわんでよろしい」
「はあ、さいですか」
金博士のことを、船内では気が変でないと思わない者は、ひとりもなかった。
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